« 相模湖駅から高尾山.(後編) | トップページ | 高尾駅から影信山(前編) »

塔ノ岳・書策小屋跡・政次郎尾根


2010/03/20


大倉(8:40)---大倉尾根---塔ノ岳---新大日---書策小屋---政次郎尾根---戸沢---大倉(14:50)


悪天候は兎も角として、緩やかな行程が続いたから、今度はひたすら登り続けたいという気持ちだけで、Mと私は大倉バス停にやって来た。大倉尾根を塔ノ岳迄ひたすら登り続けるというだけの目的なので、Mは莫迦尾根をピストンして早く打ち上げをしたいという雰囲気だったが、私は折角なので下りを変えて知らないルートを歩こうと提案した。塔ノ岳から表尾根へ、途中から分かれる政次郎尾根を下って戸沢迄歩いてみたい。内心の私は三ノ塔からヤビツ峠迄を歩いたことがないので、大倉尾根から表尾根を踏破してみたいという欲求もある。しかし、何故だかMは表尾根に関心が薄いようで、表尾根に向かおうと言っても返事が芳しくない。今迄も表尾根に行ってみよう、と誘っても「あの辺は蛭が多いから」と、根拠が曖昧なことを言ったりしていた。地図を示して、塔ノ岳から大して歩かないうちに表尾根を外れること、戸沢から大倉迄は林道なので、距離があるように見えるが所要時間は其れ程かからない、というポイントを説明して、なんとか説得することができた。


大陸からの黄砂の影響があるのか、晴れてはいるが遠い山並みや、秦野市街の遠景が薄ぼんやりとしている。植樹祭による特需なのか、登り始めてから暫くは、重機の作業音が五月蠅いから観音茶屋から尾根上を目指し、逃げるようにして脚を早めていく。雑事場の平は今日も休んでいる人が多くてゆっくりできない。歩きながら呼吸を整え、見晴茶屋から第一弾の急傾斜が始まる。Mに初めて連れて来られた時は、この階段で三回は休んだものだった、というような感慨に耽りながら一歩ずつ脚を上げて進んでいく。登りきったら木の歩道が渡してある処を緩やかに登っていく。急登に続いて断続的に登る道は、遠く迄見通せるくらい真っ直ぐ続いていて、その視覚効果が手伝っているからなのか、案外辛い。


駒止茶屋迄来ると気持ちが落ち着く。平坦な道を、表尾根を右手に見ながら、強風が吹き荒れながらも春らしい空気を感じながら歩く。左手に見える筈の富士山は、他の山並みが見える分だけ、何故だか忽然と姿を消してしまったかのように、其れだけが見えないという感じで眺めることができなかった。


其れ程急いだ気持ちは無かったが、堀山の家に到着したら一時間二十分が経過していた。普段より十分位早い。握り飯を食べて少し休憩していたら、その傍らにザックがどすんと下ろされてぎょっとする。単独の中年男性は、素振りだけではなく、ラジオを鳴らした儘向かいの席に座る程行儀が悪い。そして、ぶうぶうと洟をかみ始めたので、慌てて立ち去ることにした。


前回の丹沢で転倒し負傷した花立迄の道なので、私は人知れず慎重に登って行った。崩壊していた木段が新しくなっていて、有り難いことだが、其れ故に登らされているような感覚が強くなって、却って疲労感を覚える。天神尾根分岐を過ぎて登ったら現れるベンチのある平坦な場所に、木の通路が新設されていた。確かに泥濘が発生しやすい場所だが、広場という雰囲気が無くなってしまったような気がして、私は腑に落ちない気分で其処を通り過ぎた。ざらざらした岩場を延々と登り、漸く風景が一望できる処まで来たが、相模湾も今日は霞んで見ることができない。最初の頃は、何度も彼方を見上げて、何時になったら終わるのだろうと息を切らしたものだった花立山荘迄の階段は、今は覚悟が出来ているので、無心で脚を運んで行くと、呆気なく登りきることができる。眺望は本来の出来ではない花立山荘だったが、先程の不快な休憩をやり直す為に、何時になく長い時間を過ごすことになった。右の訓練所尾根も、左の表尾根も、なんとなく薄い色で累々と連なっていた。


少しの急登でザレ場が広がり、深呼吸して、金冷やし迄のアップダウンを行き、道は次第に泥濘が増えてきた。Mは前回の悪夢が甦ってきたのか、泥濘を執拗に避けて歩く。最後の木段を無心で登り、冷たい風が吹き荒れる塔ノ岳に着いた。蛭ヶ岳も不動ノ峰も、やはり薄い色で並んでいる。私は我慢していた煙草を燻らせる。ひたすら苦しい登りをこなすだけで、気持ちを浄化することができる。其れが改めて、不思議だな、と感じた。


中で暖まっている人で満員の尊仏山荘を尻目に、我々は早速表尾根に進路を取る。強風は冷たさを抑えながらも、其の勢いは増してきた。泥濘も更に増えて、Mはロープの柵を越えて並行して歩き始めた。気持ちは分かるが丹沢の保全という観点からするとマナー違反である。言葉で指摘せずに、私は仕切られた泥濘の登山道を歩き続けたので、Mも仕方なく本線に戻った。無風で温かい木ノ又小屋のベンチは、若いグループで占拠されていたので、其の儘直進し、新大日に到着する。此処で昼食の大休憩にした。


案外景色がいいな、とMが言うので、改めて抱いてきた疑念の為に、表尾根は何時頃歩いたのか、と訊くと、いや初めて、と答える。何故歩いたこともないのに蛭が沢山居るなどと言っていたのか理解に苦しむ。Mは塔ノ岳から先の、丹沢山から蛭ヶ岳へのルートが丹沢の醍醐味と言い、其れは私も全く否定しないが、だからと言って表尾根を否定する理由は見つからない。ガイドブックの巻頭に出ている観光ルートという印象だけで避けているのか、莫迦尾根を過剰に贔屓しているのか、どちらかなのだろうと憶測した。


新大日から表尾根に出ると、果てしなく広がる空の下を行く尾根道である。真正面に三ノ塔が聳えていて、其の手前に連なる山々へと向かって道が続いている。私は今迄表尾根を行く時は悪天候に遭ったことが無くて、今日も風に吹かれながら太陽の恩恵と共に歩いている。なだらかに下って、登り返すと直ぐに書策小屋である。しかし、辿り着いたら、見慣れた廃屋の姿は無くなっていて、焚火の煙と、大勢の人がたむろしている小高い丘だった。


書策を、かいさく、と読むことも知らなかった初心者の私は、其の廃屋が渋谷書策という人が建てて住んでいたということを知る筈も無かった。インターネットの効能で、気になるローカル有名人のことも簡単に調べることができるようになったから、この趣の有る廃屋の軌跡に思いを馳せながら、何度かこの場所に佇んだのであった。其れは何時でも暖かな日差しの下であって、廃れた小屋の中の惨憺たる有様は、長閑さの中に際立つ違和感を醸し出していた。其処だけ、時間が止まっているような感じがした。


私は自分が何故山に登ろうとしているのか解らない。脚が痺れる迄疲れきってから、そこで夢から覚めたように長い距離を歩いてきた自分への、何とも言えない感慨を覚える。私の心に隙間があって、其れは恣意的に埋めることができない。私が私で無くなる位、苦しみの果てに呼吸をして、喉が渇いたら潤して、其れだけで充足できるという、無意識に生きることを望んでいる部分が有るから、広がる空の下に在るのに時が止まったような廃屋の、闇を内包した佇まいに共感を覚えるのだ。書策小屋は、そんな異様な雰囲気で、私の中に存在していたのだと思う。


書策小屋のトタンが綺麗に畳んで梱包して積まれていて、焼却の煙の中で人々が作業を終えて安堵している。私は何ともいえない気持ちで立ち止まり、其の風景を眺めていた。休憩場所のベンチに、写真が入った額縁が置かれていた。立派な角の牡鹿と、渋谷書策さんのポートレイトの、手札サイズの写真が二枚並んで額装されたものだった。小屋の中に飾ってあったものだろう。私は何の関わりも無い人間だが、万感に至るような気持ちに捕らわれてしまった。其れから少しして、渋谷書策さんの写真が妙に粒子が荒れていて、周縁にマーカーで塗りつぶした部分があることに気付いた。其れはテレビの画面を複写した写真だった。取材を受けた番組のひとコマがお気に入りだったのか、誰かから贈られたものなのか。私は何故か、テレビ画面のテロップ部分を黒く塗り潰して迄飾るという無頓着な行為に、好感を覚えた。


勝手に感慨に耽っている私の心の裡を知る由もなく、Mは遥かに広がる丹沢山塊の風光明媚を眺め浸っている。表尾根を再評価してくれているといいけどね、と、私は独りごちた。


書策新道に下るという突発的な行動への衝動に駆られるが、今日こそは何のアクシデントにも遭わず下山したいというMへの配慮を重んじて、其の儘尾根を直進して下って行く。程なく戸沢という指標が現われ、右折して政次郎尾根に踏み入った。細い崖に沿った道で、ひたすら勾配をジグザグに下りて行く。眼下に漸く樹林帯が現われたら、左手に見えていた三ノ塔は、何時しか見上げるような位置に聳え立っていた。


賑やかだった表尾根から外れて、誰にも出会わなくなったな、と思ったら、高齢の女性二人組が登ってきて吃驚した。二人の年齢は親子くらいの差だろうか、後から登ってきたお婆さんは、古希どころか傘寿にも達しようかと思しき風貌だった。挨拶したら、もうお帰りですか、と訊かれた。そして、やっぱり早く出かけなければ駄目ね、と、独り言のような感じで呟いた。私は自然と、お婆さんの前に立ち止まった儘、言葉を待った。山の上はどうでしたか、と訊かれ、私は、塔ノ岳は凄い強風でした。だから私は新大日でお昼御飯にしました、と、莫迦みたいに丁寧に、何かを報告するような感じで答えた。


そうですか、と、お婆さんは静かに言った。それではお気をつけて、と、ふたたび静かに歩いて行った。私は茫然と彼女の後姿を見上げて、其の儘、動けなくなったように立ち尽くしていた。


私の時間が、自分で制御することができないような感じで、止まってしまったかのようだった。



補記


インターネットのニュース記事より。


『不法投棄物や廃虚となった建造物など丹沢の「ごみ汚染」問題に県、秦野市、丹沢山小屋組合などが21日、初の「表丹沢クリーン大作戦」を実施する。企業や山岳関係者など50団体に協力を要請しており、登山経験のある市民ボランティアの参加も呼び掛けている。回収した不燃物などはヘリコプターで搬送する。
クリーン作戦は、大倉登山口から塔ノ岳を経て書策小屋までとヤビツ峠から書策小屋までの2ルートで、登山道周辺に散乱しているペットボトル、瓶、空き缶などを中心に回収する。参加者数は約500人を見込んでいる。
登山道周辺や斜面に放置された朽ちたドラム缶、機械部品、トタン板、埋められていたが地表に露出した瓶、空き缶などの回収や、廃虚となった建造物の解体作業は、13日以降、山岳関係者や山小屋組合関係者が行う予定だ』(20103月)

« 相模湖駅から高尾山.(後編) | トップページ | 高尾駅から影信山(前編) »

丹沢」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/33924776

この記事へのトラックバック一覧です: 塔ノ岳・書策小屋跡・政次郎尾根:

« 相模湖駅から高尾山.(後編) | トップページ | 高尾駅から影信山(前編) »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック