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細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(前編)

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2012/12/19

細川橋バス停(8:20)---二本杉峠---地蔵平ルート(40メートル先で崩落箇所の為引き返す)---760mピーク---二本杉峠---千鳥橋---浅瀬橋---世附キャンプセンター(14:30)

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神縄トンネルを出たバスの車窓から、丹沢湖が窺えるようになった。もう直ぐだなと思ったら、バスは玄倉に向かっていくので、乗り間違えたのかと慌てた。新松田駅から西丹沢自然教室へ行くバスは、神縄から玄倉にルートを外れ、また神縄に引き返して、丹沢湖に向かうという路線なのであった。玄倉から小学生が数人乗り込んできて賑やかになった。湖岸を辿るバスが、人里に近づいたなと思ったら、永歳橋を渡った。丹沢湖を跨いで、最初のバス停から、登山姿の数人が乗車した。登山詳細図踏査隊のC氏に、目で挨拶をした。

昨年初めて踏査に参加した「東丹沢登山詳細図」に引き続き、今度は西丹沢篇を作成すると謂うことで、例に拠って岡山隊と世話人氏、C氏が四日間連続で踏査を続けているのだが、私は一泊二日の部分参加で、相変わらずの冷やかし半分な隊員である。其のような訳で、今迄踏み入れたことの無い丹沢西部にやってきた。

細川橋のバス停に降りると、既に踏査隊のメンバーが円陣を組むように立ち並んでいた。初めて会う人も散見するが、碌な挨拶も出来ない儘、サークルに加わる。皆さんお揃いのようですから、と守屋益男氏が厳かに云い、本日の踏査計画の説明が開始された。踏査は、畦ヶ丸から南に派生する屏風岩山を中心に、五班に別れて行なうと謂うのが本日の行程であった。私はC氏に帯同し、細川橋から二本杉峠を越えて、昭文社の「山と高原地図・丹沢」には、ルートが記されていない癖に、荒廃、通行不可、と謂う赤い文字が書かれている、地蔵平への道を踏査することになった。

バス停から程無く左折して、神社に向かう石段を登る。二本杉峠迄、もう少し具体的に云うと、580m地点迄、C氏と私の他に、NR氏と、初対面である岡山女性、KFさんによるもう一班が、尾根上を辿る道と、細川沢に沿ったトラバース道に分かれて、距離を測っていく。国土地理院製地形図に記されている登山道である。神社の境内に登って行く尾根道担当のふたりと別れて、此処から、私がロードメジャーを持って先頭に立ち、トラバース篇に向かう。道標のポイント間を刻んで、C氏が測定結果を記録していくのである。

神社の裾野を忠実に迂回して、明瞭な登山道が山肌に沿って伸びて居る。やがて、沢が合流して、陽光が漸く山なみから顔を出した。明るい沢沿いの、気分のよいスタートである。C氏と、屈託の無い会話をしながら、泥濘状のトラバース道を歩いて行く。丹沢の谷は、いつも湿っているような気がする。道が徐々に心細い程狭まって、少し崩落のある箇所に行きついた。トラロープが其処にだけ張ってあった。私は、左手でロードメジャーを地面に押さえつけながら、右手をロープに委ねる。二歩、三歩目で、足元がゆっくりと、現実感を失っていった。ずぼずぼと土が溶けるように崩れていった。

気がついたら、私は右手一本でロープを掴んだ儘、宙ぶらりんになっていた。次の瞬間に、片手で持っていたロードメジャーを放し、両手でロープを掴んだ。滑落をロープのお陰で免れた恰好だが、頭の中は真っ白になっていた。何処からそんな力が出てくるのかと、自分でも判らない儘、私は懸垂をするようにしてロープを梃子にして、脚を泥濘の土に踏み込ませて、攀じ登った。崩落した道の先に漸く復帰して、茫然としているC氏を見た。川床の岩場に落ちてしまったロードメジャーを確認して、其れを回収するために、私は堰堤を伝って、川に降りていった。

踏査開始後数分後の出来事だった。私は登山道に復帰して、思わず地面に座り込んだ。道が崩落してロープに宙吊りになるなど、凡そ趣味の登山の光景とは思えない。こんなこと初めて見ましたよ、とC氏が云う。

「滑落して大怪我でもしたら、踏査の邪魔しに来たようなものですね」
私は弱々しく云う。

「落ちなくてよかったですよ。踏査なんかどうでもいい」
C氏が感に堪えない、と謂う風に云った。

緩やかに沢沿いの道を歩き続け、漸く樹林帯の中に入っていった。尾根の中腹に、ジグザグに切った道を登る。程無く尾根の上に乗った。其の儘580m辺りと見当を付けた、北面の眺望の利く処で休憩した。私の滑落未遂で随分時間を消費してしまったので、NR、KF班は既に合流地点に来ているとばかり思っていたが、彼等の姿は無かった。

「余りに遅いから、先に行ってしまったのかな」

「いや、合流する約束だから其れは無い。待ちましょう」
C氏が決然として云った。

神社から尾根に乗っていくルートの等高線を見てみる。其れ程険しい傾斜とも思えなかったから、遅れているのが意外であった。C氏がNR氏の携帯に何度も通話を試みるが、電波は繋がらないようであった。随分経って、漸く電話が通じた。尾根筋を外して、北面の谷へと迷い込んでしまった彼等は、尾根に復帰したばかりとのことであった。

標高600mを過ぎて、尾根は急登になった。四人が隊列を組んで、実直に登る。尾根は849mピークへと伸びているのであるが、730m付近で、右手に捲道が設えてある。折角登ってきた尾根から外れるのは詰まらないが、踏査の計画に沿って行動しなければならない。トラバース道は細く、北面なので薄暗く、気分は良くない。土の質も柔らかいので、私は滑落の幻影と精神的に対峙しなけらばならない程緊張している。昭文社地図にも、「崩壊地のフチ、通行注意」と記されてある。作業道のような実直な山肌に掘られた道を辿り、漸く尾根が落ちてくる様相が見えてきた。屏風岩山方面と権現山から伸びてくる尾根の鞍部、二本杉峠。其処は沈鬱な暗い峠だった。

其れでも木製テーブルやベンチが設置してある二本杉峠で、我々は暫しの休憩を取った。踏査の計画は、NR、KF班が、此の儘峠を越えて西の方面の、谷筋を下って千鳥橋へ、我々は地形図に記してある、屏風岩山から伸びる尾根の、北西の等高線に沿って徐々に下り、地蔵平に向かう道を行くことになっている。千鳥橋へ向かうふたりは、先に出発した。私とC氏は、昼食を摂ろうと謂うことにしたが、沈鬱な二本杉峠のベンチは居心地が悪いので、北面に等高線が閉じているピーク迄登っていった。760mの頂上は、思いの外眺めの良い、静かで明るい場所であった。

峠に戻った我々は、改めて踏査を開始した。ロードメジャーを転がし、先程の760mピークを西面に捲いて、951mとのコルに着いた。荒廃、通行不可と謂う地蔵平への、我々の目指す道が分岐している。山肌の傾斜は、此れ迄の道程とは比較にならない程急であった。私は、既に恐怖感を否定できないでいたが、道がある以上、歩かなければならない。思わずC氏の顔を見る。沈着な彼の表情も、心なしか複雑な思惟を隠せていない。

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トラバース道は、順調に続いていた。大きくせり出した尾根に逆らわず、西へと伸びる道に沿って捲いていく。尾根を横切って、ふたたび北方向に、暗い谷へと山肌に沿って歩く。そして、道は急激に狭まっていった。目の前の道が、抉り取ったように崩れた山肌で途切れていた。一部の崩壊のようで、少し先には、ふたたび道が安定して伸びているのが見えた。私は立ち止まり、ふたたびC氏を見た。

登山地図の調査と謂う大義で行動している私の思惟には、義士のような使命感がある。趣味で山登りをしている軽輩とは違うのだぞ、などと謂う、勘違いも甚だしい、利己的な興奮を内包して歩いているのである。興奮が恐怖を凌駕すると、危険な道を顧みずに進みたいと謂う冒険的な思惑に囚われてしまうような気がする。冷静に考えてみれば、登山地図が危険な道を推奨できるわけはない。道が崩落して通行できないのであれば、廃道として其れを確認すればいいだけのことである。しかし、行ける処迄行ってみたいと謂う興奮的利己心は、冷静に制御することが難しい。

幸か不幸か、スタート直後に滑落未遂事件を起こした私の心裡には、既に恐怖しか存在していない。恐らく、C氏にも其れは伝播しているものと見えて、もう無理、引き返しましょう、と云って呉れた。首肯しながら私は、自分の身体の微かな震えを感じていた。我々は、急傾斜の山肌を伝うようにして、来た道に引き返した。やがて、陽射しが明るい鞍部が見えてきて、私は漸く、心臓の鼓動が落ち着いていくのを、感じていた。

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コメント

うわわわ~~~~~。
西タンの踏査でそんな事件が起きているとは思いもしませんでした~。
運良くロープがあって良かったね~。
危険なトラバース道を歩く時は、アイゼン、ピッケルの携行をおすすめします。

ハーネス、ザイルもあれば確実かと…。

あれほどの滑落は僕も未経験です。
高所恐怖症なので、そういうところは近づかないってのもあるけどね。
ほんとに山では何がおこるかわからんね~。
特に、西タンは怖いなあと思いました。

でも良い経験にもなったのかもしれませんよ。

テントの中で酒を酌み交わしつつ、山仲間に語る武勇伝としては最高です。
夏の北アルプスで聞いたら凍り付くだろうなあ。(笑)


>登山地図が危険な道を推奨できるわけはない。道が崩落して通行できないのであれば、廃道として其れを確認すればいいだけのことである。しかし、行ける処迄行ってみたいと謂う興奮的利己心は、冷静に制御することが難しい。

そのことは、僕もバリエーションルートをやる上でいつも悩みます。
レポに紹介できそうも無いところを歩いていいものだろうかと…。

『興奮的利己心』を抑えるのは、かなり難しいですよね。
この先はどうなっているのかっていうのは、気になって仕方が無いですもん。

今度会ったら、詳しい情況を身振り手振りで語ってね~。

西タンですか(笑)
確かにアイゼン装着してれば踏み込めますね。
しかし踏み込んだ地面が崩落したら成す術なさそうですね。
ピッケルで宙ぶらりん。
それは有効のような気もします。

ハーネスやザイルのご指導、お願いします(笑)

武勇伝ですかあ。滑落未遂箇所、場所があまりにも地味ですよ。
話をかなり盛ってやらないと…(笑)

次回の奥武蔵で状況説明しますね。

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