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鳳凰三山・初めての南アルプス(中編)

2012/9/1

青木鉱泉(10:40)---南精進滝---五色滝---鳳凰小屋(16:20)

Hououkoya1

南精進滝の濠音から離れて、いよいよ標高を稼ぐように急登が始まった。鉛色の空と、白く煙った燕頭山の稜線を仰ぎ見ながら、鬱蒼とした森の中の登山道を歩く。其れは突き出た岩や、湿った木の根を喘ぎながら登る傾斜だった。賑やかだった、つい先程迄が幻だったかのように、人の気配は無くなってしまった。

何処迄も続くかのような尾根を登り続けて、漸く緩やかになって、白糸の滝を示す道標に辿り着いた。想定通りの苦行とも云える登りで、小休止を出来ること自体が、ありがたいと思えるほど疲労した。滝は尾根から逸れて少し崖地に下って行かなければならないので、私は億劫になり、見物する意欲が無かったのだが、意外なことに、Mは其れが当然と云わんばかりに、滝見物に向かって行った。途中迄後を追ったが、霧の濃さは増してきているし、存外に距離がありそうなので、私は諦めて引き返した。

相変わらずの急登が続く。途中、見事に崩落した箇所があり、道は其れを大きく迂回するようにして、逆戻りするかのように旋回して辿った。大きいザックの負荷よりも、重心がふらつきそうになるのが怖いと謂う気がした。五色ノ滝へと分かれる平坦地で、すっかり疲れ切ってしまった。私は、此処で幕営しても快適に過ごせるのではないか、などとMにお伺いを立てるように提案した。しかし、予定外の行動を嫌う彼の思惟は承知していたので、水場が無いから駄目と謂う、其の否定的な返事には落胆しなかった。

Goshikitaki

御座石鉱泉からの稜線が目に見えて近づいて来た。山肌に沿うような、緩やかな道が続き、私は漸く気を取り直して、もう遠くは無い今日の道程を感じて歩いていた。風も無く音も無い、不気味な静寂が訪れた。樹林が疎らになって、岩場が現われ、ドンドコ沢にふたたび合流した。昭文社登山地図に記されている、水場が在るポイントのようであった。此処で、意外なことに、数人の若者たちが下山してくるのと出合った。時刻はもう16時になろうとしているので、青木鉱泉に下りるのは、かなりの強行軍のように思われた。私は其のひとりに、水場と謂うのはこのあたりですか、と訊ねた。内気そうな青年は、わからないけれど、小屋はもう近いです、と云った。私は未だ、小屋迄行かなくても水場が在れば挫折して幕営と謂う案に、Mも承知してくれるのではないかと、淡い願望を抱いていたのだ。

彼等数人のひとりが、あと一時間くらいですか、とMに訊ねた。Mは憮然として、早くても三時間、と答えた。青木鉱泉迄のコースタイムも把握しないで下りようとしている若者の行為に、憤りを感じているようであった。私は、若いのだから無茶なこともするだろうと、殆ど関心を持たない。其れよりも、あわよくば此の辺りで、テントを張れるような場所は無いものかと、辺りを見回していた。水場は、頼りない量だが、水溜りのような感じで其処かしこに点在していた。私は、ふたたびMに提案を試みた。しかし、こんな場所に幕営しても、雨になったら増水してしまう、と、断定的に却下された。此処は沢の詰めた場所だから、其れは道理でもあった。私は観念して、程近い鳳凰小屋に向かって、Mの後を惰性で歩き続けた。今から思うと、私の二度に渡る提案は、まるで近未来の危機を予知していたかのようであった。

Siraitogoshiki

岩場から逸れて樹林帯に踏み込み、細い道を辿って登りきったら、色とりどりの花が咲いていた。賑やかな声が行き交う、鳳凰小屋に到着したのであった。其の喧騒に戸惑いながら、小屋の前に近づいていく。谷に面した、テラスのようになっているベンチとテーブルが並ぶ場所では、大勢のグループが占拠していた。既に私は、こんな場所に来たことを後悔していたのだが、仕様が無いので、精悍な顔つきの、小家主然としたおじさんに、テントを張りたいのですが、と伝えた。返ってきた答えは予想できない言葉だった。彼は、もう駄目、一杯だよ、と云った。

私とおじさんのやりとりを聞いていた、地蔵岳方面から到着したばかりと思しき、若い女性のグループが、愕然として、どうしようと、仲間と相談し合っている。小屋の前は、騒然とした雰囲気になった。とりあえずテント場を見て、張れるスペースを探してみてはどうか、と、小屋のおじさんが云う。しかし、私とMは顔を見合わせた。思ったことは同じで、引き返して何処かに幕営しようと謂うことだった。小屋のおじさんは、他の客の対応に忙しそうなので、我々は静々と来た道を下りて行こうとした。しかし、やや遅れて、くだんのおじさんが追いかけてきて、勝手な場所に張るのは許さない、と我々を叱責した。

彼と対峙しながら、我々は啞然として立ち尽くした。漸くMが、混んでいるのだから青木鉱泉迄下りる、と云った。其れは嘘だろうと謂う断定で(実際其れは嘘なのだが)、小屋の住人は自然保護の観点で指定地以外の幕営は許さない、と謂うようなことを激しい口調で云った。Mは憤激し、相手を睨んだ儘、じゃあどうすればいいんだ、と謂うようなことを云った。どうにも詰まらないことになってしまったものである。

ぎゅうぎゅう詰めとはまさにこんな状態である。我々は縦横乱れて張られたテントの住人に、隙間ができるように移動して貰い、漸く設営することができた。先達に移動するように指導してくれたのは、くだんの小屋のおじさんだった。限られたテントサイトに張るためには其れ以外に方法は無いのだから、最初からそうして呉れればよかったのに、と思った。何故彼が激高したのか、私には理解できなかったので、想像してみた。遅い時間に到着した癖に、恐縮する態度を示さないでテントを張りたい、と云う私の立ち居振舞いが癇に障って、もう一杯だ、などと云ったのだろうか。そうでも云えば、恐縮して、なんとか張らせてくださいと、懇願するだろうと踏んで、そのような態度をとったのだろうか。

憮然として機嫌が直らないMを、暫く放って置くために、私は周辺を散歩した。小屋前の水場に寄ったら、テラスに陣取る大勢のグループは、既に飲み会の様相を呈して盛り上がっていた。薄暮の山峡に霧が立ち込めてきた。私は、今日歩き続けた登山の疲れに、云い様の無い虚しさを感じていた。

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コメント

あのエアリアの水場マークところには、北御室小屋という山小屋があったそうで、水場マークはその名残のようです。
跡形も無く、小屋あった場所は特定不能です。

小屋のあった場所なら環境破壊にもならないと思うんだけどなあ。

おじさん勘がするどいね~。

ほんとに、最初から、テントを詰めてくれよって話ですよ。
一人一人の客を大切にして欲しいですね~。

疲労困憊でようやくたどり着いたのにあんな対応じゃ、さらに疲労しちゃうなあ。

ところで若い女性グループはテント張れたのかな?
下山したのかな?
気になります。

なんと、北御室小屋・・・。
沢の反対側(右側?)が少し築堤っぽくなってるような雰囲気もあったような…。
もしあの時に、この知識があったらあそこに着いた時点で幕営を友人に説得できたかもしれません…。

小屋の方に就いて、ちょっとダウナー系なことを書いたので落ち着かなかったのですが、かずさんに同意して貰えて気が楽しなりました。ありがとうです。

若い女の子たちは、結局小屋に泊まってました!

まさか其れが目的でテントはもう無理とか言ってたのか!
なんてこともその晩はトゲトゲしく考えちゃいました(笑)

せっかくの山行きでトゲトゲはよくないですね…。

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