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東京多摩学園から天地山

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2011/12/11

白丸駅(10:20)---神庭---東京多摩学園---674地点---天地山---鋸尾根---愛宕山---奥多摩駅(14:50)

鋸尾根から忽然と現われ、眺めることのできる端整な天地山に、いつかは登りたいと思っていた。鋸山手前の指標に敢えて「行き止まり」と記されている地点を行けば、其の儘天地山へ向かうことができると謂う知識は得ていたが、かなりの急峻、それも岩場を登るらしいと聞き、心の片隅に怯むものが在った。そこで松浦隆康著『バリエーションルートを楽しむ』(以下、「松浦本」と一部で称され親しまれている由、其の表記に)を紐解く。読んで憧れるだけで、全く実践できない儘であったが、「海沢のカタクリ山から天地山」の箇所はなんとか実行できそうだと、其の部分をコピーして、少し緊張の面持ちで、私は白丸駅に降り立った。

A

陽当たりの無い冷たい数馬峡を辿り、トンネルを抜けたら明るい集落に出る。上坂から大楢峠の時も逡巡したが、此の辺りの道路は何故か迷い易い。「松浦本」に載っている「カタクリ山-天地山付近略図」でも、柿平橋からカタクリ山へ至る部分を拡大図で補足してある。私はカタクリ山に用は無く、花も咲いてないことだしカタクリ山も私に用は無いことであろうが、天地山へ行く為にはこの拡大図が必要だ。

柿平橋を過ぎ、休憩所で少し気持ちを整え、過剰に広い舗装路に出ると、其の真新しい橋が「つきどめ橋」で、情報では其れを渡り左折すればよい筈だが、「つきどめ橋」は、やはり新設された近代的な「神庭橋」と地続きのように構成されていて戸惑う。左上を見ると、山肌に沿って舗装路がカーブを描いている。これが天地山への道だろうと判断して、急勾配の車道を歩く。

蛇行する舗装路は高度が上がり、畑と民家の集落が現われる。途中、二又に別れる箇所があり、直進するべきかと迷うが、「松浦本」には東京多摩学園の生徒とボランティアが整備したと謂うコースも紹介されているから、初めての天地山は、此のコースで行こうと謂うことは、既に決めていた。だから、道なりに舗装路を歩く。

途中、老婆がゆっくり歩いているのに追いついたので、挨拶をしながら、東京多摩学園はこの先ですか、と訊ねた。お婆さんは耳が遠いらしく、少し困ったような顔をした。そうしたら、直ぐ目の前の民家から小母さんが出てきて、多摩学園は直ぐ其処を右に曲がるのよ、と大きい声で教えてくれた。お婆さんは笑顔で、私も此の辺りの案内はできるんですよ、だけど耳がよく聞えなくてねぇ、と、可愛らしい声で云った。私は、笑顔を返すことしかできなくて、其れでも大きな声で御礼の言葉を叫んで、ふたたび歩き始めた。

直ぐ其処、は右手に広大な敷地に小屋と畑が広がっている「おくたま海沢ふれあい農園」だった。此の敷地に入り、真直ぐに続く道を歩く。やがて突端に大きな老人ホームの施設があり、左に曲がり敷地に沿って傾斜を登って行くと、東京多摩学園の入り口が現われた。

全てが開放感を醸し出している雰囲気だが、学校の敷地内に入り込んでいくのには躊躇してしまう。しかし、此の儘でも居られない。構わず進んで行くと、作業服を着た若者がふたり、大きなポリタンクを両手に持って坂道を登っているのに追いついた。声をかけたらひとりが振り向いた。挨拶をしてから、天地山への登山口が何処かを訊くが、振り向いた彼は少し驚いたように目を見開いて、何も云わずに私を見ている。そして、踵を返してまた歩き始めた。障害者支援施設であることは承知で話しかけてみたのだが、驚かせてしまっただけの結果になってしまった。沈鬱な気持ちになって、私は立ち止まった儘になり、少し経ってからゆっくりと歩き始めた。

折り返しの傾斜の舗装路を登り、校舎の直前で畑に向かう砂利道があり、其処へ入って間もなく、天地山と謂う指標があった。鶏舎や道具小屋の脇を抜けて、細いが明瞭な道が山肌に沿って続いている。東京多摩学園の校舎が眼下に見えるようになり、やがて、ふれあい農園を俯瞰で見渡せる迄になった。やがて樹林の奥に入り、暫く歩いたら手製の木の扉のゲートが現われ、掛け金を外して通過する。登りつめたら眺望の良い場所で、氷川の町を望む。さらにジグザグに歩いて、また木のゲートが現われ、其処を通り抜けたら、「松浦本」に記されている林道に合流した。標高511mの地点である。気を取り直して歩き始め、本に書かれている「林道が右に曲がる所で支尾根に…」という箇所に着いた。右へ曲がる道は枯木が埋もれていたから、私は自然と直進して山肌に取り付き、急な傾斜を登り始めることになった。

B

もとより誰も居ない道行きだったが、静けさは格別となり、急傾斜を登り続ける。眩い陽光を木立越しに浴びて、遠く眺めると、明瞭に御嶽山奥ノ院の可愛らしい姿も窺える。と、突然、がさっ、と音がして、獣が慌てたように走り去って行った。黒っぽい色が網膜に焼きつく。熊だったのだろうか。身体の端々に緊張が走るが、前進するしかない。ひとつを登りつめて、遥か遠くに本仁田山がゴンザス尾根を前面に出して威容を誇って居るのが望まれる。緩やかな尾根になり、そしてふたたび急登になり、露岩が目立つようになって、樹林帯に潜り込む。やがてひとつのピークに達した。道は右方向に続き、更に傾斜を増してきている。此処が650m地点の、登山道との合流点なのだろうか。高度計を持たない私には判別できない。

少し休憩して、歩き始める。苦しい急登だが、道は明瞭で不安は無い。登りきったら一気に奥多摩の山々を一望できる気持ちの良い尾根歩きになった。氷川の町から鋸尾根が連なり、私の行く先の方へと山容が壁のように聳えている。少し平坦な儘遠くを見つめながら歩いていたら、またものすごい音がしたから、尾根の斜面を見たら、大きな茶色い獣が駆け下りていくのが見えた。私は、ふたたび全身が強張った儘、伏し目がちに歩き続けた。

C

何度かのアップダウンを繰り返して、辺りが薄暗いような雰囲気になってきた。空は相変わらず青いが、徐々に山影に入ってきていた。天地山の北面が白い。既に降った雪が残っているのだろう。歩きにくい枯葉の敷き詰められた道程が、徐々に湿ってきて、やがてうっすらと残る雪を踏みながら、最後の登りに差し掛かる。山頂手前の急傾斜は、やや蛇行して南面にシフトしていくと、さっきまでの雪が嘘のように長閑で暖かい道程になった。険しい登りを一気にこなして、山頂に着いた。

D

海沢の昇竜伝説と天地山の謂われが「松浦本」に書かれているが、興味深いのは、海沢が其の昔、沼であったということだった。奥多摩と謂う山奥にある海沢の地名を、ずっと異質に感じていたが、彼の昔、此の沼地は斯くも広大なものだったのだろうか。伝説は沼の地底に棲んでいた竜が暴れて大地を揺るがし、遂に沼は決壊する。天に昇った竜の軌跡が天地を分けるように此の地を再構成し、隆起して屹立したのが天地山だと謂う。驚天動地の暗喩としての竜は、どのような天変地異だったのだろうか。火山の噴火なのか、巨大地震に拠る大崩落なのか。古ぼけた天地山の山名板を眺めながら、「松浦本」のコピーを読み直しながら、ぼんやりと思った。

鋸尾根方面に向かって下山の途につく。大きな岩がごつごつと生えているかのように険しい。覚悟の上だ、と神経を研ぎ澄ませようとしていたら、鈴の音が聞こえた。全く予期しなかったが、登ってくる人がいる。岩の途上で精悍な顔つきの若い男性と向き合った。互いに挨拶をして、少し間があってから、あァ、こんな処で人と会うとは思わなかったあ、と其の人が云った。私も思わず、ホントですねぇ、と応えた。全く噛み合っていないように聞こえる会話だが、おそらく互いに実感として出た言葉だった。此の先は、ちょっと雪がついていたから気をつけて、とアドバイスを戴いて、別れた。

暫くして、彼の青年の顔に、見覚えがあるような気がしたので、何処で会ったのだろうと謂う思いが脳裏に染み付いてしまった。後に、下山して青梅線の電車の中でアッと思った。浅黒い顔に大きな瞳の、ちょっと驚いたような顔が、東京多摩学園で声を掛けた、あの生徒に似ていたのだったな、と気づいたのであった。

『バリエーションルートを歩いていると、季節の移ろいや兆しを五感で感じたり、自然の中に潜んでいる歌や声が聞こえたり、自然が発する鼓動と自分の呼吸が共鳴しあったと思えたりする時を、一般登山道よりも数多く、しかも印象深く体験することができます』(松浦隆康著『バリエーションルートを楽しむ』より抜粋)

自然の発する鼓動は、私の弛緩した神経を、そよ風のように撫でて、そして吹き去って、また突然、異形に変化して目の前に現われて、そして圧倒する。私は、山の中に居ると、空と大地と、単なる生き物である人間とのパースペクティヴが、まるで宇宙の外から俯瞰で眺めているかのように実感せられるような気がする。其れは過分に自分を卑小に感じていると謂うこととも違う。

全てのものが、等価値であると謂うこと。それを感じたくて、私は無為に、山に登り続けているのだと思える。

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