« スイッチバックの苦悩・退路を断って高水三山 | トップページ | 鍋割山で鍋焼きうどん・そして苦悩ふたたび »

スイッチバックの苦悩・そして鋸尾根から御前山

2009/12/23

奥多摩駅(8:50)---岩峰---鋸山手前分岐点---大ダワ---鞘口山---クロノ尾山---御前山---栃寄ノ大滝---境橋---奥多摩駅(15:00)


冬晴れの日が続くので、三日後の祝日も、山に行きたくて我慢が出来ない。今度はどんなコースを試そうかと夢想する。藪だらけだった花折戸尾根の、冬枯れの道を歩いて本仁田山へ行こうかと思いつく。距離はなくても急傾斜の連続に、スイッチバックがどこまで耐えられるのかという興味が湧いてきた。Mを誘ったら好都合だったようで同行が決まった。私は、奥多摩の地図を眺めて、晴れ晴れとした気分で前夜を過ごした。


奥多摩駅前は静かで暖かくて、それでいて冷たい空気が心地よかった。本仁田山の予定は御前山に変更された。二人の脚力では、あまりにも短時間で終えてしまう行程では、帰りの駅前食堂での乾杯が早すぎるのではという理由と、標高の低い山に興味を示さないMに、冗長にアップダウンを繰り返す鋸尾根を味わってほしいという思いから、駅前発御前山を目指すコースに決定した。


東日原行きのバスが客待ち顔で停まっているのに惹かれるが、我々は愛宕山を目指して青梅街道を渡って直進し、多摩川を遥か底に望む昭和橋を渡る。右手に直ぐ登山道が現われ、少し身繕いを正しているうちに単独の年配の女性が先に登って行った。間もなく後を追うように登り始めた。登計園地を緩やかに登り、やがて神域への過酷に長く急な石段が現われる筈だが、過去に来たことのある道という慢心と、直ぐ先に行く女性が行くままに歩いていたら、右へ右へと行く巻き道に出てしまった。惰性で進むうちに、件の女性が止まって地図を確認している。神社への道と違うようですね、と声をかけたら、案の定間違えたようであった。手にしているガイドブックのコピーには蛍光マーカーでチェックしてあり、愛宕神社への解説が書かれている。単独なのでベテランなのかと思っていたので意外だった。彼女は急な階段を楽しみたいから戻るわ、と元気よく戻って行った。私も、是非あの石段をMに登らせたかったのだが、二人とも地図を確認するでもなく、まあ巻いてる道だから同じだろ、という感じで進んで行った。奥多摩駅から間もなくの地点で、右往左往するのが素人っぽくてスマートに行動したいという根拠の無い虚栄心が二人に蔓延していたように思える。山道は、ふれあい森林浴コースと銘打たれていて、やがて集落に抜け出た。その後は案の定、舗装された車道が山腹を縫うようにして冗長にジグザグに続いている。しまったなあと思いつつ、民家のショートカットを狙って、やや焦りつつ進む。途中、近道かと思った道が墓地で行き止まりになるなど、明らかに迂回も迂回の蛇行を繰り返し、やっと愛宕神社の入り口に到達した。


改めて、鋸尾根の入り口に進入する。初めて来たのは山歩きを始めて間もない頃で、大岳山を目指した初秋の頃だった。登計園地をまともに行けなかったおかげで、先導役の私もおどおどしながら進む。スイッチバックは登り始めの紐を弛めにする作戦が功を奏して、異常感はない。予め事の次第をMに話してあるので、しばしば気を遣って、しんどかったら休めよ、と言ってくれるがその心配はない。尾根への定石である行ったり来たりの登りがまさにスイッチバックで、快適に登る。そして岩場を含んだ小ピークをいくつも越えて、岩峰の天狗の石碑に辿り着く頃には、かなり汗ばんできた。岩の道を松の木々が彩る道は、アスレチックコースのように小規模なアップダウンを繰り返し、まさしく鋸の歯を正直に辿る鋸尾根だ。作ったような石庭のような景観をMも気に入ったようだ。


遠い記憶、と言っても一年前のことだが、いつか辿った風景を思い出しながら、起伏の多い道を進んでいく。途中の鎖場を楽しみ、やがて冬枯れの木立の中を登り続ける。左手に盆栽のように端正で可愛い天地山が現われる。もうすぐ標高千メートルだろうか。行く先に聳えるピークが鋸山だろうか。そんな逸る気持ちがもたげてくるくらい、距離を稼いできた。地図上では先ず、1046.7mのピークがあるのでもう少しあるというのは分かる。やがてひとつのピークに三角点を認め、先を急ぐ。途中、奥多摩駅と大岳山という大雑把の指標に、もう一点、行き止まり、というナビゲーションが付いた地点を過ぎる。後日、そこが天地山への分岐だと知る。再訪しようと思う。いよいよ大きく聳えるピークへの途中で、御前山方向へと分ける指標に辿り着いた。峠らしい佇まいの雰囲気の良い場所だ。ここでしばらく休憩して、いよいよ初めてのコースに足を踏み入れる。


次の大ダワまで、急激に下る。ここでスイッチバックと私の脚が喧嘩を始める。足首の当たりは、下りの場合に激しく感じる。重心は真っ直ぐにして、爪先にやや重きを置いて、歩幅を狭めて、緻密な精神力で下るが、何故か両サイドと足首の裏への当たりが敏感になる。足元への神経を遣い過ぎるからだと自問自答しながら、なんとか気持ちを逸らせようとするが、痛みという直截的な感覚から逃れることは難しい。しかし持ち前である、下りの勢い良さにまかせて、なんとか林道が合流する大ダワに到達した。


鋸山林道のサミットと思しき大ダワは、車が二台ほど駐車してある舗装された道で、公衆トイレまである開けた場所だった。奥多摩駅方面が通行止めになっている。快晴の奉祝日なのだが、観光客は利用しないのだろうかと思う。ともあれ、林道を横断して引き続き御前山への山道に入る。少々登ってから、アッと心の中で叫んでしまった。話が大分前後してしまうが、今回も山行きにあたって、Mからジェットボイルを持っていくので、カップ麺の用意を、と言われていた。奥多摩へ向かう車中で、今日は塩ラーメンにしたよ、などと語っているうちに、肝心の沸かす水を持ってくるのを忘れたことに気づいた。Mと、駅の自販機でミネラルウォーターを買えばいいか、などと話していたが、御不浄にかまけているうちに忘れてしまっていた。そのことに鋸尾根上で気づき、私は行動食があるし、カップ麺は食べなくてもいいよ、というような会話をしていた。Mは、自分用の水しかないので私の水問題に関して対策を講じ、緑茶を沸かしても大丈夫じゃないか、と言う提案をしてくれる。私は、そこまでして食べる必要も意欲もない、というようには言えないが、曖昧に受け流したりしていた。大ダワから鞘口山に向かう途中で、嗚呼、先程の公衆トイレに水道があったじゃないか、と初めて気づき、今更のように後悔した。


相変わらずの小ピークを越えて、まだかな、と思ったところに山腹の休憩所みたいな鞘口山に着いた。1142mまで来ているが、登ったり降りたりを繰り返しているので、なかなか高度を稼げないような焦りを感じる。しかし目的地の御前山はもうすぐそこのような感じで威容を誇っている。再び緩やかに下って、そして登り返し、右手に悠然と連なる石尾根が開け、左手には特徴的な大岳山がすぐそこに聳える気持ちのよい道に達した。いつも二人で行く奥多摩は鷹ノ巣山が多くて、帰途の石尾根を延々と駅まで歩くのが定石だ。そんな馴染みの山塊を今日は客体的に眺める。ここから眺める石尾根は、我々のイメージからすると下界に近づこうかというような地点で、おそらく三ノ木戸山あたりかと思う。しかし今日の私は、足元への意識や、カップ麺などの邪念に駆られつつ、久しぶりに歩く鋸尾根のロングランに疲弊して、もうあとどれくらいかなあ、というような弱気な状況である。それでも心地よい風と、反対側に見える大岳山の思い出に耽ったり、遠くに見える中央線沿いの山々を思い、着実に踏破していった。そしてちょっと不思議な名前のクロノ尾山に達し、いよいよ御前山の懐に入ってきたような気がした。


避難小屋、体験の森という指標まで来たら、もう道は階段状に整備されているのに、人の姿がないという殺伐とした光景だった。最後の登り特有の、解放への期待と疲労感を自ら律する、というような複雑な気持ちで、一歩、そしてまた一歩と階段を踏みしめていく。そしてとうとう奥多摩三山の雄、御前山の頂上に辿り着いた。


頂上には犬を連れた夫婦しか居なくて、ハイカーが押し寄せる御前山のイメージとは程遠く、冬枯れた木々で遠く雲取山まで連なる石尾根を眺めながら、ベンチに腰を下ろして煙草をくゆらせる。Mはすでにジェットボイルの準備に余念がない。随分空腹のようだ。そして、彼が持ってきた水を沸かしたお湯で、私の塩ラーメンを作れと言う。そんなわけにはいかないと制したが、俺は今日は味噌ラーメンだから、緑茶を沸かしたものでも味に遜色はないだろう、しかしお前のは塩だからあるいは緑茶だと味に影響があるかもしれない。という理由を滔々と語ってくれるのだが、気を遣ってくれていることには変わりなく、ただ恐縮してしまう。しかし、私がカップラーメンを食べない儘彼だけが食すというのも、彼自身にとって気分がすっきりしないものでもあるだろう。いずれにしても私の不用意が原因なので、心地良さの到達点を探るには妥協が必要なのは百も承知とはいえ、歯がゆい気分を味わうことになった。結論から言えば、Mの味噌ラーメンは全く味が緑茶に侵食されることはなく、仮にだが私の塩ラーメンにしても、その人工的な旨みに影響を与えることはなかったかもしれない。静かな山の頂で、ズルズルと麺を啜り、我々は心地良く陽だまりでぼんやりしていた。富士山は霞んでいて、見ることができなかった。


一人、また一人と増えていく登頂者にベンチを譲ろうとするかのように、我々は下山の途についた。既に午後一時。足元の不安のわりには遜色ないタイムで踏破してきたように思えるが、冬至を越えて間もない季節で、先を急ぎたくなる。大ブナ尾根から奥多摩湖を望みながら降りたい気持ちを抑えて、避難小屋経由で境橋を目指す。奥多摩都民の森、あるいは体験の森と銘打たれた登山道は山陰で人気のない静かな道だった。人工的な休憩施設が点在する中、下り道特有の靴の痛みを庇いながら歩いていく。栃寄集落への下り道は御前山の山頂の向こうにもう一本あるのだが、避難小屋経由であれば整備された林道へ辿り着くまでに、栃寄ノ大滝を眺めつつ山道を長く歩けそうだということで選んだのだが、滝に至るより随分前に、舗装道路が現われた。下りの舗装はスイッチバックと私の両脚との関係を著しく悪化させるのは明らかだったが、これは観念するしかない。やがて立派な休憩所と、体験の森の碑があるところまで達した。沢が急傾斜の岩壁から滝のような流れている様を眺める。車が一台停まっており、沢の方に向かって何かを探しているように、人が立っている。我々は本格的に始まる車道をのんびりと下り始めた。右手に栃寄ノ大滝らしき景観を認めつつ歩いていたら、背後から気配のしていた車が、なかなか追い越していかない。車は我々の前で止まった。件の事業用らしき車だった。


こんな風になってくれないかな、などと想像することもあったが、今まさにそれが現実になった。助手席の窓が下りて、年配女性が、乗っていく?ここから長いよ、と言った。車のサイドには、東京都山岳連盟とプリントしてある。コンパクトな車に見えたが、男女四人が乗っているその車には、まだ最後尾に二人が座れる余裕があるという。後部座席の扉が開いて、リーダーらしき貫禄のある男性が降りてきた。言葉少なだが、ここから歩いても面白くないでしょう、とお誘いの言葉を差し向けてくれた。山岳関連の団体の人だから、ハイカーを乗せることに違和感が無いのだろう。一般の車だったら、親切不親切の問題ではなくて、汗臭くてむさくるしい男二人を好んで乗せたがらないだろうという想像がつく。それにしても僥倖であり、直ぐには信じられないような瞬間だった。

ありがたくご厚意に甘えようとした私だが、隣に居るMが、いや大丈夫ですから、と言ったのには飛び上がらんばかりに驚いた。思わず、莫迦何言ってんだと彼を制して、リーダーらしき男性の前に踏み出た。Mは他人の好意に対して壮絶なくらい恐縮してへりくだる癖があるのは知っていたが、ここで遠慮というか、同乗を断るという考えがあること自体に驚愕せざるを得なかった。乗せてくれたのは、東京都山岳連盟自然保護委員の方たちで、御前山の水質調査の帰途であるという。山と渓谷社刊「東京都の山」の巻末記事に載っていたことを思い出した。そのことを言うと、あー、あれ読みましたか、と、皆がちょっと嬉しそうな顔をした。会話を弾ませなければならなくなるような気苦労もなく、気を遣わせない自然体な態度の皆さんが非常に心地良い。Mはなにかの会話の端で、すいません本当に助かりましたと口走るから、私を含めて皆が少し言葉が少なくなる。

山道の車道らしく、大きく蛇行しながら続く道は、歩いていたらかなり遠い距離感を抱くだろうと思えた。境橋で下ろしてもらった時は、本当に得をしたなという思いだった。助手席の女性に、今後は奥多摩の山の水を、より大事にすることを心がけますと言ったら、皆が笑ってくれた。


橋の途上にあるバス停に行ったら、次の奥多摩駅行きバスまで二十分くらいあるので、時間も短縮できたし、むかし道を歩いていこうということに決まった。決して合理的なルートではないが、山岳連盟の恩寵を思えば何の苦にもならない。道すがら、私はMが、なぜ車に乗せて貰いたいのに固辞しようとしたのかが気になって、過去にこういう状況はなかったのか訊いてみた。一度だけ、とある山から下りてきたところに、中年女性が車を止めて、乗っていきませんかと言われたことがある、と答えた。

「それでどうしたの」

「いや、乗らなかった」

「どうして」

「なんか、悪いかなと思って」

へえ、と思うしかなかった。他人の考えに深く立ち入っても仕方が無い。私は何か注進したい気持ちに駆られたが、やめることにした。山岳連盟の車が早合点して立ち去らないうちに乗せて貰って本当に良かったと思った。


廃線軌道のトンネルや橋を眺めながら、ゆっくりと歩いて奥多摩駅に到着した。駅前食堂で麦酒と澤の井を飲みつつ、肴を味わって、夕方のホリデー快速に乗り込んだ。いつもなら熟睡してしまうのだが、なぜかそうはならず、文庫本を眺めながら電車に揺られて帰った。思いがけない僥倖で疲労が少なかったのだろう。スイッチバックも、特に上機嫌というわけではないだろうが、ごく自然に、私の両脚を支えている。懸念材料だった靴の問題は、ようやく霧が晴れていくかのような気配を醸し出していた。

 


追記


絶妙のタイミングで車に同乗させてくれた、東京都山岳連盟の皆さんに感謝の念が一杯です。しかし、万一この項を読まれた方で、同じような状況で件の業務車輌と出会い、同じようなお誘いが無かったとしても、それは山岳連盟の業務的都合であったりするかもしれませんので、ゆめゆめご厚意を享受できるとは限らないこととご承知下さい。そして、奥多摩に限ることなく、山屋さんの矜持として、環境保全の高い意識を保つことを忘れないようにしましょう。蛇足で失礼しました。

« スイッチバックの苦悩・退路を断って高水三山 | トップページ | 鍋割山で鍋焼きうどん・そして苦悩ふたたび »

奥多摩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/32796457

この記事へのトラックバック一覧です: スイッチバックの苦悩・そして鋸尾根から御前山:

« スイッチバックの苦悩・退路を断って高水三山 | トップページ | 鍋割山で鍋焼きうどん・そして苦悩ふたたび »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック