« 細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) | トップページ | 山域別記事索引 »

ミツバ岳から権現山・登山詳細図踏査隊と歩く

2012/12/20

滝壺橋(8:10)---ミツバ岳---権現山---二本杉峠---権現山---756mピーク---永歳橋(15:00)

Mitsuba4

西丹沢の山域に来たのは初めてである。都内から電車やバスを利用して日帰りで歩くには困難な地域だからと謂う理由である。昨年から始めたテントを担いで行く山歩きに好都合とも云えたが、生憎なことに丹沢の、全域なのかどうかは判らないが、幕営禁止の御触れは承知しているので、敢えて計画の範疇には入らなかった。登山詳細図の踏査に加担すると謂う義務感を好んで背負い、よく知らない人々と同宿してまで参加する気になったのも、此の儘では一生縁が無いのではないかと思う西丹沢に行くと謂う、半ば強制的な偶然を作り出そうとする意思があった故かもしれない。

初日の失態と、想像以上に崩れた西丹沢のトラバース道での苦難に、疲弊感が澱のように身体の中に漂っているような気分の儘、朝になった。尤も、世話人氏たちとの酒宴が深夜迄及んだことも要因のひとつではある。前日の他班の行程も、決して順序良く踏査を達成出来た訳では無いようで、今日の計画の修正案を守屋益男、二郎両氏が協議している。結局、私は今日もC氏と共に行動することに決まったようで、其のルートは、昨日帰ってきた県道を、途中の滝壺橋迄、車で運んで貰い、ミツバ岳へと登ることになった。

曖昧な空模様の下、丹沢湖が西の途切れる辺りに在る滝壺橋に、ミツバ岳と書いてある道標が立っていた。削られた尾根にいきなり張り付くように、踏跡が無理矢理に切ってある。暫く急勾配を登りきると、樹林帯の中を直登する道が続いていた。昭文社の登山地図には全く記されていないコースだが、道標のある登山口が示すように、歩く人は多いようである。しかし、其の取り付きは傾斜が鋭い為、平穏に歩けるコースでは無いことが判る。

Mitsuba2

崩落の気配が充満するトラバース道に比べたら、尾根の急登など問題では無い。問題なのは自分の体調で、要するに深酒に加えた若干の寝不足故に身体がだるいから、唐突に急登が続くミツバ岳登山道が、呼吸も絶え絶えになる苦役に思えてしまう。背後に続くC氏も、と云いたいところだが、黙々と登っている彼がどう思っているかは判らない。

ジグザグに切ってある道に切り替わり、振り返って丹沢湖を見下ろす余裕が出てきた。少し陽射しのあった朝の風景は、いつしか曇天が覆う様相に変わっていて、鉛色の冬空である。植林された東側の杉林から、西へと山腹を回りこむようにして登ると、自然林の枯木が点在する登山道に変わったから、周囲が明るくなった。ミツバ岳はその名が現わすように、三つ又の花が群生する山のようで、師走の押し迫った今頃には縁の無いものと思われたが、C氏が其の片鱗を見つけて写真を撮っている。春先に咲く花でも、こんな時期に忽然と咲いている枝が路傍にあると謂うのが、不思議だった。

標高750mを越えた辺りで、周囲は樹木が点在する茫洋とした景観になった。乾いた土を砂利砂利と音を立てて歩いていく。やがて800mの突き出た瘤状の尾根の突端に乗り上げたら、三つ又の群生地と思しき緩やかな草原の中を進んで行く。薄く白い花弁の群れが広がっているから、塵が散りばめられた中を歩いているようでもある。満開の頃は、黄色い草原となるのであろうと想像する。ひと登りで、ミツバ岳の頂上に着いた。広範囲に等高線が閉じられているピークの、やや奥に三角点があるため、開放感はあるが、眺望はよくない。北面に、鹿柵越しに広がる山々が垣間見えた。

Mitsuba3

此処から北東方向に聳えているのが見える、権現山へと向かう。屏風岩山から南下する山稜が大きく隆起しているのが権現山で、世附へと分岐して落ちていく尾根の主稜が、ミツバ岳へと続いている。其の稜線を権現山に向かって歩いて行く。昭文社地図にはこの間を「道不明瞭」と記しているが、権現山への山稜は明確で、尾根の真上を歩くだけであるから、不可解な注釈である。単なる踏跡以上に明瞭な登山道では無いと云いたいのだろうと推測するが、赤線も破線も引いてない部分にわざわざ記すほど、この山稜の上を歩く道は不明瞭では無い。

ミツバ岳の三角点は、標高800mで等高線が閉じているピークの中にある。北東方向に、800m圏内を歩く。広々とした山の上を、私とC氏は、思い思いの場所を踏んで歩いて行く。テントでも張って、宴会でもしたくなるような心地よい山頂と云うか、山域であった。途中、不自然な程抉られている木の幹があり、明らかに熊か其れに準ずる獣によって抉られたものと見えた。熊は巣穴に棲むだけでなく、木に登って安穏としている場合も多いと謂う話を聞いたので、思わず上を見上げた。広々とした山上の心地よさは、熊からのお墨付きもあるようで、思わず首肯してしまうが、テントで宴会の夢想は、其れで呆気なく醒めてしまった。

長大な鞍部を悠々と進み、権現山の壁が徐々に近づいて来た。樹林帯を抜けると登りが始まる。緩やかな登りから徐々に勾配は厳しくなる。其れに連れて踏み跡が、尾根の右側へと逃げるように辿っている。其れに準じて歩いていると、徐々に閉塞的な気分になってくる。詰まらないので数メートルの高さを乗り越えて、尾根に立った。南北の眺望と、吹き抜ける風が心地よい。其処からは、目の前に立ちはだかる、権現山から西へ伸びる大きな尾根に向かって、喘ぎながら登った。

標高900mで尾根が合流し、実直に右折して登り続けて、標高1018.8mの権現山に登頂した。此処から、昨日の踏査で計測した、二本杉峠の東西を結ぶ線迄を歩くことになっている。権現山の由来であろう、小さな祠を発見して、私とC氏は、其処にザックを置いた儘、空身で再出発する。北東に伸びる尾根の登山道は急激な傾斜で、腐った木段が続いている。ロードメジャーを転がしながら、何時迄も続く急勾配を下っていった。漸く尾根が鞍部に掛かると、細川沢が詰めた辺りの大きな谷が大崩壊していた。其の代償として、見事なくらいに眺望が開けている。西丹沢の、檜洞丸を中心とした山なみが、青空の中に連なっている。

Mitsuba5

大崩落の分水嶺を渡り、鞍部を通過して、ふたたび小さな標高849mのピークを乗り越す。眼下に、見慣れた暗い鞍部が伺えた。二本杉峠である。C氏を待たせて、ひとりで峠に下る。四度目の二本杉峠は、相変わらず、水の底のように静まり返っていた。私は、ロードメジャーの目盛りを紙片に記し、深呼吸してから、ふたたびの帰路に向かった。

用心しなければ転げ落ちてしまいそうな急勾配を下ってきたから、権現山への登り返しは、既に覚悟を決めて、ゆっくりと歩を進めていった。空身でさえも堪える登山の果て、漸く権現山に帰還した。快晴の空の下、改めて景色を見渡す。遥か東方に目を凝らして、大山の端整な形を認める。其の手前に、見覚えのある山稜に、ぽつんと在る人工物を見た。大倉尾根の花立山荘であった。

権現山から明瞭な登山道を計測しながら下り、永歳橋に下山した。陽は未だ高いが、陽光の色彩は、既に黄昏を予感させる。投宿している落合館に戻り、熱い湯船に浸かってから、C氏と麦酒で乾杯した。程無く世話人氏とUR氏が帰還し、また麦酒を飲んだ。バスに乗って、もう帰らなければならないが、帰ると謂う目的の他には特に用事も無いので、湯上がりの麦酒を、いつまでも飲んでいた。

漸く重い腰を上げて、見送られながら新松田駅行きのバスに乗った。バスが玄倉に立ち寄って引き返すうちに、丹沢湖が薄暮に包まれてきた。遠い空の黄昏に、富士山のシルエットが現われて、直ぐに姿を消した。


付記

ミツバ岳・権現山を歩いたC氏のblog
http://cashila.exblog.jp/19429667/

同日の踏査記録を記した登山詳細図世話人氏のblog
http://mordred1114.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

別記

2012年最後の山歩き

2012/12/31

日影バス停(8:30)---日影林道---作業道出合---一丁平展望台---小仏城山---薬王院---金比羅神社---高尾駅(14:00)

|

« 細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) | トップページ | 山域別記事索引 »

丹沢」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/50872621

この記事へのトラックバック一覧です: ミツバ岳から権現山・登山詳細図踏査隊と歩く:

« 細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) | トップページ | 山域別記事索引 »