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相模湖駅から高尾山.(前編)


2010/03/07


相模湖駅(10:00)---大平小屋跡---明王峠---堂所山---影信山---小仏峠---城山---一丁平---高尾山---薬王院---清滝駅(16:40)


三月七日の山登りは友人も子供二人と山登りに参加するということなので宜しく、という家人から来た携帯メールを見て虚を衝かれたような気持ちだった。三月七日に妻子共々家族で山に行くということが決まっていたかのような文面だが、私には全く記憶が無かったからだ。後厄もとっくに過ぎて、自分でも自分の記憶力には殆ど自信が無い。外出する時には、財布と鍵と携帯電話機と煙草と携帯灰皿と、此等のどれかひとつは忘れてしまう。気付くのは何時も玄関から出て直ぐのことなので、慌てて忘れ物を取りに戻る。其れは日常的な事柄である。だから私が忘却していたのだろうとは思う。


虚を衝かれる程動揺したのは、其の直前にMから来ていたメールがあって「三月七日、Nは山行き大丈夫だとのことなので宜しく。何処に行こうか」というものだったからであった。大田峠での彷徨の末、扇山に登った前回から数週間は経っていて、そろそろMから誘いが来るだろうという頃だったが、明確に三月七日と、次の日程が決めてあったのだろうか。私には記憶が無かった。しかし自分の記憶力に自信が無い私としては、そうか次は七日だったか、其れならそうなのだろうと思い、何処に行こうか、などと考えている間に前述の家人からのメールが届いたのであった。


私はMとNに、三月七日は妻子と妻の友人と其の子供二人が参加するので宜しく、妻の友人の次男は三歳児とのこと、と返信した。Nから、其れなら俺も息子を連れて行くと返信が来た。数時間後、ふたたびNから、義弟が娘と参加する、とのメール。Nから更に数時間後、職場の後輩も山登りを始めてみたいので参加したいとのことで参加するというメールが来た。そして更に数時間後、NとMと私の共通の友人であるTが夫婦で参加するというメッセージが届くに至った。頭の中で数えてみたら、総勢15名だった。かなりの間を置いてMから、すごいことになったな、というメールが来た。


集合場所の高尾駅は、雨で濡れていた。数日前からの気象予報で、当日は完全に雨だということが明らかになったので、女子供はいち早く順延を訴えて欠席し、T夫妻が続いて辞退を表明し、残った物好きは前回の三人に加えてNの義弟と、Nの職場の後輩の計五人。雨は冷たく断続的に降り続いていたが、其れでも高尾駅には合羽の登山姿に身を包んだ老人グループなどが降り立ち、賑やかな感じだった。中央本線の電車に乗り込むが、義弟君だけが姿を現わさない。扉が閉まって、電車は走り出した。


延々と走り、次の停車駅である相模湖で下りる。初心者と子供が参加するということで、行く先は影信山と決まっていた。しかし男五人ならばせめて陣馬山くらいは登ろうなどと言って集合したのであるが、悪天候を目の当たりにして、手前の明王峠に登り、高尾山迄踏破しつつ、早めに下りて飲み会にしようということになった。一本後の電車が相模湖に到着して、頭を掻きながら義弟君が降りてきた。


相模湖駅から線路沿いに藤野方面に歩き、直ぐに中央高速道路を跨ぐ歩道橋が現われる。其の階段はかなり長くて急な傾斜だった。登りきったところで「けっこうキツイっすね」と義弟君が言う。長い階段を登っただけで喘いでいる彼は空手家だそうだが、柔和で低姿勢で、とてもそんな風に見えない。未だ歩道橋の上に来ただけだが、息が上がっている。大丈夫なのだろうか。


与瀬神社の門を入り、更に段差が高く急傾斜の古い階段を登りきった時は、もう体が暑くなって、Mと私は合羽の下のフリースジャケットを脱いだ。Nと後輩君は厳重に着込んだ上下の合羽に身を包んだ儘で、義弟君はユニクロ製の化繊のジャケットにダウンのベストという恰好で、既に雨に濡れて萎れたようなシルエットだ。

我々は神社の左手に廻り込み、明王峠への登山口に向かった。Mの指示で、私、後輩君、N、義弟君、Mの順番で列を成して、登り始めた。


概ね緩やかな尾根道を辿るであろう今日のコースで、おそらく最初の取り付きが最も登っている感じがするのではないかと思い、私は敢えて相模湖を見下ろすベンチの展望地まで、休まずに歩き続けた。辿り着いた処は霧の中で、中央道の歩道橋からは水墨画のように見えた石老山も、眼下に見える筈の相模湖も、何もかも見えなかった。私は雨露を浴びながら煙草を燻らせて休憩した。しかし他の四人はザックも下ろさず立ち話をしていて、雨中の展望台で憩うという余地は無い感じであった。


山稜を登りきって、ほぼ平坦な樹林帯を黙々と歩き続ける。地図上で見る子孫山の頭、大明神山の、それぞれ巻き道を辿り、朽ち果てた大平小屋跡が忽然と姿を現わした。此処で皆漸く荷を下ろして休憩となる。私は、此の儘のペースだと早く着いてしまいそうだな、と呟いた。Nが、先頭のペースが速いよ、と言う。後輩君が思わず同感、といった風に首肯する。後輩君はテニス部出身の上級者とのことで、見るからに精悍な顔立ちで男前である。義弟君と謂い後輩君と謂い、私なぞに比べれば圧倒的に体力の根拠が裏打ちされた経歴の持ち主であるから、私は構わず自分のペースで歩いて来たが、気配りが足らなかったようである。


雨は弱まる気配もなく、大平小屋の残骸は薄暗い峠にじっと佇んで居る。

私は、また煙草を燻らせる。吐く息の白さと煙が混じり合って、霧の中へと漂い、そして消えていった。


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