« 蛇滝から薬王院、琵琶滝から東高尾山稜を越えて高尾霊園 | トップページ | 雲取山・初めての幕営(中編) »

雲取山・初めての幕営(前編)

2012/5/26
鴨沢(9:30)---七ッ石小屋---七ッ石山---奥多摩小屋---雲取山---雲取山荘(17:00)

2012/5/27
雲取山荘(8:30)---捲道---小雲取山---七ッ石山---捲道---鷹ノ巣山避難小屋---捲道---将門馬場---六ッ石山分岐---石尾根---奥多摩駅(17:00)

駅の階段を抜き足、そして差し足で歩廊に降り立ち、身体の重心はふらつくばかりだった。私は、よろよろと歩いていく。うら若きハイキング姿の娘が、面白いものを見るような顔で私を見ている。早朝の各停高尾行きの電車に乗って、座席に腰を下ろすと、疲労と寝不足の所為か、私の意識は深く沈んでいった。浅い眠りは立川駅の手前で遮られ、都合が良すぎる接続時間の青梅線電車は奥多摩行きに乗り換える。歩くのさえ儘ならないのに、早歩きを強いられる。そして奥多摩行きはたったの四輌編成で、車内はハイカーや部活の生徒などで既に満員なのであった。私は、膨れ上がった60リットル容量のザックをドア際に下ろし、朦朧とした気分で吊革に摑まって、立っていた。

何処かの駅に降り立ち、ひとり静かに山に入って、そしてまた何処かの駅迄戻ってくる。そんな、非日常の行楽で高揚する気分とは背反するような、自分でも判別できない、盛り上がりの欠落した山歩きが、自分にとって、身の丈に合っているように思っていた。しかし、日帰りでは辿り着けない、奥深い処に在る山に入って行きたい、と謂う欲求も徐々にこみあげてきていた。体験したわけでもないのに、情報によって認識した、混雑による窮屈な山小屋泊まりのイメージに、嫌悪感を抱いていた。テント装備一式を揃えることに、何も其処迄、と謂う自分への牽制も、依然としてあった。かなりの期間、煩悶しながら、初めてのテント泊を敢行することになった。行く先は雲取山で、東京の最高峰に、漸く登ることができる。

迷いに迷って購入したアライテントのエアライズ2、サーマレストのクローズドセルマットレスも、エアマットにするべきか悩んだ挙句決断した。寝袋はモンベル製のU.L.スーパー スパイラルダウンハガー3。此れはモンベルショップへ買いに行った際、最も軽量でコンパクトに畳めると熱心に勧める若い女性店員に盟友Mがほだされ、どういうわけだか店員と共に、私に此れを買えと勧める始末。高価なので躊躇したが、結局購入した。寝袋がこんなに小さくなるのかと、素直に驚いた。お湯さえ沸かすことができれば最低限の食事が摂れるだろうと、ジェットボイルも買った。最も悩ましかったのが大きいザックで、廉価なものでも昨今ではそれなりに作りはしっかりしているのだろうと、漠然と思っていたので当初はなんの色気もなかった。しかし、ひょんなことで知ったクレッタルムーセン製の軽量素材Huginが気に入ってしまい、とうとう煩悶する日々を経て注文してしまった。

瞬く間に買い物を続け、金額の絶対値で考えたら途轍もない散財だが、此れ等は幕営する為の最低限必要な道具であるから、何が自分にとって重要なのかと謂う思惟がぐるぐると頭の中を駆け巡った。結局、山の懐に此の身を預けると謂うことの無常感は、金を惜しむと謂う、日常ではごく自然な思惑を、まるで気泡のように弾けさせて、そして何処かに消し去ってしまっていた。

ぺらぺらな薄い素材(ザックカバーに背面のフレームを入れただけみたいな)のクレッタルムーセンに、覚束無い手つきで、パッキングをして、背負ってみた。興奮状態で、まるで現実感が無かった。テントを担いで、と謂うような重みが感じられなかった。しかし、いよいよ出発の未明、既に必要な道具を詰め込んだザックに、水を2リットルと、いつもの茉莉花茶1リットル、そして食糧を入れて、其れを背負った。不意を衝かれたみたいによろめいた。荷物の重さ其れ自体と謂うよりも、此れを担いだ儘半日余りも山を登り続ける、と謂う数時間後の自分の姿が脳裏に浮かび、私は慄然とした。奥多摩駅でMと待ち合わせをしているから、躊躇している余地は無かった。家を出て一歩踏み出した途端、私は、眩暈に似た感覚を引きずりながら、歩いていたのだった。

満員の青梅線電車だったが、拝島あたりで幸運にも座ることができたので、私は息苦しい気分の儘、ふたたび眠った。白丸駅を出たところで眼が覚めた。車内は閑散と迄はいかないが、だいぶ空いてきていた。程なく終点の奥多摩駅に到着し、歩廊に出て眼を疑った。奥多摩駅の歩廊は、まるでラッシュ・アワーの新宿駅かと見まごうばかりに、人で埋め尽くされていた。漸く階段迄辿り着き、人の波で密集した儘、ゆっくりと段差を下る。背中のクレッタルムーセンが得体の知れない生き物のようにゆらゆらと揺れている。此処で転倒でもしたら一体どのようなことになるのだろう、などと謂う暗然とした思いで、私は茫然とハイカーの波に揉まれながら、改札口へと向かった。

駅前はザックを背負った人波で埋め尽くされていた。其れ等を掻き分け、鴨沢西行きのバスに近づくと、不安そうにMが私を探しているのが見えた。ちゃんと合流できたのはいいが、鴨沢西行きのバスは、増便の一台迄もが既に客を満載して停まっていた。乗れないのか、其れも仕方が無いな、と私は内心思っていたが、西東京バスはこのような状況に慣れているのか、奥に停まっていた奥多摩湖行きのバスを鴨沢西行きに延長することにしました、と職員が宣言し、列を作らせてハイカーを詰め込んだから、我々もなんとか車中の人となり、喧騒の中でバスは連なって出発した。

鴨沢方面の客は押しなべてザックが大きいから、バスの中は単なる満員と謂う感じではなく、荷物と人が交錯して揉まれた儘、皆が必死に吊革に摑まり、首を動かすこともできないような有様だったが、途中、本来の乗客たちが水根で降りて、車内は漸く落ち着きを取り戻した。窓外に広がる湖の向こうに、御前山が快晴の陽光に照らされているのを眺める。あまりに陰影の無い山の風景は、銭湯のペンキ画のようにのっぺりとしていたが、其れが非日常感を増幅させる。私は大きいザックを抱きしめながら、どこまでも青い、空と湖を、眺めていた。

« 蛇滝から薬王院、琵琶滝から東高尾山稜を越えて高尾霊園 | トップページ | 雲取山・初めての幕営(中編) »

奥多摩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/45497839

この記事へのトラックバック一覧です: 雲取山・初めての幕営(前編):

« 蛇滝から薬王院、琵琶滝から東高尾山稜を越えて高尾霊園 | トップページ | 雲取山・初めての幕営(中編) »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック