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寂ショウ尾根から滝子山(後編)

2010/04/018

笹子駅(8:40)---吉久保---寂ショウ庵---滝子山---曲り沢峠---景徳院---甲斐大和駅(15:30)

斜めから登る山歩きの斜めとは私自身のことで、奇矯なコースを辿る山歩きという意味ではない。安穏と風景を愛でることもできず千千に乱れた心で歩いて居る。そんな心象を綴っているところだが、すっかり筆が進まなくなってしまったのは斜行せずに真っ直ぐ進めるようになったからなのかというとそうでもない。日常の諸事に追われるようになっても、爽快な気分とは程遠い。滝子山に登ってからもう二ヶ月が近くなっている。読者との利害関係もないから、どうしても書かねばならない理由はない、などとは考えない。なにしろ読者が居るのかすら定かではない。しかし山登りの記憶は其れ程薄れ易いものではない。私は未来の自分のために此の記憶を記しているだけなのだ、と考えることにして、寂ショウ尾根の続きを書くことにする。




初めての道のり。其れだけで心拍数は上がり、風景を顧みることなく足元を見つめながら、一歩、また一歩を繰り返す。山道は明瞭になり、次第に高度を稼いで、木々の繁りが浅くなってきて、ふと立ち止まる。笹子の街道を見下ろして、眼を上げると芽吹いた山塊が広がる。汗ばんできた額を拭って、踵を返すようにまた登り続ける。日差しが強烈になったと思ったら鉄塔が現われた。予定通りの確認ができて安堵し、そしてまた歩き続けた。

滝子山への最短ルートは「岩場あり、不明瞭、上級者向き」と地図に記された寂ショウ尾根。保守派のMと、根拠の無い革新派の私は頼りない机上の知識だけで、怯えながら初めて歩く道を進んでいく。其の心理状態がそうさせたのかどうか、足早に進んでいたら一人、また一人、単独行の登山者を追い抜いて、息つく間もなく大鹿林道に辿り着いた。

林道の右手に寂ショウ尾根の指標があり、崖を削っただけで出来ているような登山口が其処にあった。急傾斜でロープが垂れ下がってきており、尾根に取り付く取っ掛かりとしては、普通のハイカーには躊躇を促すようなビジュアルである。湿った土の崖を、ロープを頼りに登り始めた。後続のMが、早速泥濘に滑り転んだ。私は気づかぬフリをして緩やかな傾斜になる処まで一心不乱に進んだ。緊張感が消えない儘、静かな尾根の道を辿って行った。

気がつくと、明るい光の中を歩いているような気になった。痩せ尾根と言えるのだろうか。左右に広がる新緑の準備をしているかのような清々しい色彩の山塊が見渡せる尾根を辿りながら、徐々に高度を増していった。時折背後を振り返り、鶴ヶ鳥屋山の方角を眺め、その山稜を追って、あれが角研山あたりだろうか、などと思う。そうして登っていくうちに、岩が目に付くような道になってきた。

眩しくて眼を細めるような日差しの陽気だったが、現われた岩場は、二日前に降った雪が溶けかかったような感じで、重厚に濡れている風情だった。雪は都心でも積もるのかというくらい降り、春の椿事のような異常気象だったから、山の上では推して知るべしというようなもので、私は別段驚かない。しかし、Mは事前の情報である「道不明瞭」に加えて、溶けかかった雪で濡れた岩場を目の当たりにして、さらに寡黙になっていた。

崖のように険しくなった岩場は、道筋が不明瞭といえばそうだが、岩場だけに脚を掛ける場所は自分で判断しなければならない、其れはやはり崖でしかないのであった。岩を掴み、意を決してひとつずつ脚を前に、そして上に進めていく。やがてひとつの区切り迄登りきって背後を見たら遠近法を無視したかのような富士が白い頭を覗かせていて、それを遮っている三つ峠の電波塔が明瞭に見えた。

崖は相変わらず続き、緊張感を持続しすぎたせいか、何ともいえない疲労を蓄積させていく。其れでも痩せ尾根の両サイドに望む遥かに広がる山稜を眺めながら歩くのは爽快な気分だった。滝子山へ真っ直ぐに続く寂ショウ尾根は其れ故に急峻だった。Mは危険の確率が高まり続ける状況に耐え難い不満を抱えているのだろう。私は其れ程でもない。望むところではないが、若し事故が起きて全てが終わってしまっても、然程の絶望は感じられないというような気さえする。私だけが虚無的なのではない。山其れ自体が虚無的なのだ、などと考えてしまう。

浜立山から続く尾根に辿り着いたら、其処はもう雪景色だった。私とMは無言で、少し居心地が悪いような気分で先を急ぎ、漸く滝子山に登頂した。全方位を見渡せる絶景を味わえる山頂だが、狭い上に人が多く、我々は早々に退散する。北面になって積雪が増えて、足腰の疲労が増してくるようだった。それでも防火帯が現われ、広々とした道を行く頃は少し平穏な気分になった。しかし、甲斐大和へ抜けるために峠を目指す筈が、徐々に下降の度が増しているように思えてきて、焦り始める。こんなに下り続けたら、吉久保に戻ってしまうのではないかと不安になる。漸く曲り沢への指標が現われて安堵する。形の良い浜立山の姿に別れを告げるように、巻き道を辿って行く。ふたたび雪が深くなって、足元が冷えてきて、体力が消耗されていくのが実感できる。

峠に辿り着いた頃は、身も心も冷え切っていた。山影の曲り沢峠は、冬の晴れた日の夕方のような、心細く弱々しい陽光が逆光で木々のシルエットを描いている。私は猫背になって煙草に火を点けた。暫く動かないでいると、徐々に身体が冷えていく。何処まで続く泥濘ぞ、という気分で大鹿山方面へ足を踏み出す。大振りな景徳院への指標が現われ、其方に舵を切り、無心で駆けていく。雪は嘘のように消え失せ、緩やかに続く長い下りを駆け抜けていった。

以前、笹子雁ヶ腹摺山からお坊山経由で景徳院へ下りた道の、隣の尾根を駆け下りたわけだが、其の終点は既に境内のようだった。都心では散ってしまった桜が、此処ではまさに絶頂を極めたかのように咲き誇っていた。私とMは、今日初めて報われたという気持ちで満たされた。景徳院の古色蒼然とした山門の前で、座り込んだ儘立ち上がることができないでいた。

苦痛と快楽が混在して、其れでいて、ただ浮遊しているだけのような、なんともいえない気分に、私は満たされていった。

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