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岩茸石山から沢井駅

2010/9/11

軍畑駅(12:00)---常福院---岩茸石山---惣岳山捲道---分岐---沢井駅(15:00)

酷暑の八月だったが、サロモンで調子に乗った儘、近場に出かける週末を過ごした。断れない酒席の翌朝に寝坊しても、或る時は高尾駅から駒木野病院経由で山道に入り富士見台迄行き、其処から日影に下りたし、亦或る時は高尾山口から草戸山を経て西山峠迄で暑さに力尽きて断念して国道に下りた。山に行けない日は電車で井草の方迄乗って行き、善福寺川を環七迄走破したりしていたらとうとう右膝を故障してしまった。

思えば大倉尾根の時も、転倒事故の痛みを忘れて調子に乗って下りを駆けたりしていた。此の覚え書きを読み返していたら、金比羅尾根を日の出山から武蔵五日市駅迄歩いた時に右膝が痛いと記してあったから、歩き方か走り方なのかよく分からないが、兎に角バランスが良くないようで、右だけが痛い。

九月になって少し自重したら痛みが退いてきたような気がしたので、いよいよ何処かに出かけようと思ったら寝坊した。酷暑が和らいできた週末。そろそろ山へ行きたいと思っていた金曜日の夜に、ふたたび断れない酒席が目の前に迫ってきて、如何様にも仕様が無く私は気もそぞろになりつつ泥酔した。

断れない酒の席というものは、其れがたとえ御相伴に預かることとは謂え、自分本位の都合で運ぶことでない以上、苦痛であることは歴然としている。そうして翌朝、控えめな感じで朝の七時に合わせた目覚まし時計の音も意味を成さず、漸く目覚めたのが午前九時であった。茫然としながらも、会社員だった頃は、若しかしたら断れない酒を他人に強要していたのかもしれないと思い、其の件に就いては慄然としてしまった。

頭の中が判然としない儘一時間後には自宅を出発していた。其れは日常で塗れに塗れたストレスを払拭したいがための行為である。重い身体と頭でなんとか中央線の快速に飛び乗る。デイパックの中には「高尾・陣馬」と「奥多摩」の二つの地図が入れてある。行先も決めずに、私は意味不明の切迫した神経の儘、電車に揺られていた。

尋常ではない遅い出発なのだが、立川駅、そして青梅駅と、妙に接続が良かったので、あれよあれよという間に奥多摩行きの電車に乗っていた。二俣尾駅からの歩きはさすがに飽きたので、今度は石神前か、などと冷房の効いた心地よい車内で考えているうちに軍畑駅迄来てしまったので唐突に下車した。真上から降り注ぐ直射日光は厳しいが、此の夏の炎天下を思えば普通の残暑という気がする。此処迄来てしまったら行先は高水三山しかないが、何時もどういうわけだか御嶽駅からの時計回りで、幾度か登ったこのコースの常道である軍畑駅からの反時計回りは初めてである。私は心静かに、其れでも高揚しながら正午過ぎの舗道を歩き始めた。

榎峠方面と別れる分岐を左に、高源寺に近づいたら平溝川の小さなせせらぎが涼しげな集落に入る。そして右に分岐して登山口の堰迄の傾斜が堪えた。何時もの時計回りならば漸く下山して舗道に出て安堵しつつ下る急傾斜であったが、其の真逆は当然の急勾配だった。昼下がりの炎天下で、見覚えのある盆栽が満載された家の軒先で休憩していたら、既に時計回りを終えて下山してきた人々が通り過ぎていった。私は少し眩暈を覚えた。彼等の後から歩いていって軍畑駅に着いて電車に乗ってしまっても不思議ではないような気分になっていた。太陽は真上にあって、熱い舗道は本当に急な登りだった。

漸く堰の脇にある階段を登り、登山道に入った。自重していた儘衰えた感の或る足腰に不安を覚える程疲れていた。川の流れが遠ざかり、植林地帯のジグザグを繰り返しているうちに、途中何度も立ち止まっては水を飲んだ。常福院迄の道程が異様に長く感じられて、本当に引き返そうかと思ったことが一回だけあった。常福院迄登れないなんていう結末は余りに恥ずかしくて書くことができない。そんなどうでもいい逡巡とともに、何とか境内に辿り着いた。高水山頂周辺の整備された休憩所と、訪れる人の多さに相対して、常福院には人の気配が感じられない。此処は何時来ても其の無言の佇まいが不気味である。常福院は残暑厳しい炎天下でも、其の威厳を保っていた。

迷うことなく捲き道に進路を取ったら、体力が蘇ってきた。平坦な道を、少し早足に歩き、やがて小走りに駆け出す。高水山からの下りに合流して、岩茸石山へと向かう尾根が開けてきて、北面の眺めが気持ち良かった。少し疲れた表情の子供たちと擦れ違い、後から更に疲れた顔の大人が歩いてくる。穏やかな山道に飽きた頃、岩茸石山への急勾配が現われ、私は漸く登る悦びを体感することができたような気がして、安堵した。そして、見慣れた山頂へ、初めての角度から進出して到達した。

静かな岩茸石山で握り飯を食べ、遥かに遠く見える棒ノ折山に別れを告げて、私は何事も無かったかのようにあっさりと下山する。途中年配男性の集団を駆けながら追い越し、瞬く間に惣岳山への岩場と捲き道の分岐に辿り着く。初めての反時計回りだけでは飽き足らず、私は此れも初めての惣岳山捲き道を歩こうと決めていた。青渭神社をパスするのは無礼なような気もするが、心の中で合掌して左へと進む。日当たりのよい捲き道は繁茂していて歩き難く、人も其れ程歩いていないような感じがしたが、やがて樹林の中に入るとごく普通の山道になった。やがて分岐の指標が現われた。捲き道と惣岳山、そして御嶽駅への分岐かと思ったら、右手に惣岳山、左手は沢井駅と謂う立派な指標だった。

「山と高源地図23奥多摩2008年度版」には書いていないルートが沢井駅迄整備されてあるらしい。私は少し躊躇したが、沢井駅方面に歩き始めた。道は確かだったが、やはり近年は歩く人が少なくなったのか、倒木があっても通り抜けられる道筋が無い処があったり、其れが植物の繁茂を助長していたりして、歩き難い。そして、随所に電力会社の作業用の道が分かれたりしているから、御嶽駅への「関東ふれあいの道」に比べると、格段に情緒が無い。腐食した枯葉が堆積した道は駆けると危険な感じで、私は初めての道であるということとは別に、恐る恐る進んだ。そして、鬱蒼とした分岐点迄下りてきた。

地図にはグレーの線が記されているように見えるが、軍畑駅方面に行くと思しき道筋が判然として見える。私は、小さな木片に明瞭に「沢井駅」と記された方角へ下っていった。沢が沿ってくる気配を感じるが、其れは確認できない儘、廃屋が現われて、少し歩いたらもう住宅地が現われて下山した。

相変わらずの暑さで、陽射しが眩しい集落に下り立ち、ふと振り返ったら、其の山道には不釣合いのように立派な「高水三山登山口」と書かれた塔が立っていたが、其れも廃れていた。広い舗道に合流したら右手に青梅線の線路が現われて、沢井駅が遠くに見える。

灼熱の舗道で空を見上げた。そして振り返って高水三山の方を眺めた。ふたたび駅に向かって茫然としながら歩いていくうちに、周囲の風景が真っ白に見えてくるような気がして、私は何とも謂えない疲労感に包まれていった。

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