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扇山から権現山


2009/12/12

鳥沢駅(8:40)---梨の木平---扇山---淺川峠---権現山---淺川峠---扇山---梨の木平---鳥沢駅(16:20)


出発が遅いために中央特快に乗るが、八王子まで座ることができず、高尾駅に着いた頃には言いようのない疲労感が襲ってきた。もちろん、座れずに疲れたわけではなく、昨夜の酔いが微かに残っていることと、それに伴う睡眠不足のせいである。


晩秋まで共に山歩きができなかったMと、久しぶりに合流する。河口湖行きの電車に乗り込み、やっと着席する。私は、会って早々だが少し眠ると言い放ち、昨晩からの冷たい雨が上がり、まばゆい陽光が差し込む車窓を瞼の裏で感じながら意識を遠ざけていった。


束の間だが睡眠をとったおかげで、Mに起こされて鳥沢駅に降り立った時は爽快だった。駅前にはハイカーが多く、そしてバスが停留している。カントリークラブ行きと書いてあるから、これは登山口である梨の木平に連れて行ってくれるバスなのかと、僥倖の思いに駆られるが、ハイカーたちが乗り込む気配はなく、車内は大きなゴルフバッグを抱えた紳士たちで占められている。たぶん登山口の近くまで行けるバスなのだろうが、何となく乗り込み難い気分になる。結局、乗らなかった。


コンビニでおにぎりを買いたいとMが言うので、国道を大月方面に歩き、買い物と用を足して、青空の下、鳥沢の集落を歩く。丁度一時間で登山口、梨の木平の休憩小屋に到着する。子供を十人くらい引率するグループが準備体操をしている。我々はここで朝食を摂るが、子供たちの数人が、気になってしょうがないという風に視線をくれる。食べ物に敏感なのが子供らしい。慌てて食事を済ませて、登山コースを説明する大人の話に聞き入る子供たちより、先に出発することにした。


今回の目的地は権現山。本社ヶ丸の項で記したが、今年の初めに四方津駅から不老山を経由して登った山である。帰途は扇山を登り返して鳥沢に至るというコースで、積雪の中を行軍したせいもあり、辛かった思い出の方が強い山だったが、今回はシンプルに、鳥沢駅からの権現山ピストンである。想像しただけでしんどそうだ。今回はリベンジだな、とMは言うが、別に途中で挫折したわけではないので言葉に適切さを欠いているような気がする。曖昧な顔をしつつ出発である。


扇山への道のりは単純で、なだらかな山道を進むと沢が近づいてきて、水場が現われたら後はジグザグにひたすらに高度を稼いでいく。遠くに聳えるだろう権現山への意識から、ペースは速い。殆ど休まずに富士見の休憩場所に着いて、振り返ると見事な富士山が屹立していた。姿を見せている部分の全てが雪を白く纏い、手前の山々に白い雲をたなびかせ、青空を背景に鎮座している。まるで唱歌そのものの佇まいである。秀麗富嶽12である扇山の上に着く頃までに、この富嶽がこのままでいてくれる保障はないので、やおらカメラを取り出して写真を撮ってみた。あまりの好景で休みすぎてしまい、またペースを上げて登り始める。すると、間もなく遮る木立が消えて、空が広くなってきたな、と思ったら百蔵山への分岐である大久保のコルに到達した。尾根からは頂上までゆっくり進み、登山口から50分くらいで扇山に登頂した。


扇山の頂上はさすがに大勢のハイカーで賑わっていた。富士山は先ほどの光景と違わず見事な佇まいで、皆が眼福を享受していた。東の方面もまた見事に視界が開けて、相模湖の背に高尾山稜が並び、その向こうに平野が広がり、彼方にうっすらと高層ビル群まで見える。鳥瞰図が描けそうなパノラマである。そして北の方を向けば、これから向かう権現山の、幅広い山稜が聳えている。見るからに遠そうだ。改めて襟を正すような気持ちになり、宴会で楽しそうな集団を背に、出発することにした。


淺川峠へ、扇山の裏側を下る。日当たりのない山影の道は、急傾斜の上に、枯葉が昨晩の雨で濡れたまま敷き詰められているので、滑りやすく、慎重に進んでいく。緩やかな道になって少し進むと、やがて木漏れ日が当たるようになってホッとするが、再び下りはじめると、まだ下るのか、と気弱になる。目指す権現山と、さっきまでは対峙していたのに、だんだん、見上げるような位置にまで陥落してしまったのに気づく。曽倉山を越えて下りきったところに、扇山と淺川峠の指標が現われ、ここから静かな山道を粛々と進んでいく。人の気配は微塵もなく、細い道は所々、藪の残骸が道筋を覆うように枝が伸びていて、ストックで払いながら進む。そして漸く、淺川の集落へと分ける峠に辿り着いた。真冬に通った時の、雪道を思い出す。初冬の暖かい日差しの淺川峠だが、やはりうら寂しい雰囲気は変わりない。


扇山、百蔵山、そして権現山を称して北都留三山というらしいが、奥深く、幅広く聳える権現山は、大親分の佇まいだ。その山容に近づくべく、ひたすらに細い尾根上を進んでいく。やがて熊鈴の音が聞こえてきて、独りの男性とすれ違う。次に会ったのは、デイパックの軽装で、小さな犬を連れている若い女性で、ちょっと意表を衝かれる。淺川集落から来たのだろか、渋い散策だ。平坦な道を茫洋と歩き続け、常緑樹の林を過ぎたら、とうとう権現山への登りが見渡せる地点に着いた。小休止して、いざ登り始める。扇山までの快速を誇った私の両脚は、やはり疲労を隠せず、ジグザグ登りのペースが、俄かにスローになっていく。少し段差があるところでは、一瞬立ち止まり、息を整えてから歩き出す。Mが、その都度、最後の登りだぞ、と声をかける。無心で行進していたら、やがて道筋は曖昧になり、見上げる山稜まで、一気に急登の様相だった。本仁田山や笹子雁ヶ原腹摺山、そして塔ノ岳に至る大倉尾根を思えば、何でもない急登なのだが、やはりロングランの果ての急登か、脹脛が悲鳴を上げるかのようにピクピクしているのが分かる。ゆっくりと、脚を交互に幅広く、まるで四股を踏むかのように、一歩一歩登っていく。やがて、麻生山へと分ける尾根へと辿り着き、奥多摩方面の山々を望む道を、風に吹かれながら歩く。最後の登りにかかって、遠くから賑やかな人の声が聞こえてきた。


とうとう辿り着いた権現山の頂には、高齢の女性グループ、なんと十人以上がコッヘル鍋物パーティに興じていた。飲んだり食べたりはいいが、なんともおしゃべりでうるさ過ぎる。奥深いこの山で、まさかのおばちゃん大集団である。満身創痍で感動の登頂がこれか!と、軽いショックで崩れそうになるが、気を取り直して、ちょっと下がったところで昼食。誰も悪くないんだ、と自分に言い聞かせ、靴を脱いで両脚を投げ出す。Mのジェットボイルでカップ麺を作って貰う。木立の中で陽光が暖かく、そして風が気持ちいいくらいに涼しく感じられる。鳥沢のコンビニで買った、「甲州ワインビーフと舞茸」おにぎりを食べてみる。地元限定につられて購入したが、これがまたものすごく美味しくない。ワインとおにぎりはやはりちょっと違う。ちょっと考えればわかることだが。


相変わらずの大集団を背に帰途へ向かう。脚はまだダメージから脱却している感じではない。先ほどの急登を今度はあっさりと下る。木立を抜け、淺川峠で小パーティを抜き、振り返れば、大権現山が再び遠く聳えていた。覚悟の上で、今日三度目の本格的な登りにさしかかる。雪の道を再び思い出す。今日は未だ陽も高いが、やがて山陰になって、足元しか見ることができないまま急峻を辿っていると、あの冬の日と同じような絶望感が襲ってくる。もう嫌だけど、この山を越えないと帰れないのだ、と。ヨレヨレになって登る私の背後から、乾いた笑いの混じったMの励ます声が聞こえてくる。やはり鍛え方というか、キャリアが違うんだろうなと思う。とうとう、扇山のてっぺんに帰ってきた。


頂上は、誰一人居ない静けさだった。富士は既に逆光の陽の光で黒く浮かんでいた。何ひとつ遮るものがない頂上の、柔らかい太陽の光を浴びて、私は思わず草の上に倒れて、まどろんでいるうちに、眠ってしまった。Mに起こされた。30分くらい経過していた。横になって動かなくなったから心配しちゃったよ、とMが言った。そろそろ降りるか、と支度を始めた頃、いつのまにか扇山の裾から上がってきた霧があたりを包みこんだ。あっという間に辺りが霧になった。

まるで本社ヶ丸の時みたいだった。


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