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ゴンザス尾根から本仁田山(後編)

2010/02/21


白丸駅(9:40)---日向---ゴンザス尾根---花折戸尾根---本仁田山---瘤高山---大根山ノ神---鳩ノ巣駅(15:00)


静寂の中に居るような気もするが、陽光を木洩れ日のように浴びて、其れを肌で感じていると、彼是考えて居る自分の意識の慌しさが滑稽にさえ思えてくる。また雪の塊が落ちて、その物音で我に返る。私は漸く立ち上がり、緩慢な動きで荷を整えた。


花折戸尾根に合流して、雪化粧した枯木の道を歩き始めた。休み過ぎた後の体躯は心なしか重い。私はサクサクと音を立てて雪を踏みながら、まるで自分の意思ではないような動きで、ゆっくりと歩き続けた。


鳩ノ巣駅から花折戸尾根を経由して本仁田山へ、過去二度程登ったことがある。夏は鬱蒼とした樹林の中を、ひたすらに汗が頬に伝うのを感じつつ俯きながら登った。秋に再訪した時は、繁茂した藪が廃れているかという期待が打ち砕かれ、やはり蒸し暑い中を登った。本仁田山の手前で天候が怪しくなり、風が強くなって木々が擦れ合い、ざわめきのような激しい音を立て始めた。自然の気まぐれな変化の渦中で、私は成す術もなく、ひとつの生き物に過ぎない自分を意識して、時々、木々が激しく揺れる様を見あげながら、怯えて登った。


真冬の花折戸尾根の、初めて見るような景色にある種の感慨に耽りながら歩き続けていたら、チクマ山に着いた。今迄見たことの無かった、こんもりと鎮座している本仁田山の全景を木立の隙間越しに眺める。これから尾根を伝ってあの山の腹に突き当たり、そして最後の急登が待っている。私は、挫折しなくてよかったと、此処で初めて思った。


少し下って、ふたたび雪林の中を進んで行くと、徐々に何かの気配を感じてきた。行く手の先に見えたものが、最初は何なのか分からなかった。

其れは焚火だった。ぱちぱちと音を立てている。其の端に、橙色の服を着た年配の男性が、剥き出しになった猟銃を杖のように立てて、暖をとっていた。


立ち止まり、ハンターのおじさんに会釈した。此処迄誰とも出会わずに歩いてきて、突然人間に遭遇したという単純な安堵感が、焚火の炎からの暖気とともに、緩やかな感じで私の中を満たしていった。しかし、私の浪漫的感慨を打ち砕くかのように、猟師のおじさんは、シンプルでリアリスティックな助言を呉れた。


「今日はあちこちで撃ってるから気をつけてね」


私は唖然として、そして吃りながら、き、気をつけるとは、どういう感じなのでしょうか、というような言葉で訊いた。彼は少し困ったような表情で、まあ気をつけるしかないなあ、と、そう言うしかないという感じで言った。猟銃の射程距離などの知識など持たない私には、流れ弾とか散弾銃などという単語が頭の中を駆け巡るばかりだった。余程の狼狽振りが気の毒に思ったのか、身振りから察すると花折戸尾根一帯を指すような感じで、まあこの辺は俺一人だけだから、と言った。言外に、お前が登っていく本仁田山方面に向かって撃たなければ大丈夫だから心配無用、と言っているのだと受け止めて、私は納得しようとした。

しかしおじさんはふと思い出したように、


「あっちにも一人居るんだよなあ」と、大休場尾根の方を指して呟いた。


其れは、と言いかけて、私は絶句した。どういう意味なのだろうか。その場で身動きができなくなり、私は冷水を浴びたような気持ちで、暫く焚火の前に立ち尽くして居た。やっぱり帰ればよかった、と、舌の根も乾かないうちにそう思ってしまったのも否めない。私は弱々しく、しかし体裁を繕うかのように会釈してその場から離れて、機械仕掛けの人形のようにぎこちなく、本仁田山の方向へと体を向けた。


無造作に剥き出しの儘の鉄砲を見て萎縮したからなのか。私は異常なくらい怯えて歩き続けた。徐々に本仁田山に近づいていく尾根の途上で、私の挙動は、辺りをきょろきょろと見回していて、全く不自然であった。左手に見える大休場尾根方面の下方から、犬の吠える声が聞こえてきて、私はそれだけで立ち止まってしまった。禍々しい気配のする方向を盾にするように、太い樹木や、大きな岩の陰に身を潜めるようにして静止して居た。ふたたび、生きた心地も無く歩き始める。本仁田山の山肌に到達して、急登が始まった。間もなく彼方から発砲の音が聞こえて、私は木に隠れるようにして凭れて、立ち竦んだ。


なんでこんなに怖いのだろう、と自分に対して思った。誰も踏み入れないような道を辿って山を登って道に迷ったとする。若し遭難したら、若し此の儘死んでしまったら、という恐怖感に苛まれたとしても、そもそもは自分が勝手に行動した結果のことであって、誰が関知することでもないと思えば諦めもつく筈なのではと、想像してみる。私は人間という小さな存在だし、何百年も、あるいはもっと昔から只存在し続ける此の自然体な山々の中で、朽ち果てて土になってしまったとしても大勢に影響など全く無いのだと考えることもできる。其れなのに今はこんなに怖い。山歩きをしていれば、遠くに聞こえる猟銃の音などは珍しくも無いことだ。しかし、今は其れが総毛立つような恐怖感を煽り立ててくる。自然と相対化して想像する自分の存在。卑小な存在である自分、という或る種被虐的な妄想は、人為的な揚句の流れ弾で死にたくないという現実感で微塵に粉砕される。要するに何処の誰だか分からない人間の所為で死ぬのは真っ平で、自然に風化されて死にたいという、屈折した想念が私には或って、其れ故に此の言いようの無い恐怖感が湧き上がってきているのに違いない。私は只怖くて怯えているのではないのだ。そして其れは…。


急登は一気に開始されて、澱みなく続いた。本仁田山へ登っているんだな、ということを実感できる急勾配だ。孤独感と恐怖感は、取留めのないことを考えながら登っているうちに、やがて原初的な肉体的苦悶との戦いに呑み込まれていった。そして気がついたら、大休場尾根との合流地点に辿り着いていた。


本仁田山の頂上へ続く静かな道で、助かった、と声に出た。直ぐに山頂が現われた。いつしか厚い雲が空を覆って居たが、風は殆ど無いので寒さを感じない。シートを広げて寛ぐ人々が居て、下山の途に就こうとしている若い男女の二人組が居る。開けた方と反対側の木立ちの合間から遠く富士山が見える筈だが、鉛色の空しか見えなかった。


長居は無用だった。私は、早く大根山ノ神に下りて、死ななかった御礼をしなければ、と思いながら、ザックを背負い直した。

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