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スイッチバックの苦悩・退路を断って高水三山

2009/12/20

御嶽駅(9:00)---惣岳山---岩茸石山---高水山---軍畑(13:00)


無味乾燥な無趣味人間というわけではないが、私は日頃常人の言う娯楽をあまり必要としない性質のように思う。能動的にTVを見ることもないので、サラリーマン仲間と飲んでいても、お笑い番組の話が多いが、さっぱり話題についていけない。酒も飲むし煙草も呑むので、遊興に散財することも少なくないが、物欲は殆ど無いに等しい。そんな自分が、山歩きを始めたおかげで、物欲の虜になっている。山岳用品店に目的もないのに入店し、ウィンドブレーカーやザックなどを物色し、高価で買えないなあと、知っていながらひやかしのまま店を出る様は、我ながら驚きを禁じえない。だが、欲しいものがないので欲を持たないということと、欲しいものだらけで欲を自制するということを比較すると、なぜだか後者の自分の状態に幸福を感じるのが不思議だ。物欲のない過去の自分は、満たされた精神性を保っているのだという自負があった筈だが、もしかしたら満たされないなにかがあったのだろうかと思えてしまう。無言で、ひたすら急登の道を行く時の、無為で苦しい状況が愉しいという不可解な精神状態は、ひとことで言えば、無心である自分に対する歓びであり、日常では得られないものなのだ。私は、私が得られたことのなかった精神性を体験することに飢えているのかもしれない。


そんな自己肯定を経て、初秋の頃、決心して新しい登山靴を買うことにした。山歩きを始めるにあたって最初に購入し、ここまで共に山々を踏破してきた、美津濃製ミドルカットタイプでゴアテックス装備の靴は、柔らかくて履き心地が良くて、私をここまで変貌させるのに一役買った功労者であることは間違いないが、さすがに疲弊の相が顕在化してきた。下りの場面で、しばしば足先の外側の部分が柔らかくなりすぎたのか、素材が伸びてしまったのか、躓きそうになる瞬間が増えているような気がした。靴底のソールは明らかに減っている。これは新たに購入しなければ、と自らに思い込ませるような日々を送っていた。もちろん物欲への言い訳とでもいうものであって、欲しい靴はもうとっくに決めてあるのである。憧れるのは革製の重登山靴であるが、何泊もして高山を縦走するわけでもないので不必要だし高価だ。足をしっかりと包むハイカットの登山靴というと、昨今の新素材を取り入れた高性能なトレッキングシューズなのだが、それらには、あの、登山靴、という重厚さのデザインと背反しているのだろうか、物欲を刺激して呉れない。メレル製「スイッチバック」だけが私のお眼鏡に適った。重厚そうで、廉価だ。スイッチバックは、箱根登山鉄道のスイッチバックで、鉄道用語だ。なんていい名前だろうかと思う。


登山靴を買う人は、専門店では入念に履き心地を確かめ、設えてある岩山を模した台を登ったり降りたり足踏みしたりしている。売る人も、慎重に履き心地をインタビューしている。当然である。しかし、私は店員氏に「スイッチバック」を所望し、一応履いてみて、擬似岩山を一往復しただけで購入した。ハイカットの靴は足首を締めて、違和感を覚える。そして、美津濃とは格段に違った密閉感と硬質な足を覆う感覚。しかし、これは慣れなければいけない感覚なのだという想念だけが支配し、私はサイズが丁度いいということだけで安心して、呆気なく購入して帰宅した。


近所の公園の、土で盛り上がったところを登ったり降りたりして、足に馴染ませようと心がけた。新しい靴は硬くて、近隣の舗装道路を歩いていても痛いだけだ。やはり山に行かなければと思って、秋晴れの休日に、家族で影信山に登った。高尾駅から終点の手前の大下バス停で下車し、キャンプ場跡からゆっくりと登った。足首の違和感はあれど、爪先などを襲う靴擦れの恐れは感じない。影信山で麦酒を飲み、小仏峠から城山、そして高尾山へ。最後は大渋滞の6号路を降りた。そして、高尾保養院が近づく頃、右脚の足首から脹脛にかけて、耐え難い痛みが襲ってきた。まるで捻挫でもしたかのように堅くなって張っている。突然まともに歩けなくなった。


欲しくて堪らなかった靴を手に入れてのこの事態に、驚愕と焦燥に駆られつつ、結論を下すにはまだ時期尚早なのだと、自分に言い聞かせ、少し期間を置いて、今度は陣馬山に向かった。藤野駅から線路を渡り、車道のトンネルを抜けた頃、もうあの痛みが襲ってきた。道端に座り込み、断念した。ザックの中に入れてきた美津濃に履き替えたら、まるで素足みたいに軽かった。私は今度こそ絶望してしまった。夜、帰宅して、悲しい気持ちでスイッチバックを眺めていたら、異変を発見した。右足側の、靴紐を引っ掛ける留め金を押さえるビスの一本が緩んで、抜けそうになっていた。異常な力を入れて紐を引っ張ったりはしていないし、仮に強い力をいれたところで、こんなに呆気なく留め金が緩んでしまうものなのか。これは初期不良品だ。しかし、右脚の痛みと関係があるのかどうかは定かではない。


師走に入るまで放置していたスイッチバックを、とうとう購入した専門店に持ち込み、修理を依頼したら、あっさりと新品と交換して呉れた。問答無用の初期不良だったのだ。

自宅で恐る恐る履いてみたら、足首の当たりは当然あるにもかかわらず、足全体を包む感覚が、以前ほど窮屈に感じなかった。同じ製品でも、同じサイズの靴でも、何かしら違うものなのだろうか。専門店で執拗に試し履きをするくらいだから、そういう物なのかもしれない。私は一筋の光明を見出したような気がして、思い切っていきなり山に出かけることにした。初めて独りで歩いた高水三山に、適度なハイキング。もしもの場合の美津濃を入れるために、ザックを出したが、沈思黙考し、敢えてデイパックの軽装にした。大丈夫そうだという予感と、もしもの場合という退路を断つ決意である。


早朝、御嶽駅から惣岳山目指して踏み出した。靴はかなり紐を緩めてある。全体がしっかりした造りなので、足首を締めなくても、格段に保護されているから、これでいいのではという判断だ。登りは違和感無く、そして足首の当たりは相応にあるものだという新たな認識で、ただひたすら登っていった。登りは非常に楽だったが、惣岳山から崖道を下る時には、やはり足首への当たりが厳しい。しかし、耐え難い痛みではなかった。

岩茸石山は冬晴れの快晴で、遠く筑波山まで望んだ。独り歩きの老人男性に、遥かに見える日光の山や谷川岳が白く光っている様を教えて貰った。

私の脚とスイッチバックは、問題がなかった。高水山は、巻き道でもいいかと思っていたが、思ったよりタイムロスが少ない展開だったので、きちんと三山を踏破して、最後の常福院からの下りで必要以上に減速はしたものの、軍畑駅まで辿り着くことができた。あの、捻挫のような激痛は何だったのだろうと思うほど、新しい靴という窮屈な感じだけで、新生スイッチバックは見事に役割を果たしてくれたのであった。

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