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ユガテ・スカリ山・深沢山(前編)

Kosyu


2012/12/1

Yugate1


東吾野駅(7:30)---吾那神社---雨乞塚---橋本山---ユガテ---エビガ坂---スカリ山---沢山峠---深沢山東峰---深沢山西峰---水晶山---愛宕山---武蔵横手駅(15:00)

早朝の西武新宿線某駅に着いたが、予定していた電車に乗り遅れた。意気消沈した儘、同行者のkz氏にメールを送った。知り合って未だ二度目だというのに、待たせてしまうのは遺憾なので、出発を遅らせて貰おうと思ったからだ(勿論、充分な知人であれば待たせても構わないと謂う意味ではない)。しかし、返ってきたメールの文面は、先に行って待つ、とあったので、私はますます忸怩たる思いに駆られるのだった。飯能駅での長い待ち合わせの後、漸く発車した電車の車窓から、曇天に沈む奥武蔵の山里風景を眺める。東吾野駅に降り立つと、駅前広場のベンチにひとり、合羽を被って座っている人が居る。此れはヤバイと思いつつ、小走りにプラットホームから駅舎に向かった。果たしてお地蔵さんのように微動だにせず、駅前ベンチに蹲って座っているのがkz氏なのであった。

関ノ入尾根を歩いてから、手軽に行ける奥武蔵に関心が深まるようになった。ハイキングコースは充分に整備されている地域だが、登山地図には無い尾根歩きの道筋を発掘してみたいと謂う欲求が湧いてきていた。今回は、「外界から遮断された桃源郷」などと紹介されているユガテ集落を見てみたいが、通常の車道歩きでは詰まらない。東吾野駅から程近い吾那神社から、ユガテに向かって連なる尾根がある。此の山の上を踏破して歩いて行きたい。私は自分の、とりあえずの希望をkz氏に提案した。彼は、先程の佇まいとは思えない快活な口調で、それじゃ、ユガテに行ってからエビガ坂、其の近くに在るスカリ山に登り、南下して、此の、コワタと謂う処に行ってみよう、今日はカタカナの山に登ると謂うテーマで行きましょう、と云った。昭文社の登山地図を広げているが、よく見ると、其れは十年くらい前に発行された、未だ「エアリアマップ」の表記がある「奥武蔵・秩父」だった。

斯く云う私にしたところで、昭文社の登山地図は用意しておらず、二万五千分の一地形図「飯能」しか携行していない。スカリ山とは北向地蔵とユガテの中間の処にある、435.1mのピークのことのようだった。コワタは深沢地区、白子地区に挟まれた313.4mピークのことだろうか。古エアリアには、スカリ山もコワタも、赤い破線すら引かれていないでぽつんと山名だけが記されている。私に異論がある筈もなく、カタカナ山を廻るコースに決定した。

そう謂う訳で、駅前から国道299号に出たのだが、kz氏は吾那神社の在る右手には向かわず、正面の駐在所に向かって歩いていく。窓の外から中を窺っている彼に、何してるんですか、と、私は怪訝さを隠せずに声を掛ける。駐在所に置いてある住宅地図を見たいんだよ、あれは思いがけない道が見つかったりして、便利なんだ、と謂う答えが返ってきた。私は、見知らぬ町にやってきた、飛び込み営業のセールスマンの手下になったような気分がしてきたのだった。

駐在所は留守のようで、扉は施錠してあったから、諦めるしかないのだが、大抵は無人でも自由に入れるのになあ、と、kz氏は不服の態度をを隠さない。我々は、吾那神社の廃れた石段を登って行った。其の階段は裏手に在るもののようで、神社自体は立派な造りであり、清廉な佇まいであった。そして、橋本山、ユガテ方面への、立派な指導標が立っていたから、尾根筋のルートは、人為的に整備されていると謂うことになる。私は軽く拍子抜けをしたが、kz氏は、なあんだ、と、かなりのオーバーアクションである。道なき道を探索しての山登りを追及する彼としては、詰まらないことこの上ない成り行きだろうと思われた。私は、何だか自分の所為みたいな、申し訳ない気持ちになる。

其れでも、気を取り直して、神社の裏手に廻り、山肌に取り付いていく。斜面をトラバースして、緩やかに登るように、道は整備されている。東吾野駅を見下ろす、展望の良い山道になった。朝の空気が漂う曇天の風景を眺めながら、kz氏は対岸に見える天覚山を指して、尾根筋を教えてくれる。地図を見てからの山座同定の判断が速やかで、感心してしまう。ジグザグに登り詰め、北に真直ぐに山道が伸び始めた。トラバース道から尾根に乗った時など、アクションが変わる時には必ず立ち止まって地形図を凝視して、自分の居場所を確認する。そうすると、何の変哲も無い樹林や遠くの山なみが、興味深く脳裏に刻まれてくるような気がする。読図を心掛けるようになってから、私は山歩きを急がなくなった。しかし、kz氏は、更に輪を掛けての読図家であって、私の遥か後方を歩いている。其処から見えている山や道標、作業道が分岐していたら其の状況などを、克明にメモして、写真を撮ったりしている。私の、地形図を見て位置確認するだけの作業は緩慢なので、kz氏は程なく追いついてくる。ふたりのバイオリズムは、軌道は違うのだけれども、同じような流れを描いているような、そんな気がした。

最初のピークである270mを越えて、送電鉄塔が現われた。ひとつひとつのポイントが、確認作業と謂う愉しみになる。送電線が延びる東方に、ふたつの山が見えた。あの高い方の山が、帰りに寄るコワタだねと、kz氏が云う。私は律儀に、地形図にコンパスを当てて、山座同定を行なった。そうしたら、コワタは、もうひとつの低い方の山のように見えたので、そう進言した。果たして其れが正解であったため、私は鼻が高い。そう云えば、知り合って最初にふたりで歩いた、景信山東尾根を下りた時に、私の地形図に磁北線が引いているのを見て、kz氏が、磁北線は必要ないよ、と云っていたのを思い出した。

「やはり、磁北線は必要だと実感できましたな」
「うーむ……ちょっと当たっただけで、天狗になってるなあ」

しばしの沈黙の後、我々は気を取り直して、ふたたび鉄塔から歩き始めた。ひとつのピークを越えたので、鞍部へと下り始める。降りきった処で、左手から山道が合流した。手製の立派な指導標に、福徳寺と記してあった。年配の単独ハイカーが、其の方向から歩いて来るのが見えた。指導標には、虎秀やまめクラブ謹製のサインがあった。地元の老人クラブのような団体だろうか。丁寧な仕事である。(後日、此の森林ボランティア団体が、「飛脚道」と命名された、福徳寺からユガテ迄のルートを開拓整備したと謂う事実を知ることになる)

登り返す道は緩やかで、徐々に北西方向に山道は進むが、小さな瘤に攀じ登ったら、登山道が西の方向に延びていた。地形図にある270mの小ピークに向かっているものと見て、寄り道をすることにした。途中、倒木を潜ったりしながら、広々とした場所に着いた。其処が目的の場所で、予想以上に立派な山名標が在り、雨乞塚と記されていた。隠れた名所なのかなと、kz氏は云うが、山名票はあまりにも堂々としたものである。引き返し、くだんの瘤から道なりに下ると、やがて元から歩いて来た道と合流し、やまめクラブの指導標が、ちゃんと設置されていた。別に隠れた名所と謂う訳じゃないなあ、kz氏の独り言が樹林帯の中に虚しく響く。私は相変わらず、彼が詰まらなさそうに思っている状況に、居た堪れない気分になってしまうが、其の言葉の響きにしては、然程詰まらなさそうでもないようだ。

次のピークは、此のコースの核心部とも謂える、321m地点である。核心部と断じる根拠は、地形図に唯一、標高が記されているピークだからである。等高線の幅もやや狭まっており、実際歩いてみても、急なジグザグの登りになった。途中で、橋本山への指導標が在り、男坂と女坂と謂う名で分岐していた。では折角なので二手に分かれて登りましょう、と云うことになった。kz氏はどちらでもよいと云うので、私は自分の希望で、男坂を行くことになった。

男坂は直登で、此迄の茫洋とした樹林帯歩きに飽きてきた身にとっては、心地の良い傾斜だった。息つく間もなく登り詰めると、風景が広がった。321mピークには、相変わらず立派な山名標が設えてあり、橋本山の名前が記されていた。風景は西の方向に開けており、相変わらずの曇天だが、久しぶりの開放感を味わうことができた。ザックを下ろして、煙草に火を点ける。未だユガテへの道は半ばなのに、想定以上の充足感である。地形を意思的に理解しながらの山歩きは、全く飽きることが無かった。女坂経由のkz氏は、なかなかやって来ない。恐らく、いろんな箇所で洞察力を駆使し、記録しながら、登ってきているのだろう。私は、暫しの間、ぼんやりと、紫煙を燻らせて、彼の到着を待つことにしたのだった。

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