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周助山・ノボット(前編)

2013/1/20

原市場中バス停(8:00)---周助山---ノボット---404mピーク---戸丸---中藤---飛村---前坂---吾野駅(15:00)

P4030866

冬の陽が登り始めた頃、閑散として冷え込む所沢駅のプラットホームで、飯能行きの電車を待っていた。進入してきた電車の窓は曇っていた。扉が開くと、一様に着膨れた乗客たちが大儀そうに降りてきた。暖かい車内に入り、座席に落ち着くと、眠くもない筈なのに、何故だか瞼を閉じてしまった。そして、気がついたら車内は閑散となっていて、車窓から入間市駅のサインが後方に去っていった。電車が大きく右に旋回すると、山頂付近が雪で覆われた奥武蔵と秩父の山々が、怜悧な佇まいで車窓に広がった。関東平野から、いよいよ山へと分け入って行くのだぞ、とでも云うような此の眺めは、通い慣れてきたとは謂え、改めて私の心を躍らせた。

新年が明けて、想定外の災厄が続いた。原因不明の高熱が出て、松の内から臥せっていた。回復したと思ったら、此れは私生活の上のことなので敢えて記すのも虚しいから記さないのだが、悪い知らせが続いた。折角仲間に入れて戴いた登山詳細図関連の新年会も欠席となり、独り病床で鬱屈して過ごした。登山詳細図の世話人氏からお知らせのあった、一月下旬に行なわれる予定の、第二回西丹沢踏査にも参加するつもりだったが、病み上がりの体調はすこぶる悪く、此れも欠席することになった。尤も、関東に降った大雪の所為で、西丹沢の積雪は余程深かったらしく、踏査計画自体も中止となったようなので、良心の呵責は辛うじて軽減されたような心持ちではあった。

ユガテ、スカリ山で堪能したkz氏との山行き、第二回奥武蔵探訪の約束も不本意ながら順延を重ね、漸く出掛けることができたのは、病臥開始から二週間が経った頃になった。登山道の線が張り巡らされた、昭文社の「山と高原地図22 奥武蔵・秩父」を眺めていると、丁度飯能市と記されている辺りの、バス停のある原市場中学校から西北に伸びる尾根がある。整備された登山道である赤い実線はもとより、難ルートである破線さえも記されていない山域であって、標高435.8mの三角点ピークに「ノボット」と謂う不思議な山名が記されている。原市場から尾根に張り付いて、周助山と謂う383mピークを越えて、此の不思議な名前の山に行ってみることにした。

冬晴れの休日だが、車内に行楽客の姿は疎らだった。其れでも電車が飯能駅に到着したら、接続する秩父方面行きの電車に、ハイカーたちが小走りに向かって行った。今日の私は、此処でkz氏と待ち合わせた後に下車して、バスに乗り換えるのだから、急ぐ必要もない。のんびりとホームの上を歩いているが、飯能の冷たい空気は刺すように痛い。気温は都心から比べると、随分低いのではないかと感じた。途端、背後から声を掛けられた。

振り返ると、雨具のアタッチメントと思しき化繊の目出し帽とでも云うようなものを被っているkz氏が居た。雪山の途上で声を掛けられたような、そんな風体なので、思わず絶句してから、挨拶を返した。

「どうしたんですか、そのヘッド・セットは」

「だって寒いんだもん」

と、云って其の儘すたすたと階段へ向かってkz氏は歩いていく。西武電車の車内から此のフードで顔を覆って来たのだろうか。どうでもいい疑問なので追って問うことは諦め、私は、気を取り直して其の後に続いた。飯能駅前のバス乗り場は閑散としていたが、名栗方面行きのバス停に、登山客の一団が固まっていて、其処だけが賑やかだった。やがてバスがやってきたが、乗り込んだのは其の高齢者グループと我々だけであった。

市街地を抜け出たバスが県道を走る。右手に天覧山から続く山並みが続く。時折現われる集落は何処か鄙びていて、古くからある街道だということが察せられた。下赤工、上赤工と謂う地名が現われる。バスの車内アナウンスで、赤工は、あかだくみ、と読むことが判り、どう謂う意味でしょうね、と、kz氏に聞いてみる。たくみは匠だから、帰化人によって開拓された土地と謂う線はありませんか、と、私は突発的に思いついた仮説を立てる。kz氏は、余り興味が無さそうに、うーん、良質な赤い石でも出たんじゃないの、と云った。

入間川が大きく蛇行して左に旋回し、山間の道路が明るい原市場の町に出た。原市場中学校のアナウンスで降車合図のベルを押したので、バスが速度を落とした。我々を降ろしたバスが、残りの登山グループだけを乗せて、原市場から去っていった。山間の朝の陽光は未だ迎えたばかりのように、瑞々しいような気がした。

改めて地形図を広げる。上赤工から入間川が大きく南に迂回して上流に向かうのは、此れから向かうノボットの尾根が大きくせり出してきているからである。其の麓が原市場で、入間川に合流する支流の妻沢川が、ノボットから南に落ちる谷底に沿って流れている。我々は、今来た道を少し戻り、中学校の敷地の端に、妻沢川が合流する地点迄戻る。妻沢の集落へと向かう道は、天神峠、仁田山峠を経て、高低差を度外視すれば最短で名栗へ抜けると謂う、往年のメインルートであるが、我々は其のいにしえの古道を歩き出して直ぐに現われる、山肌に沿って建っている一軒家の前で歩を止めた。

kz氏が用意した事前情報では、此の辺りにある墓地の付近に、周助山へと続く尾根に登る入り口が有ると云う。其れは、松浦隆康氏著作の通称「松浦本」に拠るものだそうで、私は異論が有る筈も無く、kz氏に続いて、一軒家の敷地内に踏み込んでいった。目指す尾根は眼前に在る。其の尾根の淵に辿り着こうとするが、いつの間にか、住宅の玄関の前に来てしまった。ちょっとマズイんではないでしょうか、と私はkz氏に目で訴える。ふたりで中腰になりながら、抜き足差し足で住宅の庭から脱出した。家の反対側に出たら、先程歩いて来た妻沢の道に戻ってしまった。

大いに有り得る事態だが、登り口が見つからない。仕方が無いなあ、何処かから無理矢理登っちゃおうか。kz氏が云う。とりあえずの、最初のピーク迄の標高差が約70メートル。大した山じゃないから攀じ登ろうかと謂う、いきなりのワイルドな提案である。其れもやぶさかでは無いのだが、情報も有るのだから、何とか其の墓地を見つけたいものだと思い、ぼんやりと山林を眺めていたら、くだんの一軒家から少し道を上ったあたりの山裾に、墓石が数個建っているのを発見した。

墓地へ至る道には当然ながら木段が設えてあり、我々は墓地に向かって階段を登っていった。其処から先は、踏跡らしきものはあるが、枯葉と伐採された木の残骸などによって、歩き出して間もなく、道筋は消えていった。止むを得ず、急傾斜の山肌に足を蹴り込むようにして踏み締め、進路をジグザグにとって、登っていくことになった。「松浦本」の情報が怪しいと云うには、余りにも行き当たりばったりな行程である。恐らく他の何処かに、登り口に通じる墓地があるのだろうが、もう後戻りはできない。

間伐の所為で土は乾いているから、砂を掻く様な思いで、息急き切りながら登り続けた。程無く尾根の端に辿り着くと、緩やかに尾根が広がっていて、明瞭な登山道と云って良い程の踏跡が続いていた。地形図を改めて確認すると、周助山から徐々に東南へと下りてくる尾根は、最後に北東に向かって伸びている。其の末端は妻沢ではなく、中学校から見ると北に在る集落へと続く道に落ちているようである。尾根が急激に北東に曲がる箇所の、等高線が狭い南面を、我々は攀じ登ってきたのであった。

植林は疎らで、木々の合間から陽光が降り注ぎ、尾根上の道は明瞭で、心地よい山歩きになった。地図に無い山道はゆるゆると、暖かい陽射しを受けて、真直ぐに続いていたのだった。

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コメント

七目さんの情景描写、なぜか好きなんだよね~。
山に関係の無いところの始まりの部分、普段の生活から山へと入っていくようすが伝わってきていいですね。
明治の文豪に似ている気がします。

>思わず絶句してから、挨拶を返した。
絶句してたんかい!(笑)
僕は寒い時、いつもあんな格好で完全武装します。
寒さに震えながら山に登っても楽しく無いので~。


>だって寒いんだもん

なんか、いきなりここのブログに不釣合いな会話が入って来て笑っちゃったけど、俺の台詞なんだよな~。

なんか、あれこれ説明するのが面倒だったのかも。

後でネットで調べたら、左では無く右に曲がると指導標のある登山口があったらしいですね。
またいつか確かめに行かなくっちゃ!

松浦本の墓地は、多分もう少し先の別の墓地だったかも。

投稿: かず | 2013年4月 4日 (木) 21時33分

今回は久しぶりに前置きが長くなってしまいました…
前編がまだ尾根に登ったばかりで終了。

寝込んでから久しぶりの山なので、思うところが多かったです。

情景描写のお褒めありがとうございます。
明治の文豪ですか? 
白樺派というのがばれちゃいましたか(笑)。

駅から完全武装はちょいとびびりました。
電車の中から完全武装なんですか?

>左では無く右に曲がると指導標のある登山口があったらしい

私も検索してみました。そのようですね。
再訪するときは、今度はどちらに下山しましょうか。

そんなことを考えるのも楽しいですね。

投稿: 七目 | 2013年4月 5日 (金) 08時41分

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