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笹子雁ヶ腹摺山

2009/7/26

笹子駅(7:15)---新中橋---笹子雁ヶ腹摺山---米沢山---お坊山---大鹿峠---氷川神社---景徳院---甲斐大和駅(13:20)


早朝のプラットホームは一週間前と違ってとても明るい。全く同じ時と場所だが、こうも印象が違うのが不思議だ。好天の朝である。入ってきた電車もずいぶん空いている。先週に引き続いてまた笹子へ行こうと決めた。道に迷ったりしたが、総じた記憶として満悦の山行きだった所以でもある。Mとのメールのやりとりで、私が何の気なしに行ってみたいなと記したのが、やはり名前に惹かれた笹子雁ヶ腹摺山(ささごがんがすりはらやま)だった。長い。名前が。本家雁ヶ腹摺山という名の山はあって、二番煎じで笹子雁ヶ腹摺山なのだろうと思うが、Mの指摘で、もうひとつあるという。滝子山から北へ大菩薩まで連なる途中に、なるほど牛奥ノ雁ヶ腹摺山がある。こちらの方が長い名前だ。笹子が二番煎じなのか三番手なのかは不明である。


八王子で乗り込んできたMが私を見つける。私は先週にくらべて今日は寝不足だ。前日は午後に少し仕事があって、帰宅したのは未だ明るい時間だったが、晩餉がことのほか長引き、赤ワインを飲みすぎたせいでもある。三時間ほどしか眠ってないのに加え、身支度にも手間取って、ちょっと体調としては不十分な儘出かけて、そして空いてる電車をいいことにうたたねだったのだが、高尾で会うのかと思ったら目ざとく発見されてしまった。


窓外はこれ以上ない晴天で、本当に今が朝の六時台なのかと思うほど陽は高く山は緑に映え空は青くで眩しくて直視できないほどだ。大月で一旦降りて、後続の松本行きを待つ。岩殿山を眺めながら煙草をくゆらす。寝不足と酒量のせいか、今朝は用便を果たすことができなくて、いつ来るかと思い、松本行きの車輌にはトイレはあるものの、いざとなれば途中駅で下車して用を済ませればよいなと淡い期待で一本早い大月行きに乗ったが、結局まんじりともしない儘だった。大月駅のホームで強い日差しを浴びながら喫煙しても体内に変化の兆しは感じられない。Mはこの間を利用して用を果たしたみたいで、軽快に歩いてきた。松本行きの最後方車輌に乗ったらトイレがあるかなと思って来た電車に乗ったが、お目当ては先頭車両だった。まあ別に慌てているわけではない。直ぐに笹子駅に着いた。


勝手知ったる、というような気分の緩みも加わって、晴天の笹子駅は前回と違って明るい。Mは気遣って私の用が済んでから行こうと言うが、どちらとも言えない儘ならもう行こうと思う。騒がしい甲州街道を早く済ませてしまいたい。

清八峠の追分分岐を横目に、街道が山腹に迫りループ気味になる頃、登山口の新中橋に着いた。旧甲州街道から矢立の杉を眺めて笹子峠というルートも惹かれるが、Mは笹子雁ヶ腹摺山への直登を選ぶことに迷っている様子がない。私はどちらでもよいので彼に従う。直射日光の車道歩きに辟易して、やっと山道かと思うとホッとした。しかしやはり導入部は叢が深い。そして湿った道は倒木を利用したりして不安定な歩き出しである。そして早速登りが急になった。前回のダラダラとした変電所までの林道歩きのおかげで心静かに歩く覚悟を決めていたのに、笹子雁ヶ腹摺山への直通ルートは、いきなりの急登に始まり、そして殆ど平坦の道が続かない儘の登坂を強いられる。本仁田山どころじゃないな、と言いつつ上がりそうな呼吸で二人登る。相変わらずの日差しは木漏れ日となってグイグイ登っている我々の背中を照らす程度。ひんやりした風が気持ちよい。そしてこの急登は苦しいが、想像以上に連続するから、却って闘争心が湧いてくる。後ろに続くMの呼吸がなんとなく悲鳴を帯びているような気がして、私としてはやや余裕を持って一本休憩を取る。Mはそのたびに、しんどい、と呟く。給水給水、と、いちいち言ってからザックから飲料を取り出している。健脚の彼の衰退ぶりを垣間見るようだ。


やがてひとつの稜線に辿りついて、ゆるやかな道を歩く。もう近いのだろうかと、Mはいつになく目標までの標高差を計る。かなりの短時間で標高を稼いだが、数値上ではまだあると言う。そして間もなく急登が迫ってくるのが見える。さすがにこの傾斜の繰り返しはすごいな、と思ったら鉄塔のある開けた場所に到達した。大きい反射板を掲げた塔で、直射日光が鋭い。しかしひとつの急登の途中の中休みなので立ち止まる。もう少しで着くんじゃないか、と、Mは相変わらずきつそうな様子だ。

昨夜の酒はとっくに蒸発して消えていったようで、私はすこぶる気分がよい。ふたたび樹林の中に突入して、さあこい!というような気分で進んだらあっさり笹子雁ヶ腹摺山の頂に到着した。


秀麗富嶽十二景にエントリーされているこの山から見える富士は、なぜだか前回の本社ヶ丸からの眺めよりも大きく見える。左手前に連なる御巣鷹山、そしてその手前に見えるのが本社ヶ丸のあたりで、ここからは一歩退いた距離から富士山を見ているような気もするが、実際はわからない。とにかく今日の秀麗富嶽は真正面に黒々と聳えて見える。もっとも夏の立体的な雲が裾を隠したりしているが。


大休止して、思いも新たに米沢山に向かう。今日は笹子駅から笹子トンネルの上を歩きそして縦断して国境を越えて甲斐へと下る予定だ。電車で5分の道のりが、いにしえの峠越え標準タイムで約八時間。それを果敢に踏破する。バリエーションルートでここから米沢山の間で甲斐大和に下りる道があるらしいが、私には判別できなかった。笹子峠から連なる山稜を歩いて行くのかと思っていたので、いきなり急激に下り始めて戸惑う。そしてそんな想念をあざ笑うかのように、下りは続く。そして、また最初からやり直し!という感じで急登が立ちふさがる。肉体的ではなく、その単純明快さに怯んでしまう。登ったら降りる。降りたら登る!みたいな感じだろうか。あんまり当たり前のことを面と向かって言われたら、怒るか、怪訝に思うのが関の山だが、この場合は相手が山なので、怒ってもどうにもならない。訝しんでも始まらない。ここは別名関の山なのかもしれない、などとどうでもよいことを考えながらひたすらに登った。


アップダウンの途中のピークで、右手に「展望台」という指標があり、向かってみると、笹子の街道筋を見下ろせる良景だ。麓から右手を視線で辿り見上げる途中に、あの反射板を掲げた鉄塔が見えて、これがシンボルです、と言ってるような佇まいで、笹子雁ヶ腹摺山の全容が目の前に聳える。反対側を見ると、同じように作り物のように端正に、三つの山がそれぞれ立っている。左の手前が目指す米沢山で、その隣がお坊山、そして右端が東峰だろうか。右端から山稜はなだらかに笹子宿へと裾を伸ばしている。あの山々をまた登ったり降りたりするんだろうかと思ってちょっと信じられない気持ちになった。暑さのせいもあるかもしれない。


実際その通りになった。鎖場まで現われ、登りつめた米沢山からは、甲州勝沼の町が遠く見渡せる。手前に視線を落とすと、目指している山峡の町だろう。とにかく進むしかない。今度はそれほど急降下ではなく、少し下ってまた登り、持久戦の様相を呈してきて、やがて休んでいきたくなるような小高い位置に着き、これが地図上に書かれているトクモリなのだろうか。Mがそう言うのだが、なんで、と聞いても、ちょっと盛り上がった感じだろうなどと言うので信じることができない。急登はお坊山まで続いた。今度こそという感じで、私は煙草で休憩する。もう登ることはないだろう。気づいてなかったが、今日一番の高さで、1400メートルを越える地点だった。そんなことに感興が湧くことができないくらい、蠅や蚋の類が文字通り五月蠅い。そういえばここまで誰にも会っていない。やはり酷暑の中、低山でありながら急登を繰り返すこのコースは敬遠されるのだろうか。だとすれば却ってこのルートの良さと言えるかもしれない。そんなことを考えられるくらい、これで急登は終了、と、きっぱりしつつ開放的な気分になっている。


笹子へ下る分岐は木のベンチが設えてある開けた場所で、ここから左へ繁茂した道を下り続ける。そして大鹿峠に着いた。右にクイックするように笹子への道。そして前方にまた小高い場所に向かって、景徳院の文字が現われる。少し登って再び分岐点。大きく左に舵を取って、今度こそ夢中で下る。プラスチックの階段が埋め込んである整備された道だが、やがてそれも途切れ、大雑把に広い山道がひたすらに続く。鉄塔が等間隔に現われ、送電線とともに下る。徐々に駆け足になっていった。私はデイパックの軽装で、しかもサポートタイツに半ズボン。それが駆け下りていく様はまるでトレイルランナーのようではないかな、などと思ってるとだんだん調子に乗って、下り勾配に身を任せて速度を増していく。涼しかった風がムッと生温かくなり、もうすぐかなと感じながらふと後ろを振り返ると、Mの姿が遠い彼方に見える。構わず駆け下りて、ケレン味のない佇まいの氷川神社の前に来た。ここでMを待つことにした。思った以上になかなかやってこない。漸く現われた彼は、足を若干引きずっている感じだ。転んだのかなと思ったら、走ってる最中に思い切り石を蹴ってしまい、爪先が痛いのだと言う。本当に痛そうだ。


無事下山の御礼を祈って、民家の庭先へ出て、長くハードな峠越えが終わった。景徳院を見上げる県道に出て、真夏の日差しを直に浴びてアスファルトの道を下っていく。途中、改造バイクも混じった走り屋連中が奇声を発しながら走り去って行った。お坊山の蠅よりも五月蠅い。まあ今のうちに発散して、後は末永く労働して納税してもらいたいもんだな、と私が捨て鉢に言うと、年金もな、とMが空虚な感じで返す。何かあったんだろうか。


景徳院に午後一時前に到達したから、笹子駅から五時間弱だったことになる。それから三十分で、反対側の笹子トンネルの口を感無量で眺めつつ、甲斐大和駅に着いた。駅前の店で生ビールをたくさん飲んだ。山菜の天麩羅が矢鱈に旨いので、遂にはほうとうを食べながら甲州ワインまで空けてしまった。Mはことのほか上機嫌で、次回もこの店に来よう、とのたまう。おいおい順序が違うのでは?と言いつつ私も、店内に貼ってある上日川峠のバス時刻表を眺めて、大菩薩から降りてバスに乗れば、午後三時にはここで飲めるなと思った。二人とも上機嫌だ。


店の女将さんに、バスが着いたらこの店も混雑するでしょうね、とお愛想を言ってみた。彼女は嘆息気味に、電車との接続が良すぎて、バスから降りた人は、まっすぐ駅にいっちゃうんですよねえ、と言った。合理主義の隙間に見過ごされている観光産業の生声であろう。阿吽の呼吸で、一時間くらい呑み助を駅で待たせる粋な計らいもあるのではと、甲州市の行政府に、私からも提言したい気分だ。


駅前なので油断して、とうとう白ワインまで追加。いい加減帰ろうと、半分残ったボトルと貰った紙コップを抱えて、甲斐大和駅のホームに降りると、通過待ちでおとなしく鎮座した電車が待っていた。ベンチシートに座って、二人でワインの続きをする。さすがに疲労と満腹で頭が朦朧としてきたかな、と思ったら、電車は発車してすぐ暗闇に突入した。延々と走り続け、やがて宿場町の笹子に飛び出した。もはや言うことはない、と言った感じで、私は眠りに落ちていった。

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