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周助山・ノボット(後編)

2013/1/20

原市場中バス停(8:00)---周助山---ノボット---404mピーク---戸丸---中藤---飛村---前坂---吾野駅(15:00)

Nb

片仮名の奇妙な山名であるノボットを目指して歩いているが、国土地理院製地形図では、其の435.8mピークに周助山の記載が有る。官製の地図に対して盲従してしまいがちになるが、周助山は383m圏峰の名である。原市場から無理矢理攀じ登り尾根に乗った。其処から、関東ふれあいの道に編入してあげたい程の、諄々と続く明瞭な道を歩き、ひとつのピークを越えると、やがて急登になった。其れを登り詰めて、最初の目的地に到達した。

383mの頂上には、立派な山名板が立っていた。此処が周助山であると謂うことが明確に確認できる。何故此のような誤りが是正されないのかと、kz氏に尋ねてみる。

「誰かが国土地理院に指摘したんだけど、受け入れて貰えなかった、みたいな話を何処かで読んだけどなあ」

「官僚的な態度と謂う訳ですね」

眺望の無い周助山を早々に立ち去る。此処からはピークの合間を緩やかに歩く道が続く。植林の山に、天然の雑木が入り混じるようになった。陽射しは眩いばかりで、軽快に歩く。途中の410mピークに突き当たると、道は右に捲くような形になった。倉掛峠の方向に派生する尾根が見え始めると、雪が残る北面の陽陰になった。分岐点に乗り上げたら、ふたたび明るい雑木林の平地で、木の枝に赤いテープが巻いてあるのが見えた。風に棚引く赤いテープには、乱雑な字で、「倉掛峠へ」と書いてあった。主稜の方向に歩くと、同じようなテープが括りつけてあり、其処には「ノポットへ」とあった。ノボットなのかノポットなのか、また新たに謎を掛けられたような気分だが、片仮名では要領を得ない。何かの口語が山の名前になったのだろうと推し量るしか無い。

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ノボットを取り巻く400m圏の中を、さらに進んで行く。直ぐに現われる鞍部には、妻沢と中藤の集落を結ぶ道が交差する峠が在る筈である。其の道は官製地図に記してある。しかし、相変わらずの雑木林の中に続く道が、痩せた尾根になり、鞍部を過ぎて登りに掛かっても、其れらしき道筋は現われなかった。其の儘登り続けたら、呆気なく頂上に達した。周助山と同じ体裁の山名板には「登戸」と記してあった。

登る戸、と謂う風に、修飾して意味を捉え、何処かへ向かう登り口の様なものだろうか、などと考えてみる。此れから下山する北面の集落は戸丸と謂う地名で、何か関係が有りそうな気もする。丸は山頂に名付けられることの多い接尾語的なもの、と謂う生半可な知識が有るから、山頂が戸丸で、登り口の集落が登戸の方が納得できるような気もする。或いは、ノボットと謂う口語から、いつしか当て字になって登戸になったのかもしれない。

そんな思惟に耽っているが、ノボットの頂には強風が吹き荒れている。私は此処迄の穏やかな道を思い浮かべ、一転して強風の通る場所に在るノボットの異質性を感じた。木々の梢の、ざわめく音も不穏で、我々は目的地に着いた安寧の気分になれず、早々に山頂を後にした。

ふたたび鞍部へと下る道は、木立が迫ってきて徐々に狭まっていった。鬱蒼とした鞍部を越えて、ひと登りで404mのピークに立った。暖かい陽当たりを求めて、少し戻った地点で荷を降ろし、昼食を摂った。原市場から尾根に乗って、誰にも出会っていなかったが、漸くトレイル・ランニングの男性が独り、通り過ぎて行った。眺望が望めないノボットの山稜に、好んでやってくるハイカーは居ないようであった。

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南面に伸びる尾根を見送り、其の儘西北の方向に下って行く。此の儘直進してピークを越えると、中沢集落と仁田山峠を結ぶ林道に達するが、我々は其の手前の鞍部から北面の道を行く予定である。官製地形図には、妻沢川側と、前述の戸丸を繋ぐ道が記されている。しかし、ノボットの手前に在る筈の道が見当たらなかった事実から、我々は前途に対する予断を許せない。

悪い予感は杞憂に終わり、目的の鞍部には、眼前に在るピークの腹を左右に捲くようにして、双方から踏跡が辿って、合流してきていた。其れは、ハイキングで人間が踏み入れるには、何とも心細い踏跡で、作業道が朽ち果てたような様相ではあった。北東に右折して、樹林帯のトラバース道に進入する。地形図のルートは、其の儘北東に伸びる尾根に乗って下降し、途中で西へと、谷筋に沿ってトラバースしていく、と謂うように記されていた。程無く、其の尾根が分岐するところに行き当たり、少し逡巡しながらも、背後に続くkz氏に背中を押されて、恐る恐る進んだ。

すっかり陽の当たらなくなった尾根の上は、やがて枯木が縦横に立ち塞がり、植物が繫茂してくるようになった。漸く、kz氏が喜びそうな、無名の尾根歩きが始まったようであるが、谷筋に分かれる踏跡は、全く見つからない。心の中で、徐々に黄色い信号が点滅してくのを感じる。左に降りる道は無いかと、kz氏もやや狼狽気味に声を掛けてきた。

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余りにも尾根を進んでしまったので、谷筋への道を探しながら引き返すことになった。そして、尾根の分岐点迄戻ってきてしまった。地形図の破線の形状を無視して、其の儘トラバース道を辿っていく。やがて、次に派生する尾根が木々の合間に見えてきたが、私は直ぐには気づかなかった。kz氏が、此の尾根を下ろうと云った。戸丸へ降りる本来の尾根である。私は、もし独りだったら、此の尾根を見過ごしたかもしれないと思った。

序盤は尾根の東側の斜面を、難渋しながら歩いた。倒木が縦横無尽に横たわり、枯木や草が埋もれている。一歩、そしてまた一歩の足先に神経を遣うので、冷静になって状況を把握することが出来ない。やがて、行く手にひとすじの踏跡のようなラインが現われたように感じた。

「此れが、地形図の登山道でしょうか」

「んー。けもの道かもしれんけど、峠道かもしれん…」

泰然とした感じで、古老のように呟くkz氏の声に、私は安堵した。

戸丸方面に派生する尾根に乗る迄、かなりの時間が経ったような気がした。等高線の、360m地点で、漸く尾根に乗った。此れでひと安心と云いたいところだが、傾斜は急で、先頭を歩く私は、随所で足を滑らせて、転倒しそうになる。バリエーションルートを下る時は、横歩きみたいにして、靴のエッジを利かせるんだよと、kz氏がアドバイスを呉れる。重力に負けてずり落ちないように、次から次へと、木の幹に抱きつきながら、急勾配を下って行った。

薄暗い、左右に広がる谷が浅くなり、遠くの山なみが望めるようになった頃、左手に沢が流れる様子が窺えた。もうすぐ終わるね、と、kz氏が云った途端、尾根は急激に落ちていくように、傾斜の度を増してきた。体がふらつくと、傍らの倒木に手を掛ける。四つん這いになった方が楽なのではないか、とさえ思った。其の急勾配を終えたら、沢を直ぐ下に見る処迄降りて来ていた。右側の谷も合流して、其れを渡渉し、登り返したら、いつの間にか、崖の淵の上に立っていた。

振り返ると、何処へ行くんだ、と云うような顔をして、kz氏が手を振っている。どうやら盲目的に直進して、支流を渡渉してしまったようだった。kz氏の後から、本流に掛かる堰堤を越えていく。そして漸く、舗装路が横切る戸丸に降り立った。集落と云うよりも、山間に点在する民家が数軒在るだけの場所で、峠越えの道が目指すには、少し寂しすぎるのではないか、そんな気がした。

Nb3

中沢の清流に併行して、中藤迄県道を歩いた。中藤からも飯能駅に行くバス路線があるのだが、本数が極端に少ない。其の後は、前坂を越えて吾野駅迄歩いた。途中、多少の紆余曲折はあったのだが、無事に西武電車に乗って、所沢迄戻ってから、祝杯を上げた。ノボットとは何ぞや。そんな話にはならず、一献の席で気炎を上げる私は、年明けの災厄をkz氏に愚痴愚痴と喋っていたような、曖昧な記憶だけが、微かに残っている。

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コメント

エアリアマップ奥武蔵は、奥武蔵研究会が作成しているんですけど、その一人の藤本氏が、国土地理院に周助山の訂正を申し入れたら無視されたと新ハイ№688に書いてありました。
それを読んだ記憶が少しだけ残っていたようです。
電子国土の方では訂正されているらしいですよ。

ノボット、登戸は、斜面や傾斜地に付けられることが多い地名のようで、あちこちにあるようです。

戸は、出入り口を意味し、丸は、村を意味する古朝鮮語のムレが転じたもののようです。

だから、「峠道の出入り口にある集落」が由来なのでしょう。

廃道が始まる鞍部には、赤倉の名があったようです。

詳しい場所はわかりませんが、トマルノ向山、根藤、滝ノ入という名が記された地図もあります。

それにしても、僕的には廃道歩きが一番楽しかったというか、水を得た魚状態になりました。
地形図に破線があるのになんで道が無いんだ~?
奥武蔵はこういう道ばっかりかもしれませんね。

>どうやら盲目的に直進して、
こういう失敗は僕も何度か経験してますので安心してください。
そのうち、周囲を見渡しながら歩けるようになりますよ~。

あの時の牛肉はうまかったなあ。
正月気分が味わえて良かったですよ~。
ありがとうございます。

目的の山々は変哲の無いピークでしたね。
私も廃道の下りが印象深いです。

ノボットは斜面に多い名前なんですね。ふむむ。

>丸は、村を意味する古朝鮮語のムレが転じたもののようです。

そうなんですか!ムレも朝鮮語で山のことかと思ってました。

マルは、屋根の棟(むね)を発音するとか、

「古代朝鮮では、王の称号を高い山になぞらえてマルの称号を用いひいては男性の美称とした」
(谷有二「山名の不思議」平凡社ライブラリー)

それが転化したのかと思ってました。

麓の戸丸にマルがあって、混同してしまったようです。

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