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ヌカザス尾根から三頭山(後編)

2010/10/24

小河内神社バス停(9:00)---浮橋---イヨ山---ヌカザス山---鶴峠分岐---三頭山---鞘口峠---山のふるさと村---浮橋---小河内神社バス停(15:20)

不穏な曇天の色模様は相変わらずだったが、雨が降ることも無く、我々は漸く鶴峠分岐迄辿り着いた。地図の等高線を見る限りでは、ふたたび急登がやってくるのかと思ったが、此迄の道程に比すればどうということはなかった。枯葉の山肌が広がって、沈鬱な雰囲気の最後の登りに差し掛かったら、頂上と思しき方向から騒がしいくらいの人の話し声や、ラジオの音楽まで聞こえてきた。三頭山は南面から多くの行楽客が訪れるから格別驚きもないが、険しい行程の果ての風景とすれば面白くはない。と、思った途端、登山道は急に左へと捲道のように続いて行くから、怪訝に思って立ち止まった。最早目と鼻の先に迫っている頂上だったが、入小沢ノ峰を捲いてしまった後悔が、捲道に入るのを躊躇させた。そして無理矢理、山を直線的によじ登ることに決めた。Mが先頭になって、枯木の倒木に摑まりながら登っていくのを追随していった。右へと回り込むようにして漸く踏み跡に合流して、三頭山の西峰に登頂した。

たくさんの老若男女が群雄割拠してベンチや所々にシートを敷いて食事を楽しんでいる。騒々しいこと夥しい。観念して木の根に座り、Mがジェットボイルを準備する。私は温かいカップ麺を待望して沸かす水を取り出したが、Mは食べないと云う。例によって何故かと訊くと、麓に下りてラーメンを食べたいからだと云う。本社ヶ丸の時とはちょっと違う様子だが、疲労の度が過ぎて食欲が無いのだろうと察する。私は、最も早く帰途に着きたいならば、都民の森に降りて武蔵五日市に行くバスに乗る方法があると提言した。『山と高源地図』の、檜原都民の森拡大図を指し示したら、Mは少し関心を示したようだったが、バスの時刻が不明なのと、数馬から五日市駅迄一時間十分という所要時間を知り、此の案を拒絶した。そして、周囲の行楽客たちを見回しながら、此の人たちと一時間もバスに乗るのは厭だな、と云った。其れは少し理解できるような彼の言い回しだったが、何れにしろ帰路は長い道程になると思い、私は人知れず気持ちが疲弊していくような気がした。

木段を下り切ったら御堂峠で、此処で件の捲道が合流していた。正面の中央峰に向かう登りを完全に無視して、Mは右の捲道に躊躇無く舵を切るから、三頭山に登らないのかと訊くと、もういい、と、脇目も振らず歩いて行く。東峰の指標もごく自然に黙殺して通過するから、三頭山に登った気がしない。私は徐々に膝の痛みを感じて、鞘口峠迄の長い道を下っていった。

鞘口峠から山のふるさと村への道に入ったら、嘘のように誰も居なくなった。やがて沢が合流して、過剰な湿気で苔蒸した道を行く。次々に表れる、整備された木の橋が滑りやすく、其れ程速度は上がらない。しかし、其の苔に覆われた森の風景は見事で、私は目を瞠った。濃密な空気が充満する森の中を、徐々に慣れた脚が速度を上げていく。やがて舗道道路が現われたから、もう着いたのか、早かったね、などと言い合って地図を確認したら、蛇行している、あの奥多摩周遊道路だと判り、山のふるさと村迄はまだまだ距離があることを知り、我々は落胆した。

私は糠喜びの反動で、少し自棄になった気分で、再び進入した樹林の中を駆け始めた。サイグチ沢の流れは豊潤で豪快だった。其の流れを追いかけるようにして、私は走り続けた。瑞々しさが身体の中に吸収されていくような、妙な心地よさを覚えた。時々立ち止まって、引き離して見えなくなったMの姿を遠くに確認したらまた駆け始める。そうして、最後に沢を渡って対岸の坂を上ったら神社が現われた。其処に座って、煙草に火を点けた。Mは暫くして到着した。

神社を過ぎたら直ぐに駐車場が現われて、今度こそ終点だった。曇天の儘で雨は降らないが、キャンプ場は閑散として、バーベキューの残骸が不快に見えた。ビジターセンター迄来て、マイカーの行楽客が集まっているのを見て、さすがに羨望の念が湧く。此処からあの浮橋迄、まだ歩かなければならない。奥多摩湖に注ぐ川の広がりを眺めながら遊歩道を行く。

「今こそ普段の行ないがモノを言うね」と私が云った。小河内神社バス停の時刻は、想定外なので全く不明だから、懸命に歩いても、バスが無かったら意味が無い。闇雲に歩いて辿り着いて、バスが適当な待ち時間でやってきてくれるか、どうか。Mは笑う余裕もなく無言だった。奥多摩湖が開けて見渡せる地点に来たら、遠くに浮橋が判別できた。もうすぐだ、と云った途端遊歩道は律儀に湖岸を辿り蛇行してふたたび広い湖面から離れていく。やがて、あの蠅のようなオートバイの音が頻繁に聞こえ始めて、私は無言で、早足で歩き続けた。往路で分岐した「三頭山」の指標に辿り着いた時、改めて此迄の道程の苦しさが思い出されてきて、足腰に疲労が拡散していくようだった。

静かな湖面に浮かぶドラム缶橋を、ふたたびどかどかと渡る。対岸に着いて石の階段を登る。其処で最後の気力を使い果たしたような気分だった。しかし、バス停に少なくない人々が並んでいるのが見えて、私は一気に高揚した。バスは其程待たずに来るのだろうか。列の最後に着き、Mは少し遅れて、心底疲れきった様子で辿り着いた。そして、時刻を見てくる、と云って停留所の時刻表を確認しに行った。Mは笑いもせず、振り返って私に向かって、指を三本示した。「えっ、三分で来るのか」と、思わず私は叫んだ。そうしたら、直ぐ前に並んでいた年配のおじさんが、私を振り返って、満面の笑みで頷いた。私は子供のように、やったあ、と云って喜んだ。

奥多摩駅行きのバスが、朝と同じように、二台連なって、静かに湖岸の道路に姿を現した。並んでいた皆が、座れるよ、とか、よかったあ、などと、次々に声を上げていた。

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