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伊豆ヶ岳東尾根を行く

2013/2/16

西吾野駅(8:30)---森坂峠---下久通---琴平神社---542mピーク---670mピーク---伊豆ヶ岳---五輪山---598mピーク---501mピーク---426mピーク------西吾野駅(17:20)

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青空を背景に端整な本陣山がぽっかりと佇んでいる。閑静な西吾野駅から坂を下って、国道299号に出ると、猛烈な勢いで大型トラックが驀進しているから、折角の山村風景の長閑さが台無しになってしまう。私はkz氏とともに、恐る恐る国道を横断して、吾野方面に戻る形で南下して歩いていた。程無く右手に現われた立派な橋が、本陣山からの鞍部である森坂峠へと入っていく道に続く筈である。

今日の目的地は、奥武蔵では人気随一の伊豆ヶ岳である。しかし、kz氏と歩く伊豆ヶ岳なので、常人の行くコースでは無い。とりあえず、森坂峠を越えて、下久通(しもくずう)と謂う集落に達し、昭文社登山地図には無い尾根を伝って歩いて行く。一直線に東西を結ぶかのような最短ルートの尾根は、伊豆ヶ岳東尾根と呼ばれているようである。

橋を渡った先は頑強なゲートで閉じられていて、其の端から歩行者は進入できる。日陰になったら、道は雪で真っ白になった。人工的に伐り拓かれた処を、湿った雪を踏みしめながら歩く。私のザックに括られた熊鈴が、心細い感じで鳴り響いている。kz氏は饒舌で、最近の山歩きで遭遇したアクシデントに就いて、私に語って呉れる。独りで山に入るのが怖くなったと云うkz氏に、禍独り行かず、悪いことは重なると云う言葉が二重写しになった。山の災禍と云えば熊に遭遇することが真っ先に浮かんで来るので、気休めに熊鈴をぶら下げることにしたのである。

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緩やかに別れていく谷を見送り、道を辿っていくと、アクリル板に書かれた珍しい指標があって、本陣山、森坂峠、イモリ山、と記されていた。杣道は続いているようだが、其の指標の矢印に従って、右手の谷筋に進路を変えた。植林の立ち並ぶ、陽の当たらない峠への道は、苔蒸した、大きな岩が散在していた。程無く稜線からの明るさが見えて、ひと登りで鞍部に立った。冷たい強風が吹きすさぶ森坂峠に、先程と同じアクリルの指標を見て、我々は直ぐに立ち去った。静かな沢に沿って下り続けて、下久通の集落に降りた。

舗装路を歩いて民家が賑わう処迄下って、西に進路を変えると、右手に里山が穏やかに連なっている。冷たい空気と、陽光の暖かさが心地よい。程無くして、琴平神社と思しき鳥居が、小高い山腹に鎮座しているのが見えた。民家の傍の石段を登っていくと、西吾野駅から眺めた、平板な絵のような山容が、今度は逆光のシルエットになって、たった今越えて来た本陣山の連なりが見渡せた。

踵を返して鳥居をくぐり、急傾斜の石段を登ると、小さい社が在る。其処からさらに山腹を登り、琴平神社の小振りな本殿が現われた。山禍に遭わぬよう祈念してから、其処から伸びている尾根の道を、北西へと進んでいった。木漏れ陽の射す明るい尾根の道は、充分に歩かれている様子で、明瞭なものだった。地形図を確認しながら、順調に高度を上げていくと、伊豆ヶ岳東尾根の主山稜とでも云うべき尾根に合流し、最初のピークである、標高410m地点に達した。尾根の上は、相変わらず冷たい風が吹いていた。

其処からは、諄々と続く尾根に沿って、道が続いている。北面から、次々と緩やかな尾根が合流してきた。急登の先に立つと、花桐方面から、山林業務の機械音が、薄っすらと聞こえてくる。いにしえの地図で、此の付近に峠道が交差すると記録されているものを、事前にkz氏から見せて貰っていた。其の峠には、登リット、と謂う名が記されていたので、前回訪れたノボットへの親近感から、此の峠を確認したいと考えていた。しかし、鞍部に掛かっても、峠道を見つけることはできなかった。

Inisie

琴平神社から歩き始めて、漸く地形図に標高が記されてある542mに達して休憩した。暫く緩やかな尾根に変わったが、突き当たってふたたび急登になる。其れを登りきったら、眺望が開けてきた。至る所の地面に雪が残っていた。自然林が疎らに立つ尾根の道は風が強く、自分の顔が強張っていくのが感じられた。670mピークに立つと、伊豆ヶ岳と古御岳の姿を確認できる迄になった。右手に広がる奥武蔵の山々を見渡せる稜線になったが、北面は雪で真っ白になっている。標高700m迄上がる傾斜になったら、辺り一面が積雪で覆われていて、完全に雪山の様相に転じた。

標高700mで、伊豆ヶ岳から直截伸びる尾根が南下していくのと、直角にぶつかって合流した。進路は真北に変わり、極めて痩せた尾根が、徐々に伊豆ヶ岳に吸い込まれるかのように、北西にカーブしていく。痩せ尾根に積もった雪を踏みしめながら、慎重に歩いていく。右手に、西武鉄道を挟んだ対面の山々の、眺望が広がった。対する古御岳側の深い谷は、穏やかな色彩で木々に覆われていた。

痩せ尾根が終わり、ふたたび急登に掛かると、雪は深くなった。其れは粉のように軽く、時折風に舞って雪煙を起こした。登り詰めたら、其処は等高線が閉じている770m地点で、伊豆ヶ岳は直ぐ其処である。暫く歩き突き当たると、目の前に、大きな壁が立ち塞がったかの如く、周囲が薄暗くなった。

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kz氏が、此処でアイゼンを装着すると云うので、私も其れに倣った。大きな壁は伊豆ヶ岳の直下である山腹で、樹林で遮られているから頂上は窺えないが、急激な傾斜である。左に、トラバースしていく道が薄っすらと伸びていた。古御岳との鞍部に至る捲き道であろうと察せられる。我々は眼を見合わせたが、自然に、此の斜面を直登すると謂うことに決まった。アイゼンを穿いた後の道理となる決断であった。

先頭になって登る私は、其の余りの傾斜に耐え切れず、無意識に足を左右に大きく踏み込んでいた。私は次第に斜面を左へと逸れていくようにして登っていた。

「其れじゃ直登にならないよ」背後から、冷ややかな声でkz氏が云った。

私は我に返り、周囲を見渡した。私は何時の間にか、くだんのトラバース道の方向に、斜面をトラバースしていたのだった。面映さに駆られながら、私は直登していた位置に引き返した。枯れ枝に気づかず、顔に突き刺さって驚き、思わずのけ反って、其の儘倒れそうになった。此の儘登れるのだろうか。私は枯木の幹を懸命に掴みながら、雪の重さと、傾斜による重力に抗って、牛歩のような速度で登り続けた。背後のkz氏が、厳しい視線を私に投げかけている、と謂う想像をしながら登っていたのだが、聞こえてきたのは、ひゃあ怖い、とか、此れは急だよ、などと謂う素っ頓狂な独り言だった。却って私は、ますます訳の分からない恐怖感を、全身に感じていた。

急登を終えると、ふたたび痩せ尾根が渡っていて、直ぐにまた壁に突き当たった。陽当たりの良い斜面に雪は殆ど無かった。倒木や突き出た岩に阻まれながら、急傾斜を登っていく。そうして、とうとう岩壁の聳える箇所に突き当たった。最早此れ迄なのかと思ったら、視界の端にトラロープが垂れ下がっているのに気づいた。

ロープは随分前から設置されていた模様で、所々に磨り減っている箇所があるように思えた。岩に摑まり、補助的にロープを使うと謂うことは不可能だった。片手でロープを、もう片方で岩を掴み、足を一歩ずつ岩に掛けていく。ひとつの岩壁をこなすと、左に移動して、もうひとつのロープに摑まる。やっとのことで岩壁の上に辿り着いた。

其の先は、巨岩が折り重なって構成された山肌に、微かな踏み跡が空に向かって伸びていた。空から、人々の陽気な喋り声が聞こえてきた。頂上が、直ぐ其処にあるのだと判った。私は、伊豆ヶ岳の壁に凭れて、地面に座り込んだ。眼の前に、正丸峠から、奥武蔵を巡る連嶺へと、山々が広がっている。青空が、果てしなく広い。忽然とした儘、私はkz氏が登ってくるのを待った。

我々は伊豆ヶ岳に登頂した。山頂は一面の雪だった。奥武蔵、そして秩父方面の風景まで、全方位を見渡せる絶景であった。やりました、伊豆ヶ岳を直登しました、と謂う言葉が思わず口に出た。やった、すげえ……kz氏が、何度もすげえと叫んだ。登頂への過程が、登頂の興奮を生み出すと謂う、分かっていた筈のことを、私は、改めて体感したような、そんな気がした。


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付記

伊豆ヶ岳東尾根としか題せない儘記録を終わる。伊豆ヶ岳を五輪山経由で下山するが、一般ルートが尾根から降りる標高650m付近から、道迷い多発の看板のある尾根を直進した。花桐集落の北面に連なる伊豆ヶ岳の、此れも東尾根と云うべきルートである。いにしえの地図では、途上に「ムジナ峠」と記されていたが、何処が其の場所かは分からず仕舞だった。尾根は次第にいくつもの尾根を派生させながら、標高を下げていくのだが、地形図で現在地を確認しながら、慎重に下った。標高598mで、とうとう尾根を間違えたが、直ぐに気づいて事なきを得た。598から先、標高550mで等高線が閉じられた長い山域は、地形図から窺えるイメージとは違って、奇岩が林立する登り下りを繰り返した。岩山其れ自体が趣深い佇まいで、時折眺望もある好ルートだった。其の後尾根は複雑に分岐して、予断を許せない儘、南川地区の集落を窺う処迄下りて行った。最後は明確な踏み跡も消えて、強引に樹林帯を下降した。

別記

2013/2/24

西吾野駅(9:00)---間野---萩ノ平茶屋跡---不動茶屋---関八州見晴台---高山不動---三社峠---西吾野駅(15:00)

2013/3/17

正丸駅(9:00)---伊豆ヶ岳---長岩峠---正丸峠---正丸駅(14:00)

2013/3/20

梁川駅(9:30)---月尾根沢---立野峠---倉岳山---穴路峠---天神山---高畑山---石仏地蔵---イトヒバ---鳥沢駅(16:00)

2013/4/4

沢井駅(14:30)---惣岳山---馬仏山---岩茸石山---常福院---軍畑駅(18:40)

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コメント

東尾根があんなに難易度高いとは知らず、山頂に着いた時は、嬉しくて声をあげてしまいましたね。
我々は、最難関ルートで登頂したのですよ。
男坂を登って登頂した時よりも感動が大きかったのは、それだけ厳しい道だったからでしょう。
それがバリエーションルートのおもしろさなんだよね。

奥武蔵のバリは、ちょっとおもしろいかも~と思い始めた山行です。
さすがにこれ以上おもしろい山行はもう無いだろうなと思ったんですけど、虚空蔵山も良かったですね。

独りだったら、まず行こうとしてなかったと思います。
直登も無意識にずれてしまう小心ぶりですからww

男坂は実はまだ登ったことがないのです。
あの直下よりはましでしょうか。

虚空蔵山もじきに書きます。
かずさんの動画、ほんとに助かります。

帰途ですが、東尾根と併行しておりますが、名前が無いですね。
東北尾根がしっくりくるような気がします。

伊豆ヶ岳東北尾根。いつか登りで使いたいです。

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