« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

東京ゴルフ尾根から高取山・登山詳細図踏査隊と歩く(前編)

2012/5/31

秦野駅(8:00)---タクシー移動---東京カントリー倶楽部---高取山---454m峰---尾根探索---454m峰---念仏山---善波峠---吾妻山---鶴巻温泉駅(16:00)


120720_023021



集合時間に間もない頃、秦野駅に到着した。私は、少し緊張して、やや憂鬱な気分で、『登山詳細図』世話人の守屋二郎氏に、携帯メールを送った。憂鬱と謂うのは、初対面の方々と団体行動を行なうことに対する、ごく個人的な精神状況ゆえのことで、守屋氏にメールを送るのが憂鬱と謂うことでは勿論無い。私のような素人が登山詳細図踏査隊に加わって、役に立たないのは当然として、足を引っ張るようなことになりはしないかと、そんな、考えても仕方の無いことが脳裏を駆け巡り、萎縮しているだけのことである。ほどなく世話人氏から着信が来て、私たちはバス停に居て、ロードメジャーを持っているからすぐ判ります、と云った。

吉備人出版が発行する『登山詳細図』は、高尾山篇に続いて御岳山を中心とした奥多摩東部篇が出たことにも軽い驚きを禁じえなかったが、次は此れも関東の山歩きの人気エリアである丹沢篇を製作中であると云う。登山詳細図の概観は、二万五千分の一地形図を拡大したものをベースにして、コースのポイントになる地名などを青字で記し、登山ルートを赤線で引いてある。ルートは拡大図の利点で、知られていない尾根筋の道も多く紹介されているから、定番の登山地図では判別できないコースで山歩きを愉しむことができる。定番に慣れた者からすると、最大の特徴は、登山コース赤線の区分ごとに記されている数字が、所要時間ではなく、メートル単位の距離であることだろう。それは、踏査隊が自らロードメジャーと謂う測距離計を転がしながら山道を踏破し、記録したものなのである。

隊員は合計七名で、世話人氏の父御である隊長の守屋益男氏を筆頭に、男性二名と女性一名が岡山県から遠征して、三日前から集中踏査している。他に一人だけ若い女性が居て、私と同様、本日のみ参加のゲスト的隊員とのことで、なんだか、少しほっとする。守屋益男氏が厳かに、全員集まったので本日の計画を説明します、と云った。私は、心拍数が俄かに上昇していくのを感じた。

広げられた地図は、登山詳細図丹沢東部篇の、制作途上を複写したものだった。既に青字の地名や、磁北線、登山コース名などが印刷されていて、其処に手書きで、いろんなメモが記されている。今日の予定は、蓑毛方面に向かう県道70号を、東中学校前で右折して東京カントリー倶楽部と謂うゴルフ場までタクシーで移動し、其処から全員でゴルフ場内から派生している尾根を辿り、標高556.3mの高取山へ登る。

其処から三班に別れ、第一班は北上して450mくらいの、林道に行き着く手前の地点から北東に下りていく尾根を辿り、大山川沿いの子易と謂う集落まで歩く。このグループは隊長と岡山組の女性、ゲスト組の女性の三名。第二班は、岡山組の男性が単独で行動するので大変そうに思えるが、コースは高取山から南下して直ぐに分岐する、聖峰を経由して保国寺へ至るルートで、此れは昭文社にも記載されているコースだ。

残る世話人氏と岡山組の男性と私が第三班で、高取山から、さらに南下して454mのピークから東に伸びるふたつの尾根が栗原と謂う集落に落ちていく迄のルートを探索する。昭文社「山と高原地図・丹沢2008年版」を見ると、確かにグレーの破線が記されているし、地形図にも登山道の破線が記されている。権威に盲従してしまいがちだが、地形図には聖峰のルートは記されていないから、予断を許せない。いずれにせよ、私にとっては意表を衝かれるコースばかりで、ただ感心するばかり、と謂う面持ちで説明を聞いていた。この地図のコピーは三枚あるので、一枚を第二班に、そしてもう一枚は、と守屋益男氏は一瞬躊躇してから私を見て、あなたに渡しましょう、勉強になるから、と云った。私は、平身低頭で其れを拝受した。

二台のタクシーに分乗し、運転手が、ヤビツ峠ですか、と訊く。助手席に座る隊長が、いや、東京カントリー倶楽部、と告げたから、運転手は虚を衝かれたように訊き返す。それに構わず、隊長は地図を見ながら、東中学校前からトリップメーターで距離を測るようにと指示する。なぜ距離を測るのか、なぜ登山姿でゴルフ場へ行くのか、と謂うような、釈明ではないけれど、世間話でも起きそうな場面だが、守屋益男氏にそのような愛想は微塵も無く、タクシーの運転手も、何も喋らなくなった。私は、自動車に、トリップメーターと謂う装置があることすら初めて知ったので、そんなことに感心していた。今日はどんな日になるのだろうかと、ぼんやり思った。

ゴルフ場のクラブハウスの前に降り立った、登山詳細図踏査隊の面々が、靴の紐を締め直したりして、準備を始める。異様な光景である。皆が既にスパッツを装着しているから、私も慌てて準備する。丁度いいからトイレを借りていこう、と、隊長が飄々とクラブハウスに入っていく。途中で登山口を見たからと、車を止めて調査していた世話人氏達も合流して、青々としたゴルフコースの脇の舗装路を、皆で登り始める。途中、人を満載したゴルフカートに抜かれる。歩いたほうが健康にいいんだけどねえ、と、隊長が呟く。私も心中で首肯する。あれは早く移動しないと後が詰まっちゃうから仕方無いんですよ、と、岡山組最年少、と云っても私より一回り年上のUR氏がゴルファー主観の説明をする。いずれにしても、こんな登山口は見たことが無い。ゴルフボールが飛んできやしないかと、少しびくびくしながら舗装路を登り続けた。

やがて舗装路が尽きて、ゴルフ場に侵食したように突き出た尾根の末端の側面から、登山道の踏跡が始まる。漸く人工的な緑の地面から浮上していくような感じで、高度を上げて登る。広々としたフェアウェイよりも、樹林が繁る細い山道に、安寧を感じるのは不思議なことだと思う。やがて、倒木が道を遮っている箇所に辿り着いた。跨いで通ることは可能だが、此処で守屋益男氏が、じゃあちょっとやりますか、みたいなことを云った。岡山組のUR氏と、隊長に次ぐ年配のNR氏が、鋸を取り出して準備を始める。小枝を折り、道を塞いでいる屈強な枝を削り、切り取る作業を開始した。通れないことはないんだから止めなさいよ、と、岡山組の女性MTさんが諫めるように云うが、男性陣は意に返さず作業を続ける。私は、啞然としながらも、刈り払った枝の類を拾って道の側に放っていくような、露払いの逆みたいな行動しかできない。登山道は綺麗に開通復旧した。岡山じゃ荒れた道をずいぶん直しましたよ、と誰かが云った。だんだん、踏査隊らしい雰囲気の山行きになってきた。

整備された登山道でも、ロードメジャーを転がしながら登るのは、ある種の神経を遣う。メーターの横に、リセットボタンがあるんですけど、岩場などで、うっかりボタンの部分に当たったら、リセットされちゃいますから、とUR氏が云う。そんな気遣いをしながら車輪を曳いていく。木立の隙間から眺望が窺えるくらいの高さに入って、尾根は緩やかな道を刻んでいた。程なく電波塔が現われ、高取山に到着した。

丹沢東部エリアには、高取山と名のつく低山が数ヶ所見つかるが、此の高取山は最も市街地に近い南端に在る。眺望も東側に開けている。手軽に登ってくることができる好展望の山である。とは云いながら、こんなことでもなければ、まず訪れないようなコースだなあと、内心思った。尤も、鶴巻温泉から大山を繋ぐこの稜線は、トレイルランナーにはお馴染みのコースのようで、カラフルな恰好の人々が、頻繁に通り過ぎて行く。

呆気なく登り詰めた山頂で、皆は軽い休憩を取る。気候は薄曇だが穏やかで、いよいよ三班に分かれて踏査は本番を迎える。私は相変わらず状況を窺うことしか思惟が働かない。「この三角点は、少し角度が曲がってるねえ」と、隊長が呟く。三角点と記されている面は南方向の筈だが、コンパスを見ると、ずれていると云う。そんな視点にも、私は素直に圧倒されてしまう。小休止を終えて、皆が準備を整え、それから全員で記念撮影をした。

それでは分かれて踏査を開始しますが、と守屋益男氏が改めて皆に向かって云う。合流するのは南下した処に在る念仏山で、ルートによっては時間が掛かり、遅れて到達する班もあるでしょう。早く着いてしまった人たちは、と、ちょっと間を置いてから、

「念仏でも唱えて待っていてください」と云った。

ロードメジャーの朱色の車輪が、からからと音を立てて転り始めた。
高取山から南北に別れて、登山詳細図の踏査が始まった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »