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重太郎新道から前穂高岳(後編)

2012/9/22

岳沢小屋(5:00)---カモシカ立場---雷鳥広場---紀美子平---前穂高岳---紀美子平---重太郎新道---岳沢小屋---上高地(15:30)

Maeho2

霧の中に、薄っすらと見えるのは黒い岩崖のシルエットで、私は目の前の岩に手を掛けて、一歩ずつ、慎重に瓦礫の壁を登って行く。白いマーキングだけを頼りに、いつ終わるともしれない行為を繰り返すばかりだった。唐突に、人影が現われた。紀美子平にザックをデポしていた登山者が下りてきたのだ。挨拶して頂上の様子を訊くと、此処は大変だが上は風が無くて状況は良い、と云った。健闘を称え合うようにして別れ、私は、とにかく登り続けた。

標高三〇九〇米。前穂高岳に登頂した。またしても霧の中である。
ウォルター・ウェストンの名台詞が脳裏をよぎる。

We viewed the mist,but missed the view.
(我々は霧を見たが、景色を観損ねた)

三角点の在る処から、北に広がりを持つ山頂を歩いた。立派なケルンがあって、私も其れに小さな石を載せてみた。コンパスを取り出し、真北の方角を遠く眺めてみる。北穂高岳、南岳、そして槍ヶ岳。右を向いて、一面の霧の彼方に思いを馳せる。あの向こうに常念岳が聳えているのだろう。前回の鳳凰三山に引き続き、またしても想像上の絶景を浮かべて、私は溜息を漏らす。しかし、此処迄ひとりで登りきった成果を、単純に喜ぶことができた。煙草の紫煙が、霧の中に吸い込まれていくようだった。

Kimikodaira

紀美子平への帰途では、漸く登山者たちと擦れ違うようになった。岩崖の下りは厳しく、慎重に下りていかなくてはならなかった。だが、登ってくる人々の表情が、一様に強張っているのを見ると、理由も無く、気持ちに余裕を持つことができた。無事に戻った紀美子平には、たくさんのザックが置かれていた。吊尾根からやってくる人の中には、前穂を見上げて、その場に立ち止まり逡巡していたり、諦めたように岳沢方面へと下りていく姿も多く見られた。私は、もう一度、オクホダカ、の方角を眺め、そして決然とした気持ちを奮い起こして、重太郎新道に向かった。

巨岩の並ぶ細い尾根を下るのは、想像以上に緊張を強いられた。漸く難所をこなし、雷鳥広場の岩に辿り着いた。腰を下ろして休憩し、改めて、上高地を中心とした南方面の曖昧な風景を眺めていた。すると、どうしたことか、辺りを覆っていた雲が、フィルムの早回しのように、流れ始めた。西穂高岳の断崖を覆っていた霧が、するすると天上に向かって、吸い込まれていくように消えていく。其れは本当に、フィルムを逆回転した映像のようだった。啞然として左手を見ると、明神岳の上を白い雲が凄い勢いで北へ流れていく。そして遂に青空が現われた。岳沢小屋の在る谷底に、強烈な日差しが照らされて、目の前のモノクロームの風景が、突然カラーに激変した。其の瞬間、私の座っている岩の周囲から、夥しい数の鳥が一斉に、空へ飛び立っていった。身を寄せ合って蹲っていた雷鳥たちが、待ってました、とばかりに飛翔したのだった。鳥たちは青空を飛び交い、そして遠くに去っていった。

茫然とした儘、私は振り返り、背後の穂高の山稜を見上げた。吊尾根の向こうに広がる空は、流れる白い雲に覆われていたが、やがて青空に変わった。此れ以上皮肉な現実は無かった。私は、雷鳥広場で、暫く考え込んでしまった。戻ろうか。だが一体何処へ戻るのか。紀美子平から、吊尾根を目指すのか。そんな時間はもう無いではないか。前穂にもう一回登ってみるか。私の頭はいよいよ混乱していく。景色が見えなかったので、さっきの登頂は損であった。これから登る輩は絶景を拝めるのか、それは口惜しい。そう考える私の意識、此れは品性の問題なのではないか。私は何故混乱しているのか。私は何に満たされていないのか。

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私は、ゆっくりと立ち上がった。ザックを背負い、岩だらけの道を下って行く。岳沢に戻るのである。自然には摂理がある。生きてきた時間を後悔しても、遡って改竄することはできないのだ。其れを求める思惟とは、歴史を書き換えると謂うような、姑息な手段に甘んじることなのである。私は、もう訳の分からない物思いに耽りながら、下山の途に就いた。私は私の行為に、自覚的でありたいのである。だから口惜しいけど下山するのである。そうやって己の意識を沈静化させようと努力していると、カラフルなウェアを着た男女のグループが、重太郎新道を登ってくる。擦れ違う時、挨拶する。擦れ違いざま、振り返り、彼等の後姿を見る。その向こうに、青空を背景にして燦然と輝く穂高岳が見える。其処に向かって、若い男女が愉しそうに登っていくのである。私は心の中で、地団駄を踏むのであった。

眩い光に包まれた重太郎新道は、見違えるような開放感を醸し出していた。まさに、アルプス、そんな風情だった。岳沢パノラマの先鋒を見下ろす瓦礫場の途上で、私は暑くなったので、レインウェアを脱いだ。シャツの腕を捲り、薄着になる。鬱屈した気分が逓減していくような気がした。そして、岳沢のパノラマを正面に眺めながら、軽快に下り始めた。その途端、足が勝手に進んで、制御が利かないような感覚に陥った。乾いた砂地の斜面を、滑らないように踏ん張るくらいしか、制御が利かなかった。そして気がついたら、大きな岩に、右脚の膝を打ち付けてしまった。激痛で、私はその場に座り込んだ。何が起こったのか、私には判らなかった。息も絶え絶えに、傍らの大きな岩に、腰を下ろした。痛打した右膝を庇うように、岩の上に足を載せて伸ばした。全身の力が抜けたような気分になったので、ザックを頭の下に敷いて、岩の上に仰臥した。青空が眩しいので、顔に手拭いを覆った。私は此の儘、眠ってしまいたいと謂う欲求に駆られていった。

随分と時間が経って、漸く歩くことができるようになった。自業自得の満身創痍で、カモシカ立場を通過すると、当たり前のように在った眺望に別れを告げる。梯子段を、片足を負傷した儘、必然的に、慎重に下りる。ジグザグ道に差し掛かると、安心した頃に負傷事故が頻々に起こるので、此の付近は特に注意せよ、と謂うような標識が掛かっていた。私は其れに首肯しながら、足を引き摺るようにして、岳沢小屋のテント場へ急いだ。テントを撤収する時間を考えると、今日の新宿行き最終バスに間に合う為には、残された時間の余裕は無くなりつつあった。テントに帰還し、敷いた儘のマットや寝袋を見たら、思わず潜り込んで眠りたいと謂う誘惑に襲われる。私は、渾身の精神力で荷物を纏め、上高地への下山を開始した。無造作にパッキングしたクレッタルムーセンのザックは、不必要な迄に膨らんでいて、来た時よりも重さを感じた。右膝の痛みが、吃驚したようにぶり返してきた。

ストックを、文字通りの、転ばぬ先の杖に使って、岳沢からの下山道を休まずに歩き続けた。幾人もの登山者を追い越し、休むことなく歩き続けた。息急き切って登山口迄辿り着き、梓川の畔に踊り出た。のんびりと散策している観光客を掻き分けるようにして、河童橋へと急いだ。そうして、上高地バスターミナルに到着したのは、バスの出発する、一時間も前だったから、岳沢小屋から此処迄、一時間半で踏破したことになる。自分で自分を褒めたい程の、超人的なラップタイムであった。

高速バスの空席が僅かに残っていたから、やっと安堵して、バス時刻を待ちながら、暮色の漂う梓川を眺めながら、煙草を燻らせた。今日と謂う一日の出来事とは思えないくらいに、いろんな光景が脳裏に去来する。そして遠くに、何事も無かったかのように、残照に映える穂高岳の姿があった。其の美しさは、喩えようが無かった。山を歩くことに親しみ、自然が厳かにある常態と、ちっぽけな自分と謂う人間との遠近感を、既に感じている積もりだった。しかし、もしも自然が放つアウラと謂うものがあるとしたら、其れは、此の穂高岳の佇まいのようなものなのではないか、と思った。圧倒的、そんな言葉が、此の光景には相応しい。私は、其の魔力に抗うことはできないだろう。そんな予感がした。

ひとり、云いようの無い感慨に耽っていた。そんな私の感傷には全く無関心な風情で、新宿行きのバスがアイドリングを開始した。私は後ろ髪を引かれるような思いで、其れに乗り込んだ。客を満載した高速バスはゆっくりと、上高地の森の中を、走り始めた。

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コメント

ど、どらまや~~~~!
下山してから、雲が流れて青空が見えて来るところは、情景が目に浮かびます。
秀逸な情景描写にカンパイ!

晴れの期待できる山頂に戻るかどうかの心の葛藤がよく描かれていて良いよ~。
こんな経験をしたのは、七目さんだけじゃないですから~。
僕も何度も経験してます。

南アルプス、塩見岳~悪沢岳~聖岳~光岳の五日間縦走は、ほとんど雨ばかり…。
雨で駆け込んだ小屋では主人に怒鳴られ…。
最後は蛭に食われて踏んだり蹴ったり…。
最悪の山行なのに、なぜかいまだに脳裏に焼きついております。

つらい経験をしながら、人間て成長して行くんだと思うよ~。
あの経験以来、雨なんてど~ってこと無くなったから。

だから七目さんも成長しているはずです。
身長が?
いえいえ、中身ですよ~。(笑)

雨に濡れたテントは、倍以上の重さなんですよね。
背中にどっしりとのしかかる憂鬱感…。
七目さんも同じ苦労をしてるんだよなあ。
連帯感というか、同士だね。

お金と時間を浪費して、難行苦行三昧?

でもそれが味わい深い山行になることもあると思います。
やっぱり七目さんにはこういうつらい経験をしてもらうと、文章が生き生きとしてくるような気がします。

「奥穂高岳に登った~!
天気が良くて、槍ヶ岳もばっちり!
事故も無くて、最高に楽しかった~!」

っていうつまらん極楽レポを読んでも、「ふ~ん、そうなんだ!良かったね!」っていう感想しか残らんですよ。

こういう苦労話の方が、いろいろと感じて、いろいろと思うところがあって、思わずコメントもしたくなりま~す。

七目節というのかどうかわからんが、このままのスタイルを貫いてくだされ~。

投稿: かず | 2013年1月28日 (月) 22時09分

コメントありがとうございます。嬉しいです。

つまらん極楽レポートにしたかったです(笑)

でも仰るとおり次回への野望というかなんというか、未だ見ぬ吊尾根からの絶景を夢見て今年も行きたいと思ってます。岳沢から(笑)

南アルプスの記事、初めて読みました。序盤の小屋番が怖いです。
なんだか南アルプス恐怖症になりそう(笑)。でも中岳避難小屋、よかったですね。最終日も凄いなあ。

雨が降ったら上がるのを待つくらいの余裕のあるスケジュールを、って、案内書とかに書いてありますが、そのくらい時間(予算?)に余裕が無いと駄目なのかなあ、万一のことを考えると無理はよくないとはわかりますが…。

今年は風邪をこじらせ苦悶の日々でしたので、自分の体力はおろか精神力にも疑問が持ち上がってきております。

せっかく真冬の低山でテント泊チャレンジしようと思ったのに…。

健康って大事です…。

投稿: 七目 | 2013年1月29日 (火) 20時07分

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