« 相模湖駅から高尾山.(前編) | トップページ | 塔ノ岳・書策小屋跡・政次郎尾根 »

相模湖駅から高尾山.(後編)


2010/03/07


相模湖駅(10:00)---大平小屋跡---明王峠---堂所山---影信山---小仏峠---城山---一丁平---高尾山---薬王院---清滝駅(16:40)


矢の音山を巻くような登り道に入り、右手が開けてきたが、一面の霧だった。雨は強くも弱くもならず、着実に降り続いていた。私は少し後続を気にしながら歩いたが、此の傾斜も長くは続かない。小さな尾根を進むとやがて寂しげな矢の音山への分岐に着く。少し休んで下りになって、吉野方面からの道と合流し、また軽い登りと、そしてまた下って、栃谷坂沢林道に出る。好天ならば休憩したくなるような処だが、相変わらず皆は私が休もうという素振りを見せても同調して呉れない。若しかしたら、皆は早く山歩きを終えて麓で飲み会に突入したいとでも思っているのだろうか、という考えが浮かぶ。未だ全行程からすると序章に過ぎない地点に居るから、少し考えを修正して、影信山に早く着き、きのこラーメンでも食べて暖まりたいという考えなのかも、と憶測を立ててみた。相模湖駅辺りで、Nが矢鱈と、きのこラーメンという単語を発していたのを思い出した。


お前等何でザックを置いて休まないんだと詰問する訳にもいかないし、私はふたたび先頭に立って林道を横切り、急勾配の入口に向かった。途中に有る石投げ地蔵で漸く皆が案内板の説明文を眺めたりして小休止した。木の階段が現われて、断続的に登っていたら、呆気なく明王峠に着いた。


雨宿りできる茶屋のベンチで漸く大休止する。風は無いが開けた峠は徐々に冷えてくる。MとNはもう食事にしようと言うが、私は影信山でなめこ汁と一緒に握り飯を食べるけど皆ご自由にと答えた。Nは、其れもいいな、では握り飯は取って置いてカップ麺を食べるかと言って魔法瓶を取り出した。義弟君は電車を乗り過ごした位慌てて出かけてきたので、其の余波なのか、準備しておいた行動食をすっかりザックに入れ忘れてきたという。Nは、さすが義兄というべきか、カップ麺をもうひとつ余計に持って来ていて、恐縮する義弟君にお湯を注いでやっている。後輩君はソツのない準備であって、握り飯やカロリー補給食品などを齧っている。Mは黙々と握り飯を食べている。


普段はひっきりなしにハイカーやランナーが往来する明王峠だが、今日は誰も現われない。後は影信山へと向かって県境の尾根を歩いて行くだけである、と思っていたが、此処から意外に難渋することになった。多くの人が踏んでいる整備された道は、連日の雨で所々が水溜りになっていた。広い幅の道は殆どが池のように水が溜まっているから、必然的にざぶざぶと靴を水に浸して進まざるを得ない。泥濘と水溜りが延々と続き、所々に有る指導標で道を確認しながら、速度を上げられずに進んだ。


ところで暫くスイッチバック登山靴のことに触れていなかったが、前々回の大田峠から扇山の時から履いていて、前回のゴンザス尾根も終始履き続けていた。足首の痛みは殆ど無くなっていて、下りでは何時ふたたび訪れるのかという危惧と若干の恐怖はあれど、不思議だが段々と馴染んできている。今日の私は雨合羽の上だけ着用し、下半身はウール地のニッカズボンの儘だが、ロングスパッツにスイッチバックの組み合わせで、泥濘も全く気にならないので快適に歩行できている。問題はMで、彼は今回のコースを余程軽視していたのか、背中はデイパックで、足元はメレル社製のローカット靴であるカメレオンを履いて来ていた。スパッツを装着していても、表面の地が柔らかい靴はドロドロの茶色になっている。ゴアテックス仕様とは謂え染みていないのか、と聞くと、何時もの強情張りで、全く問題無いと答える。本当だろうかと疑念が湧く。デイパックに入らないのでストックも持参していない。こんなに装備が手薄なMは初めてである。


行く先から道は逸れてしまうが堂所山へと登り、其処から下る時に、とうとうNが泥濘に滑り転んだ。橙色の雨合羽が泥まみれになる。其の後、尾根は小さなピークが時折現われながら続くが、指導標に巻き道が有る場合は巻き道へ行こうと、Nが断固として主張するようになった。巻き道は概して水溜りが多いような気がしたが、被害者を尊重して粛々と進む。


随分歩いたなと思った頃、巻き道の無い登りが始まり、漸く影信山かと思ったら、小高い唯のピークだった。其処から下る道は大きく抉られたようになっていて、泥濘は見るからに滑りそうな感じだった。慎重に、靴を横に向けて、スキー板のエッジを利かせるようにして、時折ずずっと滑るのを堪えながら下って行った。背後で、Nが後輩君に、滑りそうだからと謂って前屈みになると却って良くないんだ、というような訓示を与えているのが聞こえてきて、其の直後に鈍い音がしたので振り返って見たら、Nがふたたび転んだのだった。言ってる傍から自分が転んだので気の毒だなと思う間もなく、思いがけないことが起こった。立ち上がりかけたNの背後から、滑って転んで仰向けになって其のままずり落ちてきたMが追突し、二人は揃って泥濘を転げるようにして坂をずるずると落ちて、やがて止まった。


Nは免疫があるから笑うしかないという風情だったが、Mはまるで世界の終わりがやってきたかのように、悲劇的な状況を其れでも受け入れ難いというような、そんな様子だった。

私とMだけが、雨合羽のズボンの方を穿いていなかった。私がそうなので断言できるが、こんなコースで転ぶ訳が無いという慢心に依るものである。あまっさえ、Mは今朝の電車内で、随分軽装だな、という私の問いに、このパンツは素材はおろか縫合も良く出来ている逸品なのだと豪語していたのである。ホグロフス社製の格好良い彼のズボンは見事に泥だらけになってしまった。ストック無しがこんなに大きな代償とは、と思う。


満身創痍で下り終えて、惨劇と言って余りある状況だったが、気がつくと義弟君は未だ坂の上に居た。少し思案した後、彼は道を大きく逸れて、泥濘の無い木々を渡り歩くように、ジグザグに下りてきた。中々上手いコース取りだねと感心して言ったら、この靴なので必死ですと答えた。彼の靴は其程貧相には見えないが、Mに、ゴアテックス仕様で無いので此れじゃ大変だと、散々脅されていたのであった。皮肉と言えば皮肉な状況になってきている。


興奮冷めやらずも雨中の道は延々と続き、本能的に巻き道が現われたら巻き道へと進んでいたら、何時の間にか影信山まで巻いてしまっていた。今迄あんなに指導標が有ったのに、肝心のところで何の印も無いのが不思議だった。小仏峠からの道を、其れでも我々は素直に影信小屋を目指して登り始めた。


なめこ汁だとかきのこラーメンとか、本気で其れが在ると思ってきたのが我ながら可笑しい。影信山の山頂には人っ子ひとり居る筈もなく、小屋も当然無人で、雨は霙から大粒の雪が横殴りに降り注ぐ迄になっていた。屋根の有る休憩所で、皆は茫然と立ち尽くした儘だった。私は其れでも空腹なので、予定通り握り飯を冷たい麦茶で食べる。そして、遅ればせながら雨合羽のズボンを取り出して穿いた。複雑な表情で私を見ながらMは、俺はこの儘じゃ店にも入れないから下山したら雨具に穿き替えるよ、と言った。気の毒である。


前回に引き続き、惨憺たる状況だが、高尾山域に入って精神的に楽になったからだろうか、何故かエスケープして高尾に下りようという意見もなく、我々は小仏峠を目指した。此処からはNが先頭になって、私が丁度真ん中の位置になった。Nは意外に早いペースで歩き、後輩君が続いたが、私は徐々に遅れて、引き離されていった。脚がだるくなって来ていた。小仏峠から城山までは時折巻き道が現われ、今度はNが其の都度、どうする、と私に言うから、勿論登るさ、と意地になって応える。


城山でひと休みしてからいよいよゴールへと進路を東へ取る。思えばこんなに人が居ない高尾山一帯を見るのは初めてであって、其れは其れで面白い風景だなと感じる。整備された木の段は如何にも滑りそうで、時折藁のゴザが敷いてあると安心して早足になる。一目散に高尾山を目指していたが、Nは律儀に一丁平の展望台へと分かれる道に登って行く。広々とした展望台は白い霧に覆われていた。我々は見えれば素晴らしい筈の景色に向かって、それぞれが無言で佇んでいた。Nがカメラをセルフタイマーにして段差の上に置いた。全員で記念写真を撮った。どんな顔で写っているのかと、想像するだけで可笑しくなる。


泥濘と水溜りで覚束無い足取りに神経を遣い、そして結果的にはかなりの距離を歩いてきたから、高尾山の手前で、私はかなり疲労を覚えて、足の裏も痛くなってきた。富士見台への階段で、後ろの義弟君とMに追い越されて、よろよろと登っていたらNが手摺に寄り掛かって休んでいた。やっぱり飛ばし過ぎたよ、と言ってNは中々休憩をやめなかった。


自動販売機に商品を搬入している人が居るだけの、静かな高尾山の頂に着き、皆で健闘を讃え合った。もう早く下りて麦酒飲もうとNが言い、お腹がグーグー鳴ってます、と義弟君。山登りって大変なんだなあ。勉強になりました、とは後輩君である。Mはまるで仕事で高尾山にやってきた人みたいに真剣な顔で、舗装路の多い1号路を通って下りよう、と言った。


車道を兼ねた道は杉並木に覆われ、雨に煙っている。私が余りに遅いので、Nのグループは先に行って姿が見えなくなった。Mとふたりで、ゆっくりと歩く。私は体力の限界で、Mは精神力の限界を迎えようとしていた。薬王院の裏から階段を下りて、お堂に向かって手を合わせる。本堂への階段から見下ろす霧の中の薬王院は、まるで深山の幽谷に建つ秘境のお寺みたいだった。山門で皆が待っていた。


もうケーブルカーに乗ろうと、全員一致で決まって、駅に向かって歩く。こんな雨だが観光客がちらほらと現われる。変な話だが、女の子のスカート姿がものすごく刺戟的に感じてしまう。独りで勝手に照れるように俯いて歩いていて、気がつくと仲間は既に遠く先を歩いていた。慌てて、待ってくれよう、と、漫画のエンディングみたいな感じで、私は杉並木の中を、走って行った。


« 相模湖駅から高尾山.(前編) | トップページ | 塔ノ岳・書策小屋跡・政次郎尾根 »

中央本線沿線」カテゴリの記事

コメント

雨の景信山から高尾山。しっとりとした静かな雰囲気だってことが、見事に描写されてますね~。
雨の高尾もいいかもしれないなあ。

泥濘を下るのは、難しいですよね。
僕も良く転びます。
できるだけ、木や根につかまりながら下るのですが、あそこの縦走路はつかまるものが無~い。
しかも大勢の人に踏まれているので、ツルツル。
巻道を選びたくなる気持ち、すごくわかります。
登りよりも下りのほうが、危険で大変だという登山の常識が嫌というほどわかります。

何度か雨を経験しておくと、不意の雨に襲われても、不安にならなくてすみそうだよね。
雨のときって仲間がいると、心強いでしょ?
独りで雨の中だと不安だらけになります。

コメントありがとうございます。

そういえば独りでの山行きで雨の中という経験が無いです。単独だと行こうが行くまいが自由なので、悪天候だとあっさり中止してしまうけど、誰かと約束してると行かざるを得ないからでしょうか。そして、雨だから中止にしよう、と、誰もが言いたがらないという流れがあるような気がします。

同行の友人達が転びまくって私は戦々恐々でしたが、なぜか無傷で済みました。悩みの種だった登山靴が思ったより泥濘に強いような気がしました。その後も痛みがなくて、ホント、雨降って地固まるというような感じです。なんて油断してると不意に原因不明の痛みがやってきそうで怖いのですが…。

デパートみたいに大混雑の高尾山には辟易しますが、雨だと別の山みたいに「しっとり」してますね。梅雨時は高尾山でしのぐのがいいのかもしれません…。

携帯から初コメントで〜す。
うまく入るかな?

今日は、北高尾の薮漕ぎでしたよ。
今、日影バス停でバス待ちしてます。

ナナメさんはきっと晴れ男なのでは〜?

僕は、晴れの予報でも雨を降らせてしまいます。
知り合いと雨男探ししたりしな〜い?(笑)

仲間がいると僕が真っ先に手をあげます。

かず

今日の都心は午前中は快晴だったのに段々曇って寒くなったりと不思議な天気でしたが北高尾は如何でしたか?
心置きなく藪漕ぎを堪能したのでしょうね。私もかずさんのサイトを参考にしていつかチャレンジしたいと思っています。

私が晴れ男かどうかは未だまだ分からないのですが、今までの経緯だと、大田峠と高尾で登場したNが怪しいですね…。

今週末は山ではなくて花見なので、雨天中止だったら確定的かも。


コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/33761342

この記事へのトラックバック一覧です: 相模湖駅から高尾山.(後編):

« 相模湖駅から高尾山.(前編) | トップページ | 塔ノ岳・書策小屋跡・政次郎尾根 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック