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2012年11月

重太郎新道から前穂高岳(後編)

2012/9/22

岳沢小屋(5:00)---カモシカ立場---雷鳥広場---紀美子平---前穂高岳---紀美子平---重太郎新道---岳沢小屋---上高地(15:30)

Maeho2

霧の中に、薄っすらと見えるのは黒い岩崖のシルエットで、私は目の前の岩に手を掛けて、一歩ずつ、慎重に瓦礫の壁を登って行く。白いマーキングだけを頼りに、いつ終わるともしれない行為を繰り返すばかりだった。唐突に、人影が現われた。紀美子平にザックをデポしていた登山者が下りてきたのだ。挨拶して頂上の様子を訊くと、此処は大変だが上は風が無くて状況は良い、と云った。健闘を称え合うようにして別れ、私は、とにかく登り続けた。

標高三〇九〇米。前穂高岳に登頂した。またしても霧の中である。
ウォルター・ウェストンの名台詞が脳裏をよぎる。

We viewed the mist,but missed the view.
(我々は霧を見たが、景色を観損ねた)

三角点の在る処から、北に広がりを持つ山頂を歩いた。立派なケルンがあって、私も其れに小さな石を載せてみた。コンパスを取り出し、真北の方角を遠く眺めてみる。北穂高岳、南岳、そして槍ヶ岳。右を向いて、一面の霧の彼方に思いを馳せる。あの向こうに常念岳が聳えているのだろう。前回の鳳凰三山に引き続き、またしても想像上の絶景を浮かべて、私は溜息を漏らす。しかし、此処迄ひとりで登りきった成果を、単純に喜ぶことができた。煙草の紫煙が、霧の中に吸い込まれていくようだった。

Kimikodaira

紀美子平への帰途では、漸く登山者たちと擦れ違うようになった。岩崖の下りは厳しく、慎重に下りていかなくてはならなかった。だが、登ってくる人々の表情が、一様に強張っているのを見ると、理由も無く、気持ちに余裕を持つことができた。無事に戻った紀美子平には、たくさんのザックが置かれていた。吊尾根からやってくる人の中には、前穂を見上げて、その場に立ち止まり逡巡していたり、諦めたように岳沢方面へと下りていく姿も多く見られた。私は、もう一度、オクホダカ、の方角を眺め、そして決然とした気持ちを奮い起こして、重太郎新道に向かった。

巨岩の並ぶ細い尾根を下るのは、想像以上に緊張を強いられた。漸く難所をこなし、雷鳥広場の岩に辿り着いた。腰を下ろして休憩し、改めて、上高地を中心とした南方面の曖昧な風景を眺めていた。すると、どうしたことか、辺りを覆っていた雲が、フィルムの早回しのように、流れ始めた。西穂高岳の断崖を覆っていた霧が、するすると天上に向かって、吸い込まれていくように消えていく。其れは本当に、フィルムを逆回転した映像のようだった。啞然として左手を見ると、明神岳の上を白い雲が凄い勢いで北へ流れていく。そして遂に青空が現われた。岳沢小屋の在る谷底に、強烈な日差しが照らされて、目の前のモノクロームの風景が、突然カラーに激変した。其の瞬間、私の座っている岩の周囲から、夥しい数の鳥が一斉に、空へ飛び立っていった。身を寄せ合って蹲っていた雷鳥たちが、待ってました、とばかりに飛翔したのだった。鳥たちは青空を飛び交い、そして遠くに去っていった。

茫然とした儘、私は振り返り、背後の穂高の山稜を見上げた。吊尾根の向こうに広がる空は、流れる白い雲に覆われていたが、やがて青空に変わった。此れ以上皮肉な現実は無かった。私は、雷鳥広場で、暫く考え込んでしまった。戻ろうか。だが一体何処へ戻るのか。紀美子平から、吊尾根を目指すのか。そんな時間はもう無いではないか。前穂にもう一回登ってみるか。私の頭はいよいよ混乱していく。景色が見えなかったので、さっきの登頂は損であった。これから登る輩は絶景を拝めるのか、それは口惜しい。そう考える私の意識、此れは品性の問題なのではないか。私は何故混乱しているのか。私は何に満たされていないのか。

Dakesawa_panolama3_2

私は、ゆっくりと立ち上がった。ザックを背負い、岩だらけの道を下って行く。岳沢に戻るのである。自然には摂理がある。生きてきた時間を後悔しても、遡って改竄することはできないのだ。其れを求める思惟とは、歴史を書き換えると謂うような、姑息な手段に甘んじることなのである。私は、もう訳の分からない物思いに耽りながら、下山の途に就いた。私は私の行為に、自覚的でありたいのである。だから口惜しいけど下山するのである。そうやって己の意識を沈静化させようと努力していると、カラフルなウェアを着た男女のグループが、重太郎新道を登ってくる。擦れ違う時、挨拶する。擦れ違いざま、振り返り、彼等の後姿を見る。その向こうに、青空を背景にして燦然と輝く穂高岳が見える。其処に向かって、若い男女が愉しそうに登っていくのである。私は心の中で、地団駄を踏むのであった。

眩い光に包まれた重太郎新道は、見違えるような開放感を醸し出していた。まさに、アルプス、そんな風情だった。岳沢パノラマの先鋒を見下ろす瓦礫場の途上で、私は暑くなったので、レインウェアを脱いだ。シャツの腕を捲り、薄着になる。鬱屈した気分が逓減していくような気がした。そして、岳沢のパノラマを正面に眺めながら、軽快に下り始めた。その途端、足が勝手に進んで、制御が利かないような感覚に陥った。乾いた砂地の斜面を、滑らないように踏ん張るくらいしか、制御が利かなかった。そして気がついたら、大きな岩に、右脚の膝を打ち付けてしまった。激痛で、私はその場に座り込んだ。何が起こったのか、私には判らなかった。息も絶え絶えに、傍らの大きな岩に、腰を下ろした。痛打した右膝を庇うように、岩の上に足を載せて伸ばした。全身の力が抜けたような気分になったので、ザックを頭の下に敷いて、岩の上に仰臥した。青空が眩しいので、顔に手拭いを覆った。私は此の儘、眠ってしまいたいと謂う欲求に駆られていった。

随分と時間が経って、漸く歩くことができるようになった。自業自得の満身創痍で、カモシカ立場を通過すると、当たり前のように在った眺望に別れを告げる。梯子段を、片足を負傷した儘、必然的に、慎重に下りる。ジグザグ道に差し掛かると、安心した頃に負傷事故が頻々に起こるので、此の付近は特に注意せよ、と謂うような標識が掛かっていた。私は其れに首肯しながら、足を引き摺るようにして、岳沢小屋のテント場へ急いだ。テントを撤収する時間を考えると、今日の新宿行き最終バスに間に合う為には、残された時間の余裕は無くなりつつあった。テントに帰還し、敷いた儘のマットや寝袋を見たら、思わず潜り込んで眠りたいと謂う誘惑に襲われる。私は、渾身の精神力で荷物を纏め、上高地への下山を開始した。無造作にパッキングしたクレッタルムーセンのザックは、不必要な迄に膨らんでいて、来た時よりも重さを感じた。右膝の痛みが、吃驚したようにぶり返してきた。

ストックを、文字通りの、転ばぬ先の杖に使って、岳沢からの下山道を休まずに歩き続けた。幾人もの登山者を追い越し、休むことなく歩き続けた。息急き切って登山口迄辿り着き、梓川の畔に踊り出た。のんびりと散策している観光客を掻き分けるようにして、河童橋へと急いだ。そうして、上高地バスターミナルに到着したのは、バスの出発する、一時間も前だったから、岳沢小屋から此処迄、一時間半で踏破したことになる。自分で自分を褒めたい程の、超人的なラップタイムであった。

高速バスの空席が僅かに残っていたから、やっと安堵して、バス時刻を待ちながら、暮色の漂う梓川を眺めながら、煙草を燻らせた。今日と謂う一日の出来事とは思えないくらいに、いろんな光景が脳裏に去来する。そして遠くに、何事も無かったかのように、残照に映える穂高岳の姿があった。其の美しさは、喩えようが無かった。山を歩くことに親しみ、自然が厳かにある常態と、ちっぽけな自分と謂う人間との遠近感を、既に感じている積もりだった。しかし、もしも自然が放つアウラと謂うものがあるとしたら、其れは、此の穂高岳の佇まいのようなものなのではないか、と思った。圧倒的、そんな言葉が、此の光景には相応しい。私は、其の魔力に抗うことはできないだろう。そんな予感がした。

ひとり、云いようの無い感慨に耽っていた。そんな私の感傷には全く無関心な風情で、新宿行きのバスがアイドリングを開始した。私は後ろ髪を引かれるような思いで、其れに乗り込んだ。客を満載した高速バスはゆっくりと、上高地の森の中を、走り始めた。

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重太郎新道から前穂高岳(中編)

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2012/9/22

岳沢小屋(5:00)---カモシカ立場---雷鳥広場---紀美子平---前穂高岳---紀美子平---重太郎新道---岳沢小屋---上高地(15:30)

Dakesawa_panolama2

平日でも観光客がごった返す上高地の喧騒から逃れるようにして、岳沢の登山口に向かった私は、初めて登る北アルプスの山と謂う意識が重圧となった所為か、一心不乱に登山道を歩き続けた。天然クーラーを越えて、大きく切れ込んだ岳沢に沿う瓦礫場に出て、目を瞠った。聳える尾根、そして抉られたような幾つもの谷が、そそり立つ断崖となって、遥か上空まで延びていた。

西穂高岳、間ノ岳、ピラミッドピーク。登山地図を見て、改めて、目の前に聳えている断崖の山を確認して、私は現実感を失うかのように其れ等を眺めた。感動を自制できなくて、何をすればよいのか分からない、そんな精神状態だった。出来ることは、岳沢小屋への道を、淡々と登り続けることだった。予定通りの時刻に到着して、小屋で手続きを終え、沢沿いの登山道に点在するテント場に向かった。考えてみると初めて、単独の幕営をするのだな、と謂う感慨を抱きながら、私は設営を終えて、暮れていく上高地を見下ろしていた。西穂高の天上から、舞台装置のように、霧がゆっくりと降りてきて、岳沢を包み込んだ。

雨音がテントを打つ音で夜半に目が覚めて、ふたたび眠りに落ちた。未明、目覚まし時計の音で起きたら、雨音は激しさを増していた。恐る恐る、雨具を羽織って外に出る。夜は明け掛かっているが、西穂高を望む筈の断崖は霧で全く見えなかった。雨は断続的に降っていた。私は、テントに戻り、暫し沈思黙考することになった。

テント基地から出発して、重太郎新道を経て、奥穂高岳に登頂し、ふたたび戻って来る為には、もうすぐ出発しなければならない。天候の快復を待っていたら、目的地に到達できない。行くか。しかし、そんな性急な理由で出発して大丈夫か。北アルプスの登山に於けるセオリーがあるとすれば、其れに反する思考と行為なのではないか。もう少し待つか。しかし悪天候と謂っても、冬山の吹雪じゃあるまいし、ただ雨が降っているだけだ。其のうちに快復するのではないか……。

堂々巡りの末に、私は雨中の為の服装に着替え始めた。まんじりとテントの中で待避しているのは苦痛だった。午前五時の時計表示を見て、私はテントから這い出た。広大な岳沢から逸れた登山道は、ジグザグに、徐々に勾配を上げていった。振り返ると、小屋とテント場が直ぐ眼下に見下ろす位置にあった。私は、心細さに抗うように、歩を進める。程なく、崖に掛かった梯子が現われた。私は、固唾を飲んだ。古びた鉄製の梯子は、其の高度を克服する為に、ふたつを連ねて、岩に打ち付けてあった。濡れた其の梯子を一段ずつ掴み、ゆっくりと登っていく。いけないと知りつつ、下を見ると、想定どうりの高所感で、私はかぶりを振りながら、登り続けた。

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気がつけば、いくつもの断崖を登り続けているのだった。梯子は其の後二箇所に設置してあった。三度目の梯子を登りきった時、ストックが手を離れて、梯子の向こうに消えた。愕然として下を覗いたら、其れは谷底に落ちてはいないで、梯子の下に有った。私は空身でストックを取りに、また梯子を降りていった。徒労に疲れて、私は悲壮感に浸っていたが、間もなく、大きく展望の開けた岩場の上に到達した。カモシカ立場と呼ばれる箇所で、確かにカモシカが屹立できそうな、フラットな大きな岩が在る。振り返ると、眺望が広がっていた。左側に明神岳、霞沢岳、右手は西穂高岳の山稜、そして赤茶色の焼岳、中央奥には乗鞍岳が鎮座していた。其れ等の真ん中にある谷底に、小さい雲が浮かんでいて、上高地が垣間見える。私は、水墨画のような其の風景に、しばし心を奪われていた。

勢いは微弱になったが、相変わらず霧雨は降り続いていた。切り立った岩崖の上を歩く道から、奥深い扇沢の断崖を左に、延々と続く明神沢の峻険な壁を右に、それぞれ眺めながら、いよいよ大きな岩の折り重なった尾根を進んで行く。漸次高度を上げて、ふたたびの眺望が開けると、其処が岳沢パノラマと呼ばれる処で、振り返ると、其れは先程の風景と同じなのだが、遠くの空が明るくなり始めていた。乗鞍岳の、さらにその後ろから、長大に広く聳える山が姿を現わす。木曽御嶽山の威容だった。

出発して、二時間が経過していた。ペースは申し分が無い。天候は相変わらずで、辺りの風景は鈍いモノトーンの色彩でしかなかったが、私は、岩の塊の隙を衝いて進んで行くと謂う、穂高岳の歩き方に、徐々に慣れてきたから、そんな自分に、充足的な気分を覚えていた。悪天候の重太郎新道に、登山者の姿は無かった。私は黙々と登り続けていた。霞んだ儘の断崖が、徐々に近づいてくるようだった。山稜の上に近づいてきている。雷鳥広場を越えると、一挙に険しい巨岩が折り重なる箇所にぶつかる。白ペンキのマーキングを頼りに、其れ等をパスしていく。最後の梯子の箇所を通過して、ひと登りで、紀美子平に到着した。

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とうとう此処迄来たか、と謂う思いに浸りながら、私はザックを置いて岩に腰掛けて、煙草に火を点けた。重太郎新道の途上では、雨に降られてはいたが眺望はあった。しかし、此処に至っては、辺りは霧で真っ白であり、紀美子平の道標の向こうに、塔のように屹立している前穂高岳への岩稜の、その根元が窺える程度であった。其の左手を見ると、薄っすらと岩崖が続き、岩に白ペンキで、オクホダカ、と書かれていた。紀美子平には、私ひとりしか居ないのであるが、前ホ、と書かれた岩の処に、ザックがひとつ置いてあった。どうやら先客がひとり、前穂高岳にアタックしている最中のようだった。私は紫煙をを燻らせながら、ふたたび逡巡の思惟に陥る。吊尾根への入り口で、私は、怖気づいている自分を感じていた。

此の儘吊尾根に突入しても、霧で何も見えないであろう。此処から往復して四時間。疲れ切って岩場を辿り続けて、事故を起こさないとも限らない。私は既に、岩場の連続で疲弊していたのだった。初めての北アルプス。奥穂高岳の頂上に立つのは、私にとっては偉業ですらある。眺望は最も重要な問題ではない。しかし、此の労苦に対する癒しが、今は必要であると謂う気がした。初めての北アルプス。前穂高岳へ登頂するだけで、充分ではないか。私は、そう自分に納得させようとしていた。

其れでも、相変わらず座った儘、私はパンを齧っていた。理由も無い儘憂鬱な気分で、食事を摂っていた。其の時、一羽の鳥が紀美子平に舞い降りた。茶色の鳥は辺りを窺うように徘徊していた。此れが雷鳥なのだろうか。私は茫然と其れを眺めていた。雷鳥は徐々に私の居る方に近づいてくるから、パンの欠片を抛ってみた。注意深い素振りで鳥は近づいてきて、パンの屑を食べた。其れは反自然的な行為だと分かっていたが、私はもう一片を抛った。雷鳥は其れを吟味しているようだったが、あまりにも人間に近い処にあるので、其れに近づくことを放棄したようだった。そして、飛び立つわけでもなく、ぴょんぴょんと跳ねながら、私から遠ざかっていく。そして其の儘、オクホダカ、と書かれた岩の向こうの、霧の中に消えていった。

其れで決断した。今日は前穂高岳に登り、其の儘岳沢に引き返す。そう決心したのは、根拠の無い恐怖だった。奥穂高岳に至る吊尾根の方に消えていった雷鳥は、私を、二度と戻れない迷宮へと、誘っているように感じた。

私は、ザックを置き直し、踵を返すかのように、前穂高岳への岩崖を登り始めたのだった。

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