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2013年3月

山域別記事索引

古い記事が埋没して発掘困難になってきたようなので、其の古い順から並べてみることにした。中央本線沿線と謂うカテゴリが、今となってみると非常に曖昧で、どうにかならないかと思うが、高尾付近と上野原付近と大月付近の境界で迷うことになるのは想像に難くないと思われるので、其の儘にした。しかし、高尾駅を起点終点にしたものは、高尾でもいいのかなとも思うので、変更するかもしれない。秋山廿六夜山を中央本線沿線とするのは、違和感を禁じ得ない。奥武蔵と奥多摩の境界も間もなく曖昧になるだろうと察せられる。断章的と記したものに就いては文字通りに記憶に留めておくためのもので、山域のカテゴリに分類するのが困難なので、其の儘断章的山日記とした。全く曖昧で、此の索引自体が断章的にも見える。しかし現在のところは止むを得ない。


北信五岳、と云う曖昧なカテゴリに混乱し、飯縄山を「上信越」としてから、範囲が広すぎるのではと逡巡した。また、「上越信越高原国立公園」が、分離して「妙高戸隠連山国立公園」となっていたのを知らなかった。新潟、長野北部に跨る地域として、とりあえず「妙高戸隠連山」としてみた。(2016/6)


新たに「上州・谷川連峰」を追加。白毛門、武尊山と、偶然ながら近隣の山域が続いたので、一緒に括ることにした。(2016/10)


「秩父・北武蔵・秩父鉄道沿線」を追加。釜伏山が目的の北武蔵だったが、其の後秩父鉄道沿線を歩く機会が増えている為、秩父エリアとひと括りにしてみた。(2017/4)

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中央本線沿線

本社ヶ丸と1377地点 2009/7/18

笹子雁ヶ腹摺山 2009/7/26

扇山から権現山 2009/12/12

笹子駅から1377地点(角研山)経由の本社ヶ丸《前編》 2010/1/31
笹子駅から1377地点(角研山)経由の本社ヶ丸《後編》 2010/1/31

梁川駅から扇山(前編) 2010/02/11
梁川駅から扇山(後編) 2010/02/11

相模湖駅から高尾山.(前編) 2010/03/07
相模湖駅から高尾山.(後編) 2010/03/07

高尾駅から影信山(前編) 2010/04/04
高尾駅から影信山(後編) 2010/04/04

寂ショウ尾根から滝子山(前編) 2010/04/018
寂ショウ尾根から滝子山(後編) 2010/04/018

寺下峠から矢平山 2010/6/20

笹子雁ヶ腹摺山を越えて甲斐大和駅(前編) 2010/7/11
雨の笹子雁ヶ腹摺山からお坊山、そして甲斐大和駅(後篇) 2010/7/11

立野峠を越えて秋山二十六夜山 2011/2/11

南高尾山稜・小仏城山・北高尾山稜(前編) 2011/8/7
南高尾山稜・小仏城山・北高尾山稜(後編) 2011/8/7

ヤゴ沢ルートから小仏城山、そして薬王院飯縄大権現の謎 2012/1/8

蛇滝から薬王院、琵琶滝から東高尾山稜を越えて高尾霊園 2012/4/13

小下沢を遡行する(前編) 2013/6/29
小下沢を遡行する(後編)  2013/6/29

初夏の高尾山北尾根を辿る  2013/6/2

稚児落としから岩殿山(前篇) 2015/4/30
稚児落としから岩殿山(後篇) 2015/4/30

大菩薩嶺・小金沢連嶺(前篇) 2015/10/18
大菩薩嶺・小金沢連嶺(後篇) 2015/10/19

甲東不老山・鶴島金剛山 「甲斐郡内登山詳細図」踏査隊と歩く。  2016/10/7, 2016/11/17

宮地山・セーメーバン「甲斐郡内登山詳細図」踏査隊と歩く。 2016/12/12

倉岳山北東尾根 2017/1/22

鳥屋山北尾根・斧窪御前山 2017/2/10    2017/2/20

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西上州

裏妙義・産泰山(前編) 2013/9/1
裏妙義・産泰山(中編) 2013/9/1
裏妙義・産泰山(後編) 2013/9/1

荒船山・上信電鉄・しもにたバス(前篇) 2016/5/14
荒船山・上信電鉄・しもにたバス(後篇) 2016/5/14-15


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奥武蔵

送電峠、長尾根山、五常山。関ノ入尾根を歩く。 2012/10/10

ユガテ・スカリ山・深沢山(前編) 2012/12/1
ユガテ・スカリ山・深沢山(中編) 2012/12/1
ユガテ・スカリ山・深沢山(中編其の弐・不可解なる土山の峰) 2012/12/1
ユガテ・スカリ山・深沢山(後編) 2012/12/1

冬晴れの関八州見晴台から眺める 2012/12/9

周助山・ノボット(前編) 2013/1/20
周助山・ノボット(後編) 2013/1/20

伊豆ヶ岳東尾根を行く 2013/2/16

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西吾野駅周縁を巡る尾根・虚空蔵山(前編) 2013/4/6
西吾野駅周縁を巡る尾根・虚空蔵山(後編) 2013/4/6

二子山入口バス停から甲仁田山(前編) 2013/11/23
二子山入口バス停から甲仁田山(後編) 2013/11/23

松枝バス停・牛喰入から蔦岩山・武川岳 2013/12/21

松枝・郡界尾根・武川岳 2014/10/25

本陣山・イモリ山・子の権現・吉田山・秩父御岳神社 2015/1/19

「子の権現からスルギ」「堂平山から浅見茶屋」 2015/1/25 2015/2/2


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秩父・北武蔵・秩父鉄道沿線

皇鈴山・釜山神社・釜伏山(前篇) 2017/2/26
皇鈴山・釜山神社・釜伏山(後篇)  2017/2/26


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奥多摩

スイッチバックの苦悩・退路を断って高水三山 2009/12/20

スイッチバックの苦悩・そして鋸尾根から御前山 2009/12/23

ゴンザス尾根から本仁田山(前編) 2010/02/21
ゴンザス尾根から本仁田山(後編) 2010/02/21

トレランシューズで二俣尾駅から三室山。梅郷から青梅丘陵入口経由宮ノ平駅迄。 2010/7/25

岩茸石山から沢井駅 2010/9/11

ヌカザス尾根から三頭山(前編) 2010/10/24
ヌカザス尾根から三頭山(後編) 2010/10/24

日ノ出山北尾根 2010/12/1

大楢峠から鍋割山、奥の院、長尾平、日の出山、そして暮色の東京遠望。 2010/12/23

本仁田山・大休場尾根 2011/7/13

鉄五郎新道から大塚山、そして麻生山での彷徨 2011/10/18

東京多摩学園から天地山 2011/12/11

日ノ出山北尾根から闇の金毘羅尾根を歩く 2012/2/1

雲取山・初めての幕営(前編) 2012/5/26
雲取山・初めての幕営(中編) 2012/5/26
雲取山・初めての幕営(後編) 2012/5/26-27

井戸沢尾根からトバノ岩山、そして天地山の彷徨。(前編) 2013/5/26
井戸沢尾根からトバノ岩山、そして天地山の彷徨。(後編) 2013/5/26

水根沢・沢登り初心者部隊の蹉跌 2013/7/7

鳩ノ巣城山・大楢峠・バットレスキャンプ場跡 2013/10/28

ハンギョウ尾根から三ツドッケ・登山詳細図踏査隊と歩く。 2014/5/16

山ノ神尾根・三ノ木戸山。登山詳細図踏査隊と歩く。 2014/5/30

イソツネ山・沖ノ指・小中沢 2014/7/12

青梅奥多摩境界尾根 2014/11/12

赤ぼっこを送電鉄塔巡視路から直登する。 2015/1/6

石神入林道から青梅丘陵 2015/4/16

三室山・通矢尾根・横沢入  2016/3/15

七ツ石尾根から七ツ石山 2016/6/19-20

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丹沢

鍋割山で鍋焼きうどん・そして苦悩ふたたび 2010/1/3

塔ノ岳・大倉尾根往復 2010/1/16

塔ノ岳・書策小屋跡・政次郎尾根 2010/03/20

風に吹かれて・大倉尾根往復 2010/8/15

蓑毛からヤビツ峠経由で霊峰大山へ。 2011/9/18

大倉尾根から鍋割山・初めての軽アイゼン 2012/2/19

東京ゴルフ尾根から高取山・登山詳細図踏査隊と歩く(前編)  2012/5/31
東京ゴルフ尾根から高取山・登山詳細図踏査隊と歩く(後編)  2012/5/31

日向山、天神尾根界隈・登山詳細図踏査隊と歩く(前編) 2012/7/18
日向山、天神尾根界隈・登山詳細図踏査隊と歩く(中編) 2012/7/18
日向山、天神尾根界隈・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) 2012/7/18

細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(前編) 2012/12/19
細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) 2012/12/19

ミツバ岳から権現山・登山詳細図踏査隊と歩く 2012/12/20

諸戸尾根から梅ノ木尾根。相州大山を踏査隊有志と登る。 2015/1/11

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富士山・御坂・愛鷹・箱根

富士山スカイラインから宝永山 2012/7/25

足柄駅から金時山・丸岳・箱根外輪山・初めての雪上野営(前編) 2014/1/20
足柄駅から金時山・丸岳・箱根外輪山・初めての雪上野営(中編) 2014/1/20
足柄駅から金時山・丸岳・箱根外輪山・初めての雪上野営(後編) 2014/1/21

初めての富士山・御殿場ルートの往復 2014/8/16

明神ヶ岳・大涌谷の眺望 2015/5/10

足柄駅・金時山・明神ヶ岳・道了尊 2016/1/14

愛鷹山塊、黒岳、越前岳、そして駿河湾の落日。(前篇) 2016/2/21
愛鷹山塊、黒岳、越前岳、そして駿河湾の落日。(後篇) 2016/2/22

山上の白霧・毛無山の往復  2016/4/9

明星ヶ岳・塔ノ峰「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。 2016/12/25

矢倉岳・鷹落場・鳥手山「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。 2017/1/29

台ヶ岳「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。 2017/2/4



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南アルプス

鳳凰三山・初めての南アルプス(前編) 2012/9/1
鳳凰三山・初めての南アルプス(中編) 2012/9/1
鳳凰三山・初めての南アルプス(後編) 2012/9/2


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北アルプス

重太郎新道から前穂高岳(前編) 2012/9/21
重太郎新道から前穂高岳(中編) 2012/9/21-22
重太郎新道から前穂高岳(後編) 2012/9/22

合戦尾根から燕山荘 2013/8/20
燕山荘から常念小屋 2013/8/21
常念岳の月 2013/8/22

唐松岳・五竜岳(前編) 2013/10/6
唐松岳・五竜岳(中編) 2013/10/6
唐松岳・五竜岳(後編其の壱・牛首の鎖場を辿る) 2013/10/7
唐松岳・五竜岳(後編其の弐・五竜岳に登頂する) 2013/10/7
唐松岳・五竜岳(後編其の参・遠見尾根で逡巡する) 2013/10/7

猿倉荘から白馬鑓温泉(前篇) 2014/8/23
猿倉荘から白馬鑓温泉(後篇) 2014/8/23

白馬鑓温泉小屋から天狗山荘 2014/8/24
滞留の天狗山荘 2014/8/24

不帰キレット・出発が遂に訪れる(前篇) 2014/8/25
不帰キレット・出発が遂に訪れる(後篇) 2014/8/25-26

重太郎新道から奥穂高岳(前篇)2014/9/7
重太郎新道から奥穂高岳(中篇)2014/9/8
重太郎新道から奥穂高岳(後篇)2014/9/8-9

上高地から焼岳の往復 2015/8/2

白馬岳(前篇) 2016/8/7
白馬岳(中篇) 2016/8/7
白馬岳(後篇其の壱・冷風の白馬大雪渓) 2016/8/7
白馬岳(後篇其の弐・山頂で初めてのブロッケン現象に遭遇する) 2016/8/7
白馬岳(後篇其の参・国境の稜線を辿り栂池に下山する) 2016/8/8

重太郎新道から前穂高岳ふたたび(前篇) 2016/10/1
重太郎新道から前穂高岳ふたたび(後篇) 2016/10/2


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妙高戸隠連山


飯縄山・瑪瑙山・戸隠神社の逍遥(前篇) 2016/4/24

飯縄山・瑪瑙山・戸隠神社の逍遥(後篇) 2016/4/25

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尾瀬

長英新道から燧ケ岳(前編) 2012/10/19
長英新道から燧ケ岳(後編) 2012/10/20

富士見下から至仏山(前篇) 2014/9/26
富士見下から至仏山(中篇) 2014/9/26-27
富士見下から至仏山(後篇) 2014/9/27

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日光

日光男体山 2015/5/16

日光白根山(前篇) 2015/7/11
日光白根山(中篇) 2015/7/11 
日光白根山(後篇) 2015/7/11

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上州・谷川連峰

白毛門 2016/9/10


武尊神社から武尊山(前篇) 2016/9/25

武尊神社から武尊山(後篇) 2016/9/25


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八ヶ岳

行者小屋から阿弥陀岳 2015/8/15
初めての八ヶ岳。最高峰の赤岳に登頂する。 2015/8/16

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東北

加美富士の双耳峰、薬莱山に登る。 2012/10/6


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南九州

雪の開聞岳 2011/1/3

桜島・春田山から中岳の断崖を眺める。 2013/7/21

開聞駅から開聞岳 2014/1/26

霧島連山・韓国岳(前編) 2014/4/13
霧島連山・韓国岳(後編) 2014/4/13

高千穂峰(前篇) 2014/7/25
高千穂峰(後篇) 2014/7/25

霧島連山・甑岳 2014/7/27

大浪池から韓国岳・新燃岳の遠望。 2014/7/28

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断章的山日記

断章的に。百蔵山から大田峠再訪~越沢キャンプ場跡からけもの道コース経由の大塚山~秋の晴れた日の陣馬山~玄房尾根から権現山  2011/11/9  2011/11/16  2011/11/23  2011/11/27  

断章的に。沼沢尾根から馬仏山~烏尾尾根から三ノ塔 2011/12/18  2011/12/25

断章的に。大倉尾根往復の塔ノ岳~築瀬尾根を歩く  2012/1/9  2012/1/14  

断章的に。鳥沢駅から権現山往復 2012/3/18

断章的に。笹子駅から清八峠経由の御坂山、黒岳 2012/7/14-15

断章的に。塔ノ岳・尊仏山荘前に『東丹沢登山詳細図』を届ける。 2012/10/27

断章的に。「矢の音山、高尾山北尾根。登山詳細図高尾篇の補足踏査に随行する」「奥武蔵の入口、黒尾根を歩く」 2013/2/3  2013/2/9

断章的に。神明神社から赤ぼっこ 2013/10/17

断章的に。三頭山避難小屋・日ノ出山北尾根再訪・宝珠寺から小仏城山 2014/11/15-16  11/19  11/22

断章的に。霧ケ峰・松ノ木沢ノ頭・社山・2015年迄の山行記録
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雑記


秀英横太明朝組版【初めての富士山・御殿場ルートの往復】 2014/9/14

2014年の寫眞帖

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ミツバ岳から権現山・登山詳細図踏査隊と歩く

2012/12/20

滝壺橋(8:10)---ミツバ岳---権現山---二本杉峠---権現山---756mピーク---永歳橋(15:00)

Mitsuba4

西丹沢の山域に来たのは初めてである。都内から電車やバスを利用して日帰りで歩くには困難な地域だからと謂う理由である。昨年から始めたテントを担いで行く山歩きに好都合とも云えたが、生憎なことに丹沢の、全域なのかどうかは判らないが、幕営禁止の御触れは承知しているので、敢えて計画の範疇には入らなかった。登山詳細図の踏査に加担すると謂う義務感を好んで背負い、よく知らない人々と同宿してまで参加する気になったのも、此の儘では一生縁が無いのではないかと思う西丹沢に行くと謂う、半ば強制的な偶然を作り出そうとする意思があった故かもしれない。

初日の失態と、想像以上に崩れた西丹沢のトラバース道での苦難に、疲弊感が澱のように身体の中に漂っているような気分の儘、朝になった。尤も、世話人氏たちとの酒宴が深夜迄及んだことも要因のひとつではある。前日の他班の行程も、決して順序良く踏査を達成出来た訳では無いようで、今日の計画の修正案を守屋益男、二郎両氏が協議している。結局、私は今日もC氏と共に行動することに決まったようで、其のルートは、昨日帰ってきた県道を、途中の滝壺橋迄、車で運んで貰い、ミツバ岳へと登ることになった。

曖昧な空模様の下、丹沢湖が西の途切れる辺りに在る滝壺橋に、ミツバ岳と書いてある道標が立っていた。削られた尾根にいきなり張り付くように、踏跡が無理矢理に切ってある。暫く急勾配を登りきると、樹林帯の中を直登する道が続いていた。昭文社の登山地図には全く記されていないコースだが、道標のある登山口が示すように、歩く人は多いようである。しかし、其の取り付きは傾斜が鋭い為、平穏に歩けるコースでは無いことが判る。

Mitsuba2

崩落の気配が充満するトラバース道に比べたら、尾根の急登など問題では無い。問題なのは自分の体調で、要するに深酒に加えた若干の寝不足故に身体がだるいから、唐突に急登が続くミツバ岳登山道が、呼吸も絶え絶えになる苦役に思えてしまう。背後に続くC氏も、と云いたいところだが、黙々と登っている彼がどう思っているかは判らない。

ジグザグに切ってある道に切り替わり、振り返って丹沢湖を見下ろす余裕が出てきた。少し陽射しのあった朝の風景は、いつしか曇天が覆う様相に変わっていて、鉛色の冬空である。植林された東側の杉林から、西へと山腹を回りこむようにして登ると、自然林の枯木が点在する登山道に変わったから、周囲が明るくなった。ミツバ岳はその名が現わすように、三つ又の花が群生する山のようで、師走の押し迫った今頃には縁の無いものと思われたが、C氏が其の片鱗を見つけて写真を撮っている。春先に咲く花でも、こんな時期に忽然と咲いている枝が路傍にあると謂うのが、不思議だった。

標高750mを越えた辺りで、周囲は樹木が点在する茫洋とした景観になった。乾いた土を砂利砂利と音を立てて歩いていく。やがて800mの突き出た瘤状の尾根の突端に乗り上げたら、三つ又の群生地と思しき緩やかな草原の中を進んで行く。薄く白い花弁の群れが広がっているから、塵が散りばめられた中を歩いているようでもある。満開の頃は、黄色い草原となるのであろうと想像する。ひと登りで、ミツバ岳の頂上に着いた。広範囲に等高線が閉じられているピークの、やや奥に三角点があるため、開放感はあるが、眺望はよくない。北面に、鹿柵越しに広がる山々が垣間見えた。

Mitsuba3

此処から北東方向に聳えているのが見える、権現山へと向かう。屏風岩山から南下する山稜が大きく隆起しているのが権現山で、世附へと分岐して落ちていく尾根の主稜が、ミツバ岳へと続いている。其の稜線を権現山に向かって歩いて行く。昭文社地図にはこの間を「道不明瞭」と記しているが、権現山への山稜は明確で、尾根の真上を歩くだけであるから、不可解な注釈である。単なる踏跡以上に明瞭な登山道では無いと云いたいのだろうと推測するが、赤線も破線も引いてない部分にわざわざ記すほど、この山稜の上を歩く道は不明瞭では無い。

ミツバ岳の三角点は、標高800mで等高線が閉じているピークの中にある。北東方向に、800m圏内を歩く。広々とした山の上を、私とC氏は、思い思いの場所を踏んで歩いて行く。テントでも張って、宴会でもしたくなるような心地よい山頂と云うか、山域であった。途中、不自然な程抉られている木の幹があり、明らかに熊か其れに準ずる獣によって抉られたものと見えた。熊は巣穴に棲むだけでなく、木に登って安穏としている場合も多いと謂う話を聞いたので、思わず上を見上げた。広々とした山上の心地よさは、熊からのお墨付きもあるようで、思わず首肯してしまうが、テントで宴会の夢想は、其れで呆気なく醒めてしまった。

長大な鞍部を悠々と進み、権現山の壁が徐々に近づいて来た。樹林帯を抜けると登りが始まる。緩やかな登りから徐々に勾配は厳しくなる。其れに連れて踏み跡が、尾根の右側へと逃げるように辿っている。其れに準じて歩いていると、徐々に閉塞的な気分になってくる。詰まらないので数メートルの高さを乗り越えて、尾根に立った。南北の眺望と、吹き抜ける風が心地よい。其処からは、目の前に立ちはだかる、権現山から西へ伸びる大きな尾根に向かって、喘ぎながら登った。

標高900mで尾根が合流し、実直に右折して登り続けて、標高1018.8mの権現山に登頂した。此処から、昨日の踏査で計測した、二本杉峠の東西を結ぶ線迄を歩くことになっている。権現山の由来であろう、小さな祠を発見して、私とC氏は、其処にザックを置いた儘、空身で再出発する。北東に伸びる尾根の登山道は急激な傾斜で、腐った木段が続いている。ロードメジャーを転がしながら、何時迄も続く急勾配を下っていった。漸く尾根が鞍部に掛かると、細川沢が詰めた辺りの大きな谷が大崩壊していた。其の代償として、見事なくらいに眺望が開けている。西丹沢の、檜洞丸を中心とした山なみが、青空の中に連なっている。

Mitsuba5

大崩落の分水嶺を渡り、鞍部を通過して、ふたたび小さな標高849mのピークを乗り越す。眼下に、見慣れた暗い鞍部が伺えた。二本杉峠である。C氏を待たせて、ひとりで峠に下る。四度目の二本杉峠は、相変わらず、水の底のように静まり返っていた。私は、ロードメジャーの目盛りを紙片に記し、深呼吸してから、ふたたびの帰路に向かった。

用心しなければ転げ落ちてしまいそうな急勾配を下ってきたから、権現山への登り返しは、既に覚悟を決めて、ゆっくりと歩を進めていった。空身でさえも堪える登山の果て、漸く権現山に帰還した。快晴の空の下、改めて景色を見渡す。遥か東方に目を凝らして、大山の端整な形を認める。其の手前に、見覚えのある山稜に、ぽつんと在る人工物を見た。大倉尾根の花立山荘であった。

権現山から明瞭な登山道を計測しながら下り、永歳橋に下山した。陽は未だ高いが、陽光の色彩は、既に黄昏を予感させる。投宿している落合館に戻り、熱い湯船に浸かってから、C氏と麦酒で乾杯した。程無く世話人氏とUR氏が帰還し、また麦酒を飲んだ。バスに乗って、もう帰らなければならないが、帰ると謂う目的の他には特に用事も無いので、湯上がりの麦酒を、いつまでも飲んでいた。

漸く重い腰を上げて、見送られながら新松田駅行きのバスに乗った。バスが玄倉に立ち寄って引き返すうちに、丹沢湖が薄暮に包まれてきた。遠い空の黄昏に、富士山のシルエットが現われて、直ぐに姿を消した。


付記

ミツバ岳・権現山を歩いたC氏のblog
http://cashila.exblog.jp/19429667/

同日の踏査記録を記した登山詳細図世話人氏のblog
http://mordred1114.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

別記

2012年最後の山歩き

2012/12/31

日影バス停(8:30)---日影林道---作業道出合---一丁平展望台---小仏城山---薬王院---金比羅神社---高尾駅(14:00)

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細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(後編)

2012/12/19

細川橋バス停(8:20)---二本杉峠---地蔵平ルート(40メートル先で崩落箇所の為引き返す)---760mピーク---二本杉峠---千鳥橋---浅瀬橋---世附キャンプセンター(14:30)

Nishitanzawa3

二本杉峠に戻ってきた。此れで三度目であるから、鬱蒼と暗いこの鞍部にも、何故か親近感を覚える。地蔵平への踏査が暗礁に乗り上げた結果、我々は役割を失ったので、もう下山するしか方策は無い。世話人氏の指示では、地蔵平に抜けられなかった場合は、NR、KF班が辿る千鳥橋へのルートを追って、速やかに下山するように、と謂うことであった。嘆息と共に、私は権現山方面に聳える屹立した尾根の方を眺める。どうせ丹沢湖に戻るのならば、此の尾根を歩いて行きたいものだと思った。

「勝手な行動すると怒られちゃうからなあ…。予定通りに下りるしかないでしょう」
学級委員みたいな口調で、C氏が云った。

地形図を見れば一目瞭然だが、西への登山道は、深い谷を急激に下りていくものだった。湿った枯葉を踏みしめ、ジグザグに切ってある道をテンポも良く歩いていった。やがて、巨岩が現われたら、谷が合流する地点に着いた。其の向こうの尾根に渡るために適当な進路が見当たらず、岩場を慎重に下って行く。そして、陽当たりの良い尾根の山肌に取り付いた。其処からは、枯葉が埋もれているので、踏跡を確認しながら進まなければならない様相に転じた。トラバース道は、徐々に険しくなっていく傾斜に、貼り付くようにして続いていた。そして、道は下降ではなく、忠実に尾根の裾を捲いていく。相対的に、沢が徐々に遠ざかっていった。下を見ると、目が眩むようである。

踏跡を、枯葉を掻き分けて判別し、一歩ずつ緩慢に進む。足場其れ自体が傾き始めてきていた。枯葉は随所でうず高く積もっている。脚で掻き分けるのが困難になってきたので、ロードメジャーを箒のようにして、落葉を掃きながら、手探り、ではなく、足先で探りつつ前進する。私の心裡に、冷たい風が吹き抜けてくる。此処で足元が崩壊したら、間違いなく死ぬのだろうと思った。

急峻の尾根の裾で、いよいよ進路が抉られた崩壊地点に突き当たった。尾根の上方を迂回して行けば、なんとか其の先の踏跡に辿り着けそうな距離ではあったが、踏み込んだ途端に崩落するのではないか、と謂う恐怖で、全身が凍りつくような気分だった。私は振り返ってC氏を見た。ポーカーフェイスである彼の内心は窺えないが、逡巡せざるを得ない場面を共有していることは確かである。暫く我々は立ち止まった儘になった。

沢に下りちゃいましょうか、とC氏が云った。気がつくと、眼下の谷は然程の距離感では無くなっていた。実際、此のトラバース道に張り付いている限り、何時崩落してもおかしくない、危険な道を歩き続けなければならない。だがしかし、私の知る拙い登山のセオリーが脳裏に明滅する。登山道を放棄して谷に降りると謂う行為は危険性が高い。逃げるなら尾根の上である。其れは遭難した場合のことだけれども、何れにせよ、沢が高低差無く本流まで続いている確証が無い。私は、喉がカラカラになったような声で、其れはやめときましょう、と云った。

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崩落箇所の砂地に、蹴りこむようにして、エッジが利くように踏み固める。石橋を叩くと謂う比喩が相応しい行為を繰り返し、やっとの思いで難所を通過した。踏跡がしっかりとした処迄、這うようにして移動した。へたり込んで、改めて谷底の方を眺める。集中力が摩滅された儘、虚ろな気分で後方を振り返る。崩壊箇所を、トレードマークの一眼レフカメラを襷掛けにして、C氏が慎重に渡ってくる。私の体たらくとは対照的に、立ち居振る舞いが妙に安定している。私は其れで自分の未熟さを実感する。恐怖心が、肉体を容易に圧倒してしまうという実感が、私の気力を漸減させていく。

一体、何処迄こんな状況が続くのかと、意気消沈しながら歩き続けた。結果的には、危険な箇所はもう現われなかった。西南に突き出る尾根をいよいよ迂回して、北へと進路が変わると、大又沢の瀬音が感じられてくる。更に尾根を捲き続けて、東へ西へと方向を変えながらも、砂礫状になってきた道を歩く。山肌に沿って大雑把な畑が広がってきた頃、漸く安堵することができた。普通に歩くことができると謂うことに、こんなに有難味を感じたことが無い。舗装された道に出たら、古びた千鳥橋に到達した。

意外なことに、千鳥橋には、NR氏とKFさんの姿があった。随分先行していた筈だが、やはり、あの崩落箇所で難渋したのだなと思った。状況を伺ったら、我々が逡巡していた地点の付近から、彼らは沢に降りての下山を試みたのだと云う。沢の下りはやはり容易ではなかったようで、トラバース道に戻ったそうだが、来た道を戻るのではなく、下っていた途上から無理矢理尾根に辿り着いたらしい。其の行程は簡単なものではなかったようで、KFさんの表情は、憔悴していたように思えた。NR氏は、飄々として、大したこではない、というような表情であった。恐怖に対する精神力の強さがあるのだろう。

成果の実感を掴めない儘、丹沢湖の民宿に帰ることになり、四人で延々と続く林道を歩く。時刻は未だ午後になったばかりなのに、山峡の陽射しは少ないから、黄昏のような雰囲気に感じた。川の流れの音だけが、徐々に風景を支配していくような、そんな気がした。

補記

C氏のblogによる記事

「細川橋から二本杉峠、千鳥橋」

同じ日の、世話人氏の踏査記録

「西丹沢登山詳細図 第一回集中踏査」

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細川橋から二本杉峠・登山詳細図踏査隊と歩く(前編)

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2012/12/19

細川橋バス停(8:20)---二本杉峠---地蔵平ルート(40メートル先で崩落箇所の為引き返す)---760mピーク---二本杉峠---千鳥橋---浅瀬橋---世附キャンプセンター(14:30)

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神縄トンネルを出たバスの車窓から、丹沢湖が窺えるようになった。もう直ぐだなと思ったら、バスは玄倉に向かっていくので、乗り間違えたのかと慌てた。新松田駅から西丹沢自然教室へ行くバスは、神縄から玄倉にルートを外れ、また神縄に引き返して、丹沢湖に向かうという路線なのであった。玄倉から小学生が数人乗り込んできて賑やかになった。湖岸を辿るバスが、人里に近づいたなと思ったら、永歳橋を渡った。丹沢湖を跨いで、最初のバス停から、登山姿の数人が乗車した。登山詳細図踏査隊のC氏に、目で挨拶をした。

昨年初めて踏査に参加した「東丹沢登山詳細図」に引き続き、今度は西丹沢篇を作成すると謂うことで、例に拠って岡山隊と世話人氏、C氏が四日間連続で踏査を続けているのだが、私は一泊二日の部分参加で、相変わらずの冷やかし半分な隊員である。其のような訳で、今迄踏み入れたことの無い丹沢西部にやってきた。

細川橋のバス停に降りると、既に踏査隊のメンバーが円陣を組むように立ち並んでいた。初めて会う人も散見するが、碌な挨拶も出来ない儘、サークルに加わる。皆さんお揃いのようですから、と守屋益男氏が厳かに云い、本日の踏査計画の説明が開始された。踏査は、畦ヶ丸から南に派生する屏風岩山を中心に、五班に別れて行なうと謂うのが本日の行程であった。私はC氏に帯同し、細川橋から二本杉峠を越えて、昭文社の「山と高原地図・丹沢」には、ルートが記されていない癖に、荒廃、通行不可、と謂う赤い文字が書かれている、地蔵平への道を踏査することになった。

バス停から程無く左折して、神社に向かう石段を登る。二本杉峠迄、もう少し具体的に云うと、580m地点迄、C氏と私の他に、NR氏と、初対面である岡山女性、KFさんによるもう一班が、尾根上を辿る道と、細川沢に沿ったトラバース道に分かれて、距離を測っていく。国土地理院製地形図に記されている登山道である。神社の境内に登って行く尾根道担当のふたりと別れて、此処から、私がロードメジャーを持って先頭に立ち、トラバース篇に向かう。道標のポイント間を刻んで、C氏が測定結果を記録していくのである。

神社の裾野を忠実に迂回して、明瞭な登山道が山肌に沿って伸びて居る。やがて、沢が合流して、陽光が漸く山なみから顔を出した。明るい沢沿いの、気分のよいスタートである。C氏と、屈託の無い会話をしながら、泥濘状のトラバース道を歩いて行く。丹沢の谷は、いつも湿っているような気がする。道が徐々に心細い程狭まって、少し崩落のある箇所に行きついた。トラロープが其処にだけ張ってあった。私は、左手でロードメジャーを地面に押さえつけながら、右手をロープに委ねる。二歩、三歩目で、足元がゆっくりと、現実感を失っていった。ずぼずぼと土が溶けるように崩れていった。

気がついたら、私は右手一本でロープを掴んだ儘、宙ぶらりんになっていた。次の瞬間に、片手で持っていたロードメジャーを放し、両手でロープを掴んだ。滑落をロープのお陰で免れた恰好だが、頭の中は真っ白になっていた。何処からそんな力が出てくるのかと、自分でも判らない儘、私は懸垂をするようにしてロープを梃子にして、脚を泥濘の土に踏み込ませて、攀じ登った。崩落した道の先に漸く復帰して、茫然としているC氏を見た。川床の岩場に落ちてしまったロードメジャーを確認して、其れを回収するために、私は堰堤を伝って、川に降りていった。

踏査開始後数分後の出来事だった。私は登山道に復帰して、思わず地面に座り込んだ。道が崩落してロープに宙吊りになるなど、凡そ趣味の登山の光景とは思えない。こんなこと初めて見ましたよ、とC氏が云う。

「滑落して大怪我でもしたら、踏査の邪魔しに来たようなものですね」
私は弱々しく云う。

「落ちなくてよかったですよ。踏査なんかどうでもいい」
C氏が感に堪えない、と謂う風に云った。

緩やかに沢沿いの道を歩き続け、漸く樹林帯の中に入っていった。尾根の中腹に、ジグザグに切った道を登る。程無く尾根の上に乗った。其の儘580m辺りと見当を付けた、北面の眺望の利く処で休憩した。私の滑落未遂で随分時間を消費してしまったので、NR、KF班は既に合流地点に来ているとばかり思っていたが、彼等の姿は無かった。

「余りに遅いから、先に行ってしまったのかな」

「いや、合流する約束だから其れは無い。待ちましょう」
C氏が決然として云った。

神社から尾根に乗っていくルートの等高線を見てみる。其れ程険しい傾斜とも思えなかったから、遅れているのが意外であった。C氏がNR氏の携帯に何度も通話を試みるが、電波は繋がらないようであった。随分経って、漸く電話が通じた。尾根筋を外して、北面の谷へと迷い込んでしまった彼等は、尾根に復帰したばかりとのことであった。

標高600mを過ぎて、尾根は急登になった。四人が隊列を組んで、実直に登る。尾根は849mピークへと伸びているのであるが、730m付近で、右手に捲道が設えてある。折角登ってきた尾根から外れるのは詰まらないが、踏査の計画に沿って行動しなければならない。トラバース道は細く、北面なので薄暗く、気分は良くない。土の質も柔らかいので、私は滑落の幻影と精神的に対峙しなけらばならない程緊張している。昭文社地図にも、「崩壊地のフチ、通行注意」と記されてある。作業道のような実直な山肌に掘られた道を辿り、漸く尾根が落ちてくる様相が見えてきた。屏風岩山方面と権現山から伸びてくる尾根の鞍部、二本杉峠。其処は沈鬱な暗い峠だった。

其れでも木製テーブルやベンチが設置してある二本杉峠で、我々は暫しの休憩を取った。踏査の計画は、NR、KF班が、此の儘峠を越えて西の方面の、谷筋を下って千鳥橋へ、我々は地形図に記してある、屏風岩山から伸びる尾根の、北西の等高線に沿って徐々に下り、地蔵平に向かう道を行くことになっている。千鳥橋へ向かうふたりは、先に出発した。私とC氏は、昼食を摂ろうと謂うことにしたが、沈鬱な二本杉峠のベンチは居心地が悪いので、北面に等高線が閉じているピーク迄登っていった。760mの頂上は、思いの外眺めの良い、静かで明るい場所であった。

峠に戻った我々は、改めて踏査を開始した。ロードメジャーを転がし、先程の760mピークを西面に捲いて、951mとのコルに着いた。荒廃、通行不可と謂う地蔵平への、我々の目指す道が分岐している。山肌の傾斜は、此れ迄の道程とは比較にならない程急であった。私は、既に恐怖感を否定できないでいたが、道がある以上、歩かなければならない。思わずC氏の顔を見る。沈着な彼の表情も、心なしか複雑な思惟を隠せていない。

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トラバース道は、順調に続いていた。大きくせり出した尾根に逆らわず、西へと伸びる道に沿って捲いていく。尾根を横切って、ふたたび北方向に、暗い谷へと山肌に沿って歩く。そして、道は急激に狭まっていった。目の前の道が、抉り取ったように崩れた山肌で途切れていた。一部の崩壊のようで、少し先には、ふたたび道が安定して伸びているのが見えた。私は立ち止まり、ふたたびC氏を見た。

登山地図の調査と謂う大義で行動している私の思惟には、義士のような使命感がある。趣味で山登りをしている軽輩とは違うのだぞ、などと謂う、勘違いも甚だしい、利己的な興奮を内包して歩いているのである。興奮が恐怖を凌駕すると、危険な道を顧みずに進みたいと謂う冒険的な思惑に囚われてしまうような気がする。冷静に考えてみれば、登山地図が危険な道を推奨できるわけはない。道が崩落して通行できないのであれば、廃道として其れを確認すればいいだけのことである。しかし、行ける処迄行ってみたいと謂う興奮的利己心は、冷静に制御することが難しい。

幸か不幸か、スタート直後に滑落未遂事件を起こした私の心裡には、既に恐怖しか存在していない。恐らく、C氏にも其れは伝播しているものと見えて、もう無理、引き返しましょう、と云って呉れた。首肯しながら私は、自分の身体の微かな震えを感じていた。我々は、急傾斜の山肌を伝うようにして、来た道に引き返した。やがて、陽射しが明るい鞍部が見えてきて、私は漸く、心臓の鼓動が落ち着いていくのを、感じていた。

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