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笹子駅から1377地点(角研山)経由の本社ヶ丸《後編》

1377_2

 

2010/1/31


笹子駅(8:40)---庭洞沢橋---黒野田林道---送電鉄塔葛野川線30---角研山---本社ヶ丸---造り岩---清八峠---清八山---清八峠---変電所---追分---笹子駅(16:10)


予想を遥かに超えた試練に疲れきり、私とMは林道の舗装道路に座り込んでしまった。

「もう今日は、長い距離を歩くのは無理そうだな」とMが言う。

笹子駅から本社ヶ丸へ、順調に到達したら時間に余裕があるだろうから、清八山から大沢山を経由して追分に下りようか、などと話していたのがつい三時間前のことだった。

確かに崖登りで疲れたのは事実だが、随分早いうちから見切りをつけようとするな、と思う。予定通りに事が進まないと萎える性格なのか、本当にバテてしまったのか。私はといえば、いよいよ前回挫折した鉄塔までの道筋を前にして、また気持ちが前に向いていく感じだった。


庭洞山と鉄塔は何処にあったんだろうかという疑問は残るが、メモの通り、林道の左手には鶴ヶ鳥屋山への指導標が見えるので、当初の予定通りに、ここは敢えて右に行き、30号鉄塔への入口である黄色い標識の前に進んだ。


土に埋もれかけているプラスチック製の階段が続き、黙々と登っていく。途中、展望が開けて、ふたたび木立の中に入り、登りきったところで本来の道と合流した。黄色い標柱に、「巡視路・登山道至笹子駅」と記されていて、メモの通りだ。それだけで嬉しかった。朽ち果てた登山道で、枯れ木の枝が行く手に左右から伸びていて、軽く掻き分けるようにして進まなければならない。前方に明るさが近づいてくる。小走りになって、唐突に明るく開けた場所に出た。大きな鉄塔が聳え立っていた。


「送電鉄塔葛野川線30号」の足元のコンクリートに乗って、笹子雁ヶ腹摺山に連なる山々を眺める。繁茂して二メートル以上もあった藪の中で、この鉄塔の傍らで絶望した昨年の夏を思い出す。感無量だった。

ふと振り返り、今やってきた方向を見る。冬枯れのこの季節でも、林道へと続く道がそこだとは、直ぐには判別し難いほど、木々で覆われている。目印の赤いテープでも欲しいところだなと思う。


踵を返して、まるで勝手知ったる、というような雰囲気で、角研山の方向に歩を進める。枯れ木が鬱蒼としている小さな入口に突入する。直ぐに傾斜が増し、木の根が階段状になっている山道をひたすら登り続ける。これが「角研山北尾根」なんだな、と改めてしみじみと感じ入りながら、さらに傾斜を増す急登を、息を切らしそうになって進んだ。


あの1377地点である角研山に到達したのは午前1110分だった。山と高原地図に記されている笹子駅からの標準タイムが二時間半で、丁度同じ時間をかけて来たことになる。不注意の挙句での崖登りはあったにせよ、むしろ直線距離に近いルートを辿ってきたような気がしていたが、やはり予定より大分時間がかかってしまったようだ。解けた緊張と、使い果たした脚力の残骸とともに、二人とも抜け殻のように座り込んだ。途端に空腹感が増してきて、握り飯を食べてお茶を飲み干した。


気持ちは充足しながらも、体力は明らかに減退していたが、目的地に向かって進む。記憶とは曖昧なもので、前回本社ヶ丸山頂から角研山まで、雨の中を駆け抜けた距離感が脳裏に棲みついていたのか、この尾根に辿り着けば、あとはゴールまで一投足、のような気になっていた。

改めて地図を見ればそんなことはなく、草原に立つ大きな鉄塔を心地良く通過してからは、徐々に雪が残る傾斜が延々と続き、ところどころが凍っていて、新たな緊張感とともに歩くことになった。それでも正午過ぎには松の木が印象的に配置された本社ヶ丸に到達した。


三つ峠山が真正面に聳え、背後を見れば遠く大菩薩の山々を見渡す良景だが、肝心の富士山が全く見えない。透き通った空気の、凛とした富嶽を眺められるのだろうと思い込んでいた。己に都合の良い概念だけしか意識できないことに滑稽感が湧いてくる。

山頂は雪が解けたからか、泥濘で居心地が悪い。あの絶景を誇る造り岩まで進んで大休憩にしようと思う。


岩の塊を慎重に下りた時、清八峠方面から来た単独行の男性が現われた。挨拶をして、この先は凍ってますか、と訊ねたら、三つ峠に行くのですか、と逆に訊ね返された。

私は、清八峠から追分に降りて笹子駅に行くと答えた。男性はものすごく生真面目な表情と口調で、アイゼンを装着しないと無理ですよ、と言った。ちょっと怒ってるのかな、と思うくらい真剣な口調だった。大丈夫かあんた、と言ってるような顔つきに見えた。そんなに不真面目な風体ではないと自分では思っているが、事実私はアイゼンを持っていない。何故分かったのだろう、と、やや内心痛いところを衝かれたような気になった。


御礼を言って別れた後、なんか大袈裟だったな、とMに言うが、彼は無言だ。私に山歩きを啓蒙してくれたMは装備に余念は無い筈だと思い、私は彼に、下山道が凍っていたら君が先になって手助けしてくれよ、アイゼン持ってないから俺は、と伝えるが、Mはまた返事をしない。なんだか不自然だ。


しばらくして、アイゼン忘れてきた、と、ポツリと言った。アイゼン無いと駄目だよ、と言われた時に受けた衝撃は、Mの方が推し測れないものだったのかもしれない。


絶景の造り岩に着いても富士山は見えずじまいだった。ここでようやく昼食にする。Mは早速ジェットボイルを組み立てて、お湯を沸かし始める。

私は、今日は自分用の水を持ってきたよ、と言った。Mはまたしても無言だ。どうもさっきからおかしい。

どうした、と訊くと、俺は今日はカップ麺はやめとく、と言う。お腹の調子が悪い、どうも今日は最初に疲れすぎたようだ、と言った。

しばし唖然としたが、深く考えるのはやめて、彼が用意してきた水で沸かした熱湯を貰い、私だけが食べることになった。御前山のこともあるが、カップ麺のことで何かと神経を遣い過ぎる嫌いが多いような気がする。


残雪が目立つようになったなと思ったら清八峠に着いた。昨夏、ほうほうの態で登りつめた場所だ。右に細く下るのが薄暗い追分への道で、正面が三つ峠に至る清八山への道だ。直ぐそこなので往復することにするが、急激に登る山道は徐々に凍りついてきて、早速帰途への危惧が頭をよぎる。山頂は誰も居ない静かな佇まいで、松越しに富士を眺めることができた。三つ峠へ行ってみたい誘惑に駆られるが、予定調和を遵守したいMにこれ以上プレッシャーを与えるわけにもいかないので、素直に峠まで戻る。凍った土を避けて、恐る恐る下った。


峠からの道は、もうお話にならないくらいのアイスバーンだった。あの男性の忠告は真実だったわけで、道は歩けず、傾斜した山肌に足の踏み場所をみつけながら、超スローペースで進むしかなかった。私の靴は、同行者に迷惑をかけるわけにいかないので頼りない美津濃製だ。

結果的には、最初から諦めの境地で慎重に歩いたからか、転倒することなく下山することができた。


Mは、気の毒なくらい転んだ。やはり今日の出発からの二転三転した経路で精神的に参ってしまったのかもしれない。


登山口に降り立ち、変電所を経て長い舗装道路を歩く。やっとのことで追分に着き、甲州街道を駅に向かってひたすら歩く。駅のプラットホームが見えてきた頃、鉄路に響く音が徐々に高まり、電車が笹子トンネルから飛び出してきた。もうすぐ駅に辿り着こうかという時に、実に惜しいタイミングで上り電車が到着してしまった。


笹子駅の待合室で、あと一時間弱も待つのは堪らないので、少し待って到着した下りに乗り、隣の甲斐大和まで行き、笹子雁ヶ腹摺山の時に入った駅前の店を再訪して乾杯した。

店の女将さんが我々を覚えていてくれて、大菩薩に行くバスも冬は無いので、この季節は、山登りの人は殆ど見かけないと、呆れているのか感心しているのか分からない口ぶりで言った。笹子駅からわざわざここまでやってきた物好きな私たちは、やっと生きた心地になって、冷たい麦酒を飲みながら、揚げたての天麩羅に舌鼓を打った。


薄暮はいつの間にか宵闇に包まれていた。

甲斐大和の駅は、煌々とした灯火で、山間に浮かんでいた。

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コメント

参考にしてくれてありがとうございま~す。
っていうかその前に初めまして~。(笑)
小説みたいな文体で素敵ですね。

初めて角研山から笹子へ下った時(1999年5月8日(土))は、ヤブこぎしたし、黒野田林道に出る手前が崖みたいに足場が悪くて、今では想像もできないほど酷い道。でもヤマケイの「東京周辺の山550コース」というガイドブックにちゃんと書いてあるコースだったんだけどね~。

当時、庭洞丸(庭洞山)からは、ほとんど踏まれてなくて、フカフカの土の登山道を不安にかられながら下って笹子駅に出ました。
今は指導標も完備されて、エアリアも赤線になったし、フカフカだった道も踏まれてカッチカチになったし。
変われば変わるもんだなと、思いました。

僕も10年前は初心者で、何度も道を間違えました。
道を間違えながら、地図や地形を読むことをだんだん覚えました。失敗は次に成功するためのスパイスなのかも。

アイゼンは僕も忘れることがしばしばあって、最近は雪の無い時でも、12月になったら4本爪程度はザックに忍ばせて歩いています。4本爪だったら重さが気にならないからね。ほんとは6本爪が欲しいところですけど。ちょっと重い…。その辺の判断は個人の好みになります。

甲斐大和の駅前のお店は僕も入ったことありますよ~。釜飯のおいしいところでしょ?

うちのHPにリンクはっていいですか~?
いつも見てくれてありがとうございます。

なんと。コメント戴けるとは…。
「日記」に拙blogのリンクもしていただいて、嬉れし恥ずかしです。ありがとうございます。
というか初めまして!(笑)

こんな読み難いblogでホントに恐縮です。

角研山から笹子駅までの道ですが、昔よりマシになってたんですね。
このような地図を初めて眺めた私は、昔はメインルートだった道が廃れているのに、改訂されずに記されているとばかり思い込んでいました。

昨年、鉄塔で引き返した時は、地図制作者を恨んだりしてしまいました。
かずさんのHPを見なければ、昭文社に懐疑感を持ったままだったかもしれません。重ね重ね感謝です。

今となっては、夏に植物が繁茂して藪になっていたって仕方ないじゃない、と、自然に身を任せるような精神を育めてきたような気がします。

アイゼンですが、実は未だ持ってないんです・・・。
今迄凍った道で酷い目に遭ってこなかったので、油断していました。
なんとか6本爪を購入してみようかと思います。

甲斐大和駅前のお店。まだ釜飯は注文したことがないんです。今度行ったら食べてみようと思います。
友人M君が、鍋焼うどんを注文してましたが、美味しそうでした。
私は保守的すぎるのか、つい「ほうとう」を頼んでしまいます。


貴HPにリンク。恥ずかしいですが、ありがたき幸せです。ぜひよろしくお願いします。


この後掲示板に書き込みさせていただきます。

読み難いことないですよ~。
山歩きのことを書いている人って、それぞれ個性的な文体で書いていて、興味津々です。
情景描写が素敵な文章が好きです。
僕は苦手なので~。

棒ノ折山も夏は背丈を越えるヤブの中でびっくりしたことがありますよ。
この辺の低山って夏にはヤブになる山が多いって思っておいたほうがいいみたいですね。
今はヤブがあるとワクワクして楽しいんだけどね~。(笑)
大昔の奥武蔵のタタラノ頭なんてササヤブをかきわけながら歩いてものすごく不安になりました。
今はすっかりかられて歩きやすくなっていて、ヤブの頃が懐かしいです。
nanameさんもそのうち、ヤブがないと物足りないなあと思うようになるかもよ~。(笑)

僕が最初に買ったアイゼンは6本でした。
冬の仙丈ヶ岳もこれで登ったし、万能アイゼンです。

鍋焼きうどんもほうとうもうまそう!
あそこのお店、営業時間と下山時刻がなかなか合わないんだよね~。

いろいろ忙しくて、遅くなりましたがリンクのページにはらせていただきました~。
今後もヨロシクね。

ありがとうございます。
「ヤブの頃が懐かしい」って、すごい名台詞ですね。

精進します…。

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