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2010年12月

日ノ出山北尾根

2010/12/1

御嶽駅(11:15)---日ノ出山北尾根---日の出山---三室山---日向和田駅(14:00)

11/14日向和田駅から日の出山。11/21石神前駅から青梅丘陵経由東青梅駅。11/23高尾駅から金比羅尾根経由高尾山。11/28沢井駅から高水三山。以上11月の覚え書き。

トレランシューズにサポートタイツ、そして長袖のアンダーウェアにTシャツの重ね着と謂う相変わらずの恰好では、さすがに朝の駅に降り立つと、冷たい空気に晒され寒気がするような季節になった。デイパックに畳み込んで入れるには薄手のフリースが丁度いいから、不安になるくらい薄着である。其れでも青梅や高尾の周りをうろうろしているだけなので、頻繁に行き交うトレイルランナーを見ると、少しだけ発奮して駆けてみることができる。冷たい空気は寧ろ心地よい涼風となり、下り道を浮かれた調子で駆けて、起伏が現われたらやがて息が切れる。そして、溜息をつく。駄目だ駄目だ先ず煙草をやめなきゃあ、と思う。やめられる時がくるのだろうか。暫くして、自分の願望と其の代償ということを考えてみる。果たして其れは走り続ける体力なのか、競争して自分の体力を相対的に評価されたいのか、ということになる筈なのだが、其れも判然としない。何が目的なのか自覚すらできないのに代償としての禁煙を何処に差し出すべきなのか、などと滅茶苦茶な理屈を捻り出して、私は再び無常感に浸りながら紫煙を燻らす。

久しぶりに都会から脱出するウィーク・デイ。私は相変わらず「奥多摩」と「高尾・陣馬」の二つの地図をデイパックに入れて中央線の電車に乗り込む。無為に、山道を駆けたいというような曖昧な目的に甘んじているからなのか、今日も出発時間が遅い。平日の朝の中央線上りは休日に比べると中央特快が少ない。立川迄各停で辿り着いて、どうなることかと思ったらほんの数分で青梅行きの接続があったので、導かれるように、私は今日も奥多摩方面へと向かうことになった。

平日でも賑やかな青梅駅でかけ蕎麦を啜り、奥多摩行きに乗り換える。高齢者のハイカーで賑やかな車内。私は少し窮屈な気持ちでぼんやりと車窓を眺める。石神前で反射的に腰を浮かしそうになるが、其の儘出発。二俣尾、軍畑と過ぎていく。紅葉が山里に降りてきているから、其の風景が心地よくて、茫然とした態で電車に揺られ、御嶽迄来てしまった。眩しいくらいの日差しと、青空の下に在る山峡の駅。私は、惰性のようにハイキングコースを走ろうかというくらいの気持ちだったが、己に鞭を打つような気持ちで、『山と高源地図 奥多摩 2008年版』では赤い破線ですらないマイナールート、しかしインターネット・ブログ記事で見受けられる踏破記事では、案外に整った登山道との呼び声の高い、日ノ出山北尾根を登ってみようという気持ちになっていた。

国道を奥多摩方面に暫く歩き、郵便局を越えた先を左に、多摩川の渓谷へと降りていく。河原の釣り人を一瞥して、冷たい風が吹き抜ける橋を早足で渡り、対岸の石段を上ると、御馴染みである滝本への入り口に立つ大鳥居が現われる。潜り抜けて其の儘直進して暫く歩くと、少し山陰になって薄暗い光仙橋を渡って直ぐ左手に、廃れた石段が在った。ブログでも色々紹介されている通り、石段の上に、此の先危険なので入山を控えるように、と謂う意味のことが書かれている看板が見える。別に不法を犯そうとしているわけでもないのに、県道の傍に立ち止まった私は、周囲をきょろきょろと見回し、慌てて其の石段を登る。なんだか、自分が御嶽の町から消え失せてしまったような気分になった。

光仙橋の下を流れる沢に沿って、取りつきから急な登りをこなすと、やがてひとつのピークに辿り着き、日当たりのよい道になるが、直ぐにまた下り、今度は腐葉が敷き詰められた鬱蒼とした樹林帯に入る。其の静けさに、平日のマイナールートを歩いているのだということを改めて認識し、私は此処に来て漸く、熊鈴を持参し忘れたことに気付き、言いようのない不安に駆られた。

ふたたび急登が始まる。道は明瞭で、ただひたすら真っ直ぐに南へと進んで登っている。ストックもないから、四股を踏んでいるかのような実直な足どりで、ひとつひとつ歩を進めていく。やがて登りきったら、少し緩い傾斜の道を行き、また急登が始まる。徐々に傾斜がきつくなってきたなと思ったら崖の上に巨大な岩が聳えていた。其れを避けるように左側に回って登りきり、少し戻ってくだんの巨岩の上に立つ。遠くに川苔山を望む良景が広がる場所に着いた。北面を登っていると周囲は日陰で薄暗いが、眺望が開ければ、所謂順光で風景を望むことができる。申し分のない晴天のベタ光線で眺める奥多摩の山々は、遠近感が却って乏しいような感じがして、絵に描いたような風景にさえ見える。暫く其の儘茫然と立ち尽くし、此処が地図に記されている「露岩」なのだろうか、と考えた。露岩という言葉自体普遍的に意味があるから、わざわざ記すということは、甚だしく突出している岩か、露岩という名称の場所なのか、其のどちらかと思われる。恐らく前者に違いないのだが、初めての道程なので、暫く様子を見なければ早合点になってしまう恐れがある。私は巨大な岩と眺望に背を向けて、ふたたび尾根を歩き始めた。

四つ目の急登をこなしてひとつのオアシスが在って、今度は左手の風景が開けてきた。尾根道には大きい岩が目立つようになってきたが、くだんの露岩程ではない。木々の間から山稜が見える。北面の尾根と並行しているので、其の風景は黄昏の気配を思わせる深緑の趣だった。綺麗な円錐のような形の山が見える。方角からすると、三室山のように思えるが、正確には判らない。連なっている山稜は、あのアタゴ尾根なのだろうか。北尾根の半分は過ぎていると思うが、目指す日の出山の山容は未だ見出せないから、左手に連なっているのが、梅の木峠から三室山に至るものであろうという想像しかできない。

また急登が始まる。なんとなく、此れが五回目の急峻だから、もう少しで目指す山容を捕らえるのでは、と謂う想いが浮かんでくる。疲労は其れ程でもない。しかし、繰り返す急登はひたすら陰の道を行くばかりで、黙々と歩き続けるから、精神的に抑揚が少ない。時折小枝の隙間から降り注ぐ強烈な逆光の陽光を浴びると、寧ろぎょっとする。淡々と登り続け、また平坦な道になるが、行く先は未だ不明瞭な儘であった。六回目を終えても相変わらず途上の雰囲気は変わらない。そして七回目。もう其の頃は無為に、惰性のように、そして空っぽの頭の中が心地よいくらいな気持ちで、脚を交互に繰り出して登っていった。

気がつくと枯木が目立つようになり、足元の土が荒々しい感触になった。そして右手に御岳山の神社が直ぐ其処に見えるような展望になった。道幅が狭い痩せ尾根になって、ふと立ち止まり振り返ると、のっぺりとした都県境の尾根の広がりが見渡せて、其の左奥に、久しぶりに明瞭に、三つドッケの、王冠のような姿を確認することができた。

気を取り直して前を見れば、日の出山は直ぐ其処に在るような気配になってきていた。相対して、道は急激に下り、最後の山肌にぶつかったところで、道は徐々に不明瞭になっていった。踏み跡の形態が多岐に渡って描かれているような気がした。最も抉れている踏み跡を選び、徐々に、其の急勾配が傾斜の度合いを増してくる。顔を上げると、もう人工的に作られた日の出山の周縁を巡る柵が見える。最後は無理矢理によじ登るという風な恰好で、日の出山の敷地内に、不法に柵を乗り越えて侵入するような感じで登頂した。取り付きと謂い裏口からの登頂と謂い、此れがマイナールートの所以なのだろうかと、独りで合点した。

東方向の武蔵野の眺め、其れから北方の山々、西方の御岳山。日の出山からの展望が、なんとなく物足りなく映る。日ノ出山北尾根の途上の、あの順光の眺望は、此処では得られない。私は、そんなことを考えながら、其れ程吸いたいと思わなかった煙草に火を点ける。私はふたたび、代償と願望に就いて考えてみようとした。しかし何も浮かんでこない。だからなのか、煙草は、其れ程おいしいと感じなかった。

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