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ユガテ・スカリ山・深沢山(後編)

Fukazawayama



2012/12/1

Yugate4

東吾野駅(7:30)---吾那神社---雨乞塚---橋本山---ユガテ---エビガ坂---スカリ山---沢山峠---深沢山東峰---深沢山西峰---水晶山---愛宕山---武蔵横手駅(15:00)

冬枯れた藪の中の尾根上を、其れでも順調に進むと、やがて左右から落ちてくる尾根に出会う鞍部に到達した。道らしきものは、全く無かった。

「完全に迷ってしまった」kz氏が、言葉の意味とは裏腹に、楽しそうな口調で云った。

南下する筈が、進路は徐々に右方向、西南へと逸れていたようであった。迷った場合は、其の儘来た道を戻るのがセオリーではあるが、左から来ている尾根を登り返せば、沢山峠の方角に修正できるような気がしたので、東へと急旋回しながら、徒労による疲労感とともに、歩き始めた。尾根に乗ると、右方向に下降していく道が窺えたが、其の儘尾根を引き返すようにして登っていった。やがて、見覚えのある箇所に到達した。先程の、土山の峰から下降し続けて藪に突き当たった地点である。

結果的には、迷う手前の地点に引き返してきたことになった。旋回して戻ってくる途中で見た南東への道が、沢山峠方面への踏跡であることが、元に戻ってきたことで漸く判然としたのだった。尾根は明瞭に下降していると思い込んだが、実際はあらゆる方角に派生して伸びているのであった。

左から山道が辿ってきて、横切っている。其の鞍部の様子に、記憶が蘇ってくる。沢山峠に到着したのだった。赤テープは勿論、手書きの指標が雑然と散在している。其の儘直進すれば、前回辿ってきた、関ノ入尾根に分け入る筈である。峠の四辻から、ふたたび南下する尾根を登り始めた。見覚えのある、東側に落ちていく谷を視界に感じながら、今日は尾根に其の儘乗って、いよいよ三角点の在る313.4mピーク、kz氏の古エアリアには登山ルートも記されていない、コワタを目指す。沢山峠の雑然とした指導標にも、コワタの文字は無く、深沢山が代わりに記されてあったが、其の情報に縋る気持ちは、微塵も無かった。

320mの瘤を左手に眺めながら、南南西に針路を変えて、今度は尾根を下って行った。するとふたたび縦横に登山道が絡み付いてくるように合流してきた。頭上から光が差し込んできた。目まぐるしく変わった天候は、漸く落ち着いてきたようだった。手製のプラスチックの板に書かれた案内の後に、立派な指導標が現われた。関ノ入尾根と谷筋の道を含めた、武蔵横手駅、と謂う大きな文字が左手に、注目すべき直進方向は、深沢山、水晶山、愛宕山と謂う山名が、三役揃い踏みのような感じで書かれていた。313.4mから南下して、最後のピークには鳥居の印が付いているので、此れが愛宕神社、詰まり愛宕山であると謂うことは察せられる。しかし、其の途上に水晶山と謂う名のある山が存在していたとは、予想外の展開である。

遠くに見える山並みは、今朝歩いて来た橋本山の在る尾根である。我々は、木漏れ日の差す気持ちの良い枯葉の道を歩いていた。捉えどころの無い広々とした尾根上から茫洋と、あらゆる方角に尾根は伸びているが、南南西への道筋は明瞭だった。途中、山肌に張り付いて谷へと下る、右手に分岐する道が在り、相変わらずの立派な指導標には、深沢と記してあった。集落に至るエスケープルートとして、覚えておくべき道である。ひと登りで、350mのピークに到達した。

其処は、枯木の所為で眺望の利く、明るい頂上だった。ひと際立派な山名標があり、深沢山と書いてあった。深沢集落に屹立する明瞭なピーク故の名前だろう。しかし、気になるのは、古エアリアに書いてある、コワタのことである。コワタとは何なのか。悩ましいことに、山名標の片隅には、誰かの手書きで、コワタ、と記してある。何の根拠も見出せない其の落書きは、我々の疑念を増幅させるばかりなのであった。

堂々たる山名標の在る350mピークの深沢山であるが、此のエリアで燦然と輝く313.4mの三角点ピークは、此処から更に西方向へと向かった場所に在在する。コワタの謎は、其処で解けるのであろうか。折角の好天下の、見晴らしのよい場所であるが、我々はザックを下ろすこともなく、尾根の下降を開始した。細長い痩せた尾根の傾斜が落ち着いた頃、また道標が現われる。水晶山を示す左方向、そして直進は、平戸、白子地区と記されてあった。やはりコワタの名は全く現われない。三角点ピークの気配すら道標に無いと謂うのが不気味にさえ感じる。

などと思っていたら、手製の、小さな板に手書きで記された案内が、木に打ち付けられている。其れに拠ると、350mピークは深沢山東峰、そして三角点ピークは深沢山西峰、そう記されていた。双耳峰と謂う訳である。一体、何が本当のことなのか、全く解らない。訳の解らない儘、徐々に藪に覆われた痩せ尾根のコルに向かって歩いて行く。登り返す直前に、白子方面の、古びて朽ち果てた道標が現われたが、其の方角に道は無かった。程なく、三角点の在る、狭くて草木が繁茂する地点に到達した。313.4mピークに、先程のような立派な山名標は無く、やはり手製の、深沢山西峰と書かれた板が木に釘で打ってあった。鬱蒼とした周囲を眺めるが、踏跡はおろか、派生する尾根を判別することすら困難な様相だった。古エアリアに書かれているコワタとは、やはり深沢山東峰のことなのだろうか。そして、此処は果たして何処なのか。深沢山西峰と謂う名前を、私は受け入れることができないような、そんな気がしていた。

Yugate5

水晶山への分岐に戻り、尾根から急激に降りていく道に入った。降りてしまえば、後は緩やかな尾根の道になる。送電線の巡視路を示す指標も散見するようになり、其の途上に、等高線が囲んである広い箇所が水晶山で、例の立派な山名標が無ければ、全く山頂だとは判らない場所に見えた。樹林帯の密度は薄くなり、正面に愛宕山の膨らんだ形が、垣間見える。やがて山腹に到達して、其処にぽつんと、小さな鉄塔が立っていて、最後の登りが始まった。御丁寧にも、愛宕神社を経て長念寺、と謂う手書きの札が木に貼り付けてあった。篤志家の親切なのか、訳知り顔の輩に拠る御節介なのか、私には解読の術が無い。

愛宕山の頂上には、小さな社と、古びた鳥居が、午後の眩い陽射しを浴びて建っていた。北面の薄暗い道を登りきって、漸く明るい山頂から、見事に開けた眺望を味わった。武州街道を走るトラックの騒音の余韻が流れ、西武電車の、轍を鉄路に刻む音が、長閑に聞こえてくる。麓はもう直ぐ其処に在るのだった。

下山の道をひと息で駆け抜け、巨大な鉄塔が立つ、果樹畑が広がる場所に出た。芒が陽光に反射して輝き、柔らかな風にたなびいている。なかなか雰囲気の良い処だねえと、kz氏が呟く。ユガテよりも感じがいいじゃないですか、と私も応える。其れも僥倖である。ふたりは笑いながら、眩くて暖かい、里山の麓への道を、ふたたび歩き始めていた。

付記

下山後、「山と高原地図22 奥武蔵・秩父」を確認した。最新のエアリアマップでは、虎秀の尾根道も、スカリ山も、土山から長念寺への道も、実線破線の違いはあるが、ちゃんと記されてあった。気になるコワタだが、350mピークに「深沢山(コワタ)」と有り、313.4mピークへの道は記されていなかった。コワタの謎は、いにしえの資料による調査が必要だと考えられる。kz氏の考察に期待する所以である。

kz氏の透徹な登山記録が読めるサイト。

「悠遊趣味」
http://yuyusyumi.hobby-web.net/

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