« 日向山、天神尾根界隈・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) | トップページ | 鳳凰三山・初めての南アルプス(中編) »

鳳凰三山・初めての南アルプス(前編)

2012/9/1

青木鉱泉(10:40)---南精進滝---五色滝---鳳凰小屋(16:20)

Photo

何処か遠くに行きたい、と謂う漠然とした願望を思慮して、行き着く処が山の中になってしまって久しい。其れでも、装備を万全にして、高山を縦走すると謂うような、計画的、或いは予定調和的なレジャーとしての登山をしようとは思っていなかった。日本アルプスの絶景には憧れるが、誰もが目指す処にバスに揺られて、誰もが写真を撮っているような有名な山頂を目指すと謂う行為が、テレビで有名になった店に行列する輩と同じ程度に堕してしまうと謂う気がして、なんとも気恥ずかしいことのように思えた。自意識過剰はもとより、根本的に鬱屈した性質なのだと、自分で自分のことを思う。南アルプスに行こうと決めてから、私は浮き足立って、そのことばかりを考えて数週間を過ごした。毎日夢想して、私は出発の日が待ち遠しかった。

地蔵岳、観音岳、薬師岳の総称である鳳凰三山に登ることになった動機は、友人Mのかねてからの希望だったことに加え、私がテント泊の登山に執心し始めたことが後押しになった恰好だ。多くの登山者は、南アルプス市側の夜叉神から出発するようだが、我々は韮崎市側の青木鉱泉から登る。此れもMがずっと前から主張してきたことで、其の理由として、山間の鄙びた鉱泉の宿に憧憬を感じており、行きでも帰りでもよいから宿泊して、湯上りの麦酒を飲みたい、と謂うような願望があるようだった。どんな望みを持とうと勝手だが、私はテントを張りながら、此迄であれば到底踏み入ることのできなかった、南アルプスの行程を歩くだけでよい。わざわざ温泉宿に金を払って泊まるつもりは毛頭無かったから、其れでもいいなら行くと、冷たいようだが実直に伝えたら、其れでもよい、とMも納得したから、我々は晴れて韮崎駅発青木鉱泉行きマイクロバスの車中の人となった。

名にし負う南アルプスの入門篇、鳳凰三山の登山口に行く土曜日のバスだから、どんな混雑が待っているかと覚悟していたのだが、マイクロバスの客は十数人で、私は全く拍子抜けしてしまった。甲州街道から山深い林道に入り、激しいバウンドを繰り返しながら、バスは淡々と走り続ける。此のバスは、乗客全員が青木鉱泉に行くことが判然としたので、途中、御座石温泉に立ち寄るのを省略し、予定より15分程早く到着した。青木鉱泉の敷地内駐車場に、夥しい数のマイカーが並んでいたから、私はやや認識を改めた。鳳凰三山の人気は、やはり疑いようが無かった。

古びた木造の、立派な青木鉱泉宿の広場で身なりを整え、地蔵岳の指標の立つ登山道に入った。小武川渓谷の広大な河川敷に沿って、堰提の工事だろうか、重機の音が五月蝿い道を歩く。途中、工事現場の都合で川を渡り、堰にぶつかると、ふたたび西側の山腹に戻り、緩やかに登る山道に入った。御座石温泉口から登る、燕頭山に連なる尾根から、幾多の支尾根が小武川渓谷に落ちて山稜を構成している。我々は燕頭山と御所山の山稜の谷間を流れる、ドンドコ沢に沿って行くルートを歩いている。遠くの頂は白い雲に覆われているが、渓谷の河川敷は、陽射しが河原に照りつけて眩しく、そして暑かった。

ドンドコ沢は、地蔵岳と燕頭山の鞍部から流れており、目指すのは其処にある鳳凰小屋である。韮崎駅に到着できる時刻の関係で登り始めが遅いから、小屋迄のコースタイム五時間半を気にしながら、大きなザックを担いで歩き続けた。テント装備で登るのも今回で三回目だが、私のパッキングが改善されてきたのか、其れとも重さ自体に慣れてきたのか、今日はすこぶる背負い心地が良いような気がする。

クレッタルムーセンHuginは、薄くて軽い材質のものなので、雨天好天に係わらず、常にレインカバーを装着している。カバーを付けていれば、休憩でザックを道の側に転がしても汚れる心配が無いし、交通機関で移動していても、ともすれば山中よりも格段に不衛生な地面にザックを置いても心の負担が少ない。そんな私のスタイルに感化されたのか、Mも今回から自慢のホグロフス製ザックに、誂えるように同社製のレインカバーを装着して登っている。其れは恐らく、百リットルくらいのものまで装着できる大きさのもののようで、後ろから彼が歩いている様を見ると、ザックが大きく膨らんで、背負っている人間の姿が殆ど隠れてしまう程だから、まるで巨大な袋が左右に揺れながら移動しているように見える。

暫く山腹に沿って歩き、左手にドンドコ沢が近づいて来て、登山道は沢に出た。大きな岩が林立する其の河原には、若い男女の団体が、思い思いに休憩と謂うか、嬌声を上げながら遊んでいた。其れ等を縫うようにして岩場を登り、ふたたび右へ旋回して、漸くジグザグに高度を上げて行く。ひと通り登ったら、延々と続くトラバース道を、ドンドコ沢に沿って歩く。樹林帯の中は涼しくて、心地よい山歩きである。ゆっくり進む我々の背後から、次々に若者のグループが近づいてくるので、頻繁に道を譲る。暫く歩くと、急に山腹の道が途切れ、水量豊かな沢に突き当たった。燕頭山の西南から伸びてくる沢が、ドンドコ沢に合流する手前の谷のような場所だった。此処にも数人の若者たちが休憩しており、我々は渡渉して先に進む。

岩場を越えるのに、Mは随分手こずっていて、後ろから見ていると、適切な足場があるのに、見つけられないでいて、無理な位置に足を掛けては苦労して歩いている。巨大な袋が岩の合間で蠢いている感じを眺めながら、私は其の後ろから、順調にルート・ファインディングをこなして歩いている。Mは以前、滝子山へ登る寂ショウ尾根の途上の岩場でも難渋し、大きな露岩で滑りそうになったことがある。そして寂ショウ尾根にはもう二度と行かない、と云っていたのを思い出した。岩場が苦手だと、此の先の沢沿いが続くルートが思いやられるなと、私は不安になった。

ふたたび山腹を捲くようにして続く道を歩くと、また薄暗い沢に辿り着いた。険しい谷から岩が突き出て、急峻から滝のように水が落ちてきている。清涼な場所なので、此処にも多くの人が休んでいる。高校生くらいの男子グループのひとりに、此れが南精進滝ですかと訊いたら、照れたように笑って、僕らも分からないんです、と云った。先程の沢が支流だと謂うことは地形図から読み取れたが、此処がドンドコ沢の途中なのかは、私も判別できなかった。いずれにしても、南精進滝で食事を兼ねた休憩をする予定でいたので、どうするか迷ったが、人が多すぎるので、とりあえず出発することにした。渡渉し、改めて捲くような道を登ると、程なく南精進滝を示す道標が現われた。其れで元気を取り戻し、我々は先に歩を進めた。やや険しい急登をこなし、唐突に視界が開けた。広大な瓦礫の谷に、豪快な滝が濠音を立てて落ちている。此れが南精進滝だった。

簡単な食事を摂りながら、見事な滝を眺めていると、徐々に賑やかな声が近づいてきた。先程の高校生が登ってきたのだった。そして、我々を見て快活に挨拶をすると同時に、南精進滝の絶景を見て、此れですか、と叫んだ。続いて仲間たちが駆け上がってきて、それぞれが、うわあ、とか、やられた、などと叫んだ。私は微笑を浮かべて、諸君、此れが滝と謂うものだね、と云った。そして皆で大笑いをして、それから、記念写真を撮った。

« 日向山、天神尾根界隈・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) | トップページ | 鳳凰三山・初めての南アルプス(中編) »

南アルプス」カテゴリの記事

コメント

そうそう、青木鉱泉から南精進滝がかなり長くて、僕もドンドコ沢の支流を渡るとき、これが南精進滝かな?
と思いました。
支流したって、岩がゴロゴロしてて、迫力あるんだよなあ。

あの支流には、「ここは南精進滝ではありません!」の立て看板が必要ですね。
みんな騙されるよ~。

ほんとに長くて長くて遠かった。
精神的ダメージもかなり大きいですよ。

テントかついでよく歩きましたよ~。
考えただけで恐ろしい!(笑)


前穂ショックでなかなか続編が書けないでいます(笑)

あの薄暗い支流の感じはちょっと精進、な感じがしますよね。
立て看板、ほんっとに立ててほしいです。

南精進滝からいよいよ激しい登りになりますね。
此の先があんまり愉快な話ではないので、
なかなか書き始められないというのもあるんですが…。

ここ両日で、やっと涼しくなり、心静かになれそうです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/47050587

この記事へのトラックバック一覧です: 鳳凰三山・初めての南アルプス(前編):

« 日向山、天神尾根界隈・登山詳細図踏査隊と歩く(後編) | トップページ | 鳳凰三山・初めての南アルプス(中編) »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック