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ゴンザス尾根から本仁田山(前編)


2010/02/21


白丸駅(9:40)---日向---ゴンザス尾根---花折戸尾根---本仁田山---瘤高山---大根山ノ神---鳩ノ巣駅(15:00)


立川駅のホームにある立食い蕎麦屋は昔から「奥多摩そば」と看板に大書してあって旅愁を誘う。奥多摩蕎麦の名物は「おでん蕎麦」だということも知ってはいたが食べたことはない。かけ蕎麦におでんの具材が盛り付けてあるのだろうというくらいの想像はつくが、いざ食べようという気にならない儘今日迄に至っている。


中央線電車から青梅線に乗り換える間に、其のスタンドで天麩羅蕎麦を啜っていたら、後から入ってきたおじさんが食券を出しながら、おでん蕎麦、と言った。私は隣客が気になって仕方が無く、うわの空で蕎麦を食べていた。おでん蕎麦は、かけ蕎麦の上に丼全体を覆うくらいの巨大な薩摩揚げだけが載っているという代物だった。おじさんはその揚げに、芥子を塗り塗りしている。手馴れたものである。


感心しながらスタンドを出たら、ホリデー快速奥多摩号が間もなく入線するというアナウンスが隣のホームから聞こえて来た。危うく乗り遅れそうになっていることに気づいて、私は階段を駆け上がった。


御嶽駅でホリデー快速を乗り捨て、暖かい日差しのホームで後続の各駅停車奥多摩行きを待つ。今日は単独で本仁田山へ、以前から歩いてみたかったゴンザス尾根を登ろうと思う。


山峡の多摩川を辿るように敷設された青梅線の電車は、白丸を過ぎると長い氷川トンネルに突入し、終着駅の奥多摩へ到達するが、このトンネルを包むように聳えているのがゴンザス尾根である。随道の堀削が困難だった時代に作られた青梅線も、強大なゴンザス尾根を迂回することは難事業だったのだろうかとも想像できる。


地図を見ると、せり出したゴンザス尾根に押されるように、多摩川の渓流が大きく南に迂回するように流れているのが分かる。斯様にスケールの大きな山塊が、本仁田山へと通じるように連なっているが、手元に或る「山と高原地図23 奥多摩 2008」では登山ルートとして推奨されていない。赤い破線で示される難路でもなく、グレーの破線で辛うじて示されているだけである。


普段は車内から伺うだけだった白丸駅に初めて降り立った。トンネルの入口の、山肌の途中に設えたような小さな停車場で、好天の所為もあって長閑で心地良い雰囲気だった。民家の軒先が直ぐホームに通じているような不思議な駅だ。其の軒先から細い道を下り、青梅街道に出て、奥多摩駅方面に歩き出す。短いトンネルを抜けて、左側の深い渓谷を眺めながら暫く歩いても、ゴンザス尾根の入口らしき処はなかなか現われない。


海沢方面へと分ける信号迄来て少し不安になるが、其れを越えて行くと右手に分岐して登っていく道が現われた。其処は同じ造りの集合住宅が幾つも立ち並ぶ敷地だった。奥の棟の後方には山肌が迫ってきている。当てずっぽうに進んでいくと、果たしてひとつの棟の脇に石の階段があり、小さな木片の道標が括りつけてあった。其処には「ゴンザス入口」と書かれていて、私は漸く安堵し、ザックを置いて身支度を整え直した。


ゴンザス尾根の序章は山肌に取り付いてから、比較的急な傾斜ながらも、歩きやすい登山道だった。大抵の場合は適度にジグザグのトラバースを繰り返しながら高度を上げていくものだが、此処は山腹を辿る道がひたすらに続いている。ジグ、ザグ、の頻度が少ないので、長大な巻き道を歩いているような気分になる。所々に、NHK施設や鉄塔への指標があり、保全作業の人が定期的に歩いているのかもしれない。いずれにしてもマイナールートの様相では無い。


二回目の折り返しの処で海沢の集落を望み、三回目で、東側の風景が広がった。日当たりが良いのに、辺りは積雪で真白になっていた。山腹に並行して登ってきたが、此処からはNHK施設への指標の方向に、真直ぐの進路を取る。雪を踏みしめながら明るい急坂を登りきったら、正面に鉄塔が現われた。鉄塔は青空と白い雲を背景に、絵で描いたような感じで聳え立って居た。よく来たな、と謂われているような気がした。


鉄塔の下で休憩する。東方向の眺望が良く、大きな尾根が私の行く手に向かって連なっていた。もう花折戸尾根が近づいているのかと思い、急な登り始めだったが、呆気ないものだな、などと思った。其れは全くの勘違いで、鉄塔を出発して早速急登をこなしてやや平坦な林の中を進み、ふたたび急勾配が現われて、息を切らせて登りきっても、また同じような雪景色の中を進み、また壁にぶち当たるという繰り返しが続いた。花折戸尾根の分岐の指標を当てにしていながら歩いてきた私は、身勝手の見返りとしての疲労を蓄えていくばかりだった。


あの鉄塔からは踏み跡が無い儘だったが、気が付くと、獣の足跡が明瞭になってきて、私は熊鈴を取り出して腰に付けた。暫く森の中を進んで、また急登の後、テレビアンテナが林立する地点に辿り着く。人為的に切り開かれた日当たりの良い処だった。雪の照り返しが眩しいので、日焼け止めを顔に塗った。ふたたび歩き始め、森の中に突入すると、積雪量が増してきた。痩せ尾根になる部分も現われて、険しさが徐々に増していくが、左側に氷川の風景と、石尾根の前衛から奥に屹立する山々までが見渡せるような景観が広がり、心の中に迄涼風が通ってくるような心地良さも感じていた。


急登の繰り返しという終わりのない激しさと、硬質で美しい風景と、誰にも出会わない静寂さとが混じり合い、私は不思議な充足感を味わいながら歩き続けた。急峻は大きな岩をよじ登る展開にまでなったので、成る程これは普く登山コースとして推奨というか案内できるようなものではないのかもしれない、と認識を改めた。


重力に抗いながらの、何度目かの急勾配をよじ登って、ふと見上げると花折戸尾根に合流する指標が現われた。私は振り返って今来た道を見下ろした。日向(ゴンザス尾根)という指標が示す方向は、とても登山道には見えなかった。


分岐点で荷を下ろしたら、急に空腹を感じてきた。山頂は概して風が強くて寒いものだし、先客が賑やかだったりしたら煩わしいので、未だ途上だが、此処で食事にすることにした。小振りの魔法瓶に入れた熱湯でカップ麺を作り、握り飯を食べる。枯木の向こうに見える大岳山と青い空をぼんやりと眺めている。陽光も増してきた。


空腹を満たして、微睡みの誘惑に駆られる。其れを振り払おうとする私に、此処から花折戸尾根を下って、もう帰ろうかな、という考えが唐突に浮かんできた。ゴンザス尾根は入口から明瞭な道を登り、急勾配を何度もこなすが、景色も愉しめる変化に跳んだコースだった。二度程登ったことのある花折戸尾根よりも気に入ったように思う。尤も初夏や初秋に登り、植物が繁茂して鬱陶しかったという記憶の花折戸尾根を、今から眺めながら歩いてみるというのも一興だ。そんな風に、私はこの儘下山するという自分の思考に意味を与えようとしていた。


その一方で、いやいやそんな莫迦な。ひとつの目指す山に登って完結するという達成感を放棄しても平気なのかお前は、というような葛藤も当然湧き起こっていて、誰も居ない静かな山道の指標の下に座って茫洋と煙草をくゆらしながら、私は何ともいえない気分で逡巡していたのだった。


時折、木々に積もった雪が落ちて、どさっという音を立て、粉雪のように立ち昇り、白く光った雪の塵が辺りを包む。


何かを決めるという思考を放棄した儘の私は、静寂に溶け込んでいくような感覚に襲われて、石の塊になってしまいそうな位に、じっと蹲って居るばかりだった。


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