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2012年3月

日ノ出山北尾根から闇の金毘羅尾根を歩く

2012/2/1


沢井駅(14:00)---神路橋---光仙橋---日ノ出山北尾根---日ノ出山---金毘羅尾根---武蔵五日市駅(19:00)

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遅い時刻になって思い立って出かけてはみたものの、何処へ行くのかさえ決められないでいたので、御嶽渓谷遊歩道を歩きながら考えることにした。日常の煩雑さから逃れるようにして、私は俯き加減で歩いていた。平日の冬の午後、空は薄い灰色の怪しい気配だが、それでもボルダリングのメッカである巨大な岩に、数人の若者が貼り付いていた。

発電所の河原で腰を下ろし、日ノ出山北尾根に向かうことに決めて、スパッツを装着する。数日前には都心でも積雪があったから、私のような装備不足の者は、冬の北面は忌避すべきなのは解っているので、何時でも引き返せるような気持ちの整理を行ない出発する。

光仙橋の袂の、唐突に在る石段から入山して、ひとつの瘤を越えてコルに至ってからは、ひたすら急登を直進する。誰も居ない山肌の途上で、私の熊鈴だけが鳴り響いている。やがて、鉛色の空から粉のような雪が舞い降りてくる。休まずに歩き続けて、露岩の上に立つ。惣岳山は薄っすらとしか見えない。出発して登り続け、高峰が左手に迫ってくるように近づき、いよいよ積雪が目立つようになってきた。

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降ったり止んだりする雪の舞う彼方から、ケーブル駅の発車ベルが聞こえてくる。痩せ尾根で暫く立ち止まり、霞む御岳山を眺める。少し下る段になって、道が凍結の様相を呈してくる。アイゼンを持たない儘、苦心して通過し、最後の登りは深い雪の、踏み跡を辿る。そして、誰も居ない日ノ出山の頂上に着いた。

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茫洋として遥かに見える東京の風景が、大粒になって降る雪の彼方に消えていく。振り返って、御岳山の方向を眺めても、いよいよ殺伐とした様相だった。東屋に掛かっている寒暖計は零下一度を示していた。次第に暮れてきそうな日ノ出山の頂上に居る私の身体が急激に冷えてくる。食事も摂らずに、帰路を思案する。安全なのは梅野木峠か、御岳山の表参道。だが、私は長大な金毘羅尾根を武蔵五日市駅迄歩くことにした。あと一時間もしないうちに薄暮が訪れ、宵の口になることは承知の上だった。荒涼とした日ノ出山の風情と、私の内心の空虚さが、なぜか連動しているように思える。私は、好んで、長くて暗いトンネルに向かって進むことを望んでいた。

完全に凍結している斜面の下りを、積雪部分を選んで、覚束無い足取りで辿る。つるつる温泉の看板を見て、もう気持ちが萎縮して、風呂に入りたいなどとは思わないが、松尾に下りようかと謂う迷いが忍び寄る。伐採されてぽっかりと開けた見晴らしの正面に、あの麻生山が悠然と聳えている。私の脚は、何の思惟も無く、金毘羅尾根に向かっていた。雪の残る道ではあったが、凍ってはいなかったので、徐々に薄暮の気配が辺りを覆う山峡に、入り込んでいく。

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麻生山の分岐を越えて、時折雪の塊は散見するが、お馴染みの歩きやすい道が続く。しかし、樹林の中は既に薄暗い。私は、いよいよヘッドライトを点灯して歩くという緊張感に、心が落ち着かなくなってきていた。そうなのだ。私は今迄、山で足元が覚束無いくらいに暗い中を歩いたことが無かったのだ。時刻は十七時を回っていて、武蔵五日市駅迄の何処かで、闇になるのは確実だった。私は、無用な早歩きになろうとする両脚を、なんとか制御しようと、自分の内心に言い聞かせながら、歩き続けた。

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突然、陽射しが差し込んできた。西の方向の空が広がり、端整な山のシルエットが浮かび上がった。大岳山と、其れに連なる山々が、茜色の空を背景にして聳え立っているのが見渡せた。私は、其れでなんとか気持ちが落ち着いてきた。陽は暮れる。しかし、荒天は無いのだ、と。ふたたび薄暗い樹林帯に突入し、無心で歩き続けた。やがて、送電線が左手から延びてきて、右手に立っている鉄塔へ繋がっている。樽窪ノ峰を通過して、徐々に左方向に登りが続く。立ち入り禁止と書かれた板が掛けられた金網が現われたところで、遠く東の方向に広がる市街地の景色が見渡せた。薄暮れに、灯火が曇っている。

薄暮に慣れた眼で、ザックの奥からLEDのヘッデンを取り出す。ホームセンターで買った安物で、未だ使用したことが無い。家の中を真っ暗にして、一応はテストで点灯してみただけである。其の時は、暗闇の中で、青白いスポット光は煌々とした明るさを作り出した。そしていよいよ山の中で初点灯である。しかし、あまり明瞭な光には見えない。私は、薄暮に慣れた視力が、未だ人工光に慣れていない所為だ、と理解して、とりあえず歩き出した。

白岩山の分岐を過ぎて、道は一気に南下の方角に向かって伸びている。樹林帯に入ると真っ暗だが、時折西の空を見ると、彼方は少し明るい。其れにしても、ヘッデンは全然明るくない。こんなものなのだろうか、と、不安が徐々に湧き上がってくる。突然、光源は不規則な点滅を始めて、やがて消え入りそうになっていった。

此れはバッテリーが無くなっている。やっと気づいた。まともに使用したことが無いのに電池が消耗する訳はないので、さては、と思う。おそらく子供が勝手に面白がって使用していたのだろう。私は小学生である次男の、無邪気な顔を思い浮かべながら、消え入りそうなランプだけを頼りに立ち止まり、ザックの中を探り始めた。ヘッデンを入れてあった巾着袋は、なかなか取り出せなかった。辺りは真っ暗で、手元を照らす光は、蝋燭よりも弱々しい。やっと袋を探し当て、代替用電池を取り出す。そして、ヘッデンの電池室を開けようとするが、どうやって開けたらいいのかが分からない。電池室を開けるテストは行なっていなかったのだ。私は激しく動揺していた。

ヘッデンの光源の裏に、細長い筒状の部分があって、其の端にある蓋を開ければよいだけのことなのに、暗闇で私は恐慌をきたしそうになりながら、漸く電池を交換することができた。いくら初めてのこととはいえ、私は滑稽なくらい動転している自分に、呆れてしまった。新しい電池を入れたLEDヘッデンは、見まごうばかりの明るさで、周囲を照らした。私は、安堵感とともに、自分は何をやっていたのか、と謂うような気持ちで、脱力感を禁じえなかった。

其処からは、何とも謂えない無心の境地で、延々と続く金毘羅尾根を歩き続けた。暫く歩いていると、前方の空に、やや朧の月が、煌々と光っていた。ヘッデンを消して、佇んでみる。しかし、強烈な光量に慣れた眼は、月の光の恩恵を甘受できはしなかった。複雑な思いに囚われそうになり、暫く動けないような気持ちになった。月明かりの下で、私は、煙草に火を点けた。

右手に人家の明かりが見え隠れし始め、やがて林道を眼下に確認できるようになる。林道を渡る橋に辿り着き、漸く此処迄来たか、と謂う気持ちになる。やがて武蔵五日市駅方面の分岐が現われたが、私は右に入り、神社の裏手から、金毘羅山を踏んで下山しようと思った。金毘羅山の巨岩が、私のヘッデンに照らされて、異様な迫力で、浮かび上がってきた。いろんな場所で、いろんな夜の風景がある。そんな当たり前のことを、私は、感じ入っていた。

闇の中の琴平神社の、社殿から石段を下りる処から、八王子方面の夜景が見渡せた。圏央道を走る光の帯が、真直ぐに伸びて、地平線に向かっている。眩い街の光が、其れに沿って放射状に拡散している。壮大な光景だった。

闇があるからこそ、光が映えるのだ、と改めて思った。

私は、私の鬱屈した心の奥底が、少しずつ、解き放たれていくような気持ちがした。

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