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2013年2月

冬晴れの関八州見晴台から眺める

2012/12/9

西吾野駅(8:00)---間野---萩ノ平茶屋跡---不動茶屋---関八州見晴台---傘杉峠---山上集落---風影---吾野駅(13:00)

Kanhassyu_1

関東八州をすべて見渡せるとは壮大だが、所詮は奥武蔵グリーンラインでやってくる観光客のための大仰な名前なのだろう。関八州見晴台に対して私は、そんな偏見に満ちた思惟で、完全に斜に構えた感じで、早朝の西吾野駅に降り立った。山間に佇む駅に降りた登山客は数名だった。朝の陽射しは未だ山影に隠れていて、非常に寒いから、早々に歩き出すことにした。

舗道が西武鉄道に交差すると、集落が現われる。山上の聖地、高山不動への指標が見えた。間野集落から高山不動、そして其の奥ノ院である関八州見晴台に向かう登山道は、二手に分かれて、結局は合流する。私は最初の指標をやり過ごし、北側の登山口に入った。やがて行き止まりになる林道の在る、大きな谷を右手に見下ろしながら、ジグザグに切った明瞭な登山道を歩く。最初の尾根に乗った地点は、396mピークの右側を捲いていた。目視できる小さな瘤なので、立ち寄らずに、其の儘尾根を北東方向に歩く。

緩やかに尾根は拡がり、勾配を形成していく。樹林帯が少し開けて明るくなっている場所に、朽ち果てた萩ノ平茶屋跡が現われた。中途半端な位置とも見えなくもないが、登山口からの距離感を顧みると妥当な気もする。自動車で縦横に巡ることの出来る奥武蔵では、此の場所でひと休みする旅人は疎らであろうと察せられる。

Kanhassyu_2

右手に見下ろす谷が深くなってきて、正面に聳える尾根が圧迫感とともに広がる。其れに逆らわずに、道は東へと舵を切っていくように山肌を辿る。程なく南側の尾根筋からの登山道と合流する、指標の在る場所に到達した。555mピークから成る尾根の南側に作られた道を歩き続け、其れが徐々に尾根に乗る形になって、初めて北面の風景が広がった。冬晴れの青空に、飯盛山から榎峠へと連なる山並みが見渡せた。

ふたたび樹林帯に入り、暫く歩くと、左右からの道が合流する鞍部に突き当たる。右が高山不動へと続く道だが、正面の尾根に乗れば其の儘頂点に向かって歩いて行ける。林道建設の為の重機が置かれた場所の脇に、直進する尾根への道が続いていた。平坦な尾根上の道になり、枯木の並ぶ合間からの暖かい陽射しが心地よい。程なく墓地の在る場所に出て、立派な車道が現われた。奥武蔵グリーンラインが蛇行しながら関八州見晴台を窺っている。岩崖にせり出すようにして不動茶屋が在るが、此処も既に廃業したのか、板が打ち付けられていて、屋内は閉ざされている。しかし、テラスになっている軒下からの眺めは、望外のものであった。

単独ハイカーが、高山不動からの道を登ってきたが、其の儘車道を横断して、山道に消えていった。私は茫洋とした気分で煙草を燻らして、景色を眺めていたが、やがて行楽客の自家用車が、カーステレオの大音量とともに現われたから、慌てて逃げだすようにして、くだんの登山道に向かった。直ぐに木立の疎らな、明るい尾根の上に出た。所々に木製ベンチが置いてある。何処で休憩しても、心地よさそうな陽気であった。黙々と登り続けて、ふたたび蛇行している車道と交差する。少し併行して歩いて、また山道を直登していく。途中で、バイク・ツーリングのコスチュームを纏った男女のグループが降りてくるのと擦れ違った。彼らは明朗に挨拶をした。

Kanhassyu_3

高山不動奥ノ院が在る関八州見晴台のピークは、所々に在る潅木や、中央に設えられた東屋を大目に見れば、成程全方位の展望が可能な場所だった。疎らな登山者が、思い思いの方角に向けて休憩を取っていた。関八州とは、安房、上野、下野、相模、武蔵、上総、下総、常陸の旧国名である。丹沢山塊のある相模国や、筑波山の在る常陸国は兎も角、起伏の無い安房や上総の国迄を見渡せるのだろうか、などと思いながら、遥か遠くを眺める。東京と思しきビル群で目星の付く方角を眺めた。其れは霞んでいた。不自然の産物によって、安房だけではなく、総州だって見えはしない。いにしえの此の地からの眺望はどのようなものであったかと、私は偏狭な思いから開放されない儘、其れでも素直に、目の前の展望を、愉しんでいた。

気が遠くなるくらい、見た訳でも無いのに、遠い過去の時代に思いを馳せる。関八州と謂う呼び名が、そんなノスタルジーを想起させるのかもしれない。と、私は満悦と云ってよい時を過ごしていたのだが、やがて下方から、著しく賑やかに、人の声が聞こえてきた。関八州見晴台に登頂した、十人近いグループは、全員高齢とおぼしき女性たちであった。良景と達成感に満ちて、皆が嬌声をあげて喜びを分かち合ったのも束の間で、彼女等は迅速に東屋の中へ集まり、昼食の為の準備に取り掛かった。焜炉や食器はもとより、あらゆる食材を手際よく並べ始めた。大鍋迄出てきたから、本格的な饗宴が始まるのだろう。

みなさん聞いて下さい、と、リーダーらしき人物が注目を集める。山での団体行動は秩序を保ち、マナーを守りながら楽しく過ごすこと、其のような意味の訓示を述べた。其の意図する処は、出発時刻を各自意識して、撤収の手間と其の所要時間を勘案しながら、食事を終えるようにと謂うものであった。私は賑やかになった山頂から立ち去るべく準備をしながら、其の言葉を聞いて、心の中で首肯した。

では、出発時間は12時半ですから、楽しくお食事しましょう、と云ってリーダーは訓示を終えた。私は懐中の時計を見た。これから二時間、おばさんたちは東屋を占拠して宴会を始める積もりのようであった。私は、関八州見晴台の、東に大きく伸びる尾根に向かって、追われるように、下山の途に就いたのだった。



2012/12/12
正丸駅(8:30)---五輪山---伊豆ヶ岳---古御岳---高畑山---中ノ沢ノ頭---子の権現天竜寺---小床---西吾野駅(15:00)

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