隔週で富士登山。馬返から佐藤小屋テント泊経由の吉田ルート。(後篇)

大量の輸入牛肉に予め焼肉のタレを漬け込んでおいたジップロックのハードケースを取り出す。山用フライパンに野菜と肉を漸次投入すると、香ばしい匂いと煙がテント場に瀰漫する。私は缶麦酒を、叡君は缶チューハイのプルトップ蓋を開けて乾杯した。富士山吉田口一合目、馬返から此処佐藤小屋迄の道程は順調で、およそ三時間弱で踏破したことになる。二週間前の下見登山より三十分くらい余計に掛かったが、途中の軽食休憩を含んでのことなので、標準コースタイムよりも充分に速いペースである。 2018/8/29-30 馬返(11:00)---二合目(11:55)---三合目(12:50)---御座石(13:15)---佐...

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隔週で富士登山。馬返から佐藤小屋テント泊経由の吉田ルート。(前篇)

吉田口ルートでの富士登山は一年前に敢行した。佐藤小屋にテントを張り、深夜に軽装で出発すると云う計画は其れ程無理の無い行程の筈であった。次男の罫君とふたり登山の予定だったが、友人の親子と計四人での登山となり、其れが結果的には著しく遅いペースで登頂した要因となった。そんな苦行の混じった山行だったが、富士山駅から馬返バスを利用することで、テント装備でもストレスは少なく、一合目から五合目迄登ることができるのを実感した。一度通った道である。今回は同じ行程で、大学生になって九州に住んでいる長男の叡君が帰省しているので、一緒に登ることにした。 夏季休暇中の八月十九日に出発と日程を設定していたが、叡君...

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高千穂峰ふたたび・栗野岳と南洲館の泥湯(後篇)

栗野岳は霧島連山の西端に位置している。えびの高原から西に延びる、鹿児島宮崎の県境のラインに沿って尾根の続く先の、ぽつんと外れた位置に在る。壮麗な霧島連山を概観してみると、瑣末な存在のように見えるが、韓国岳などの新期霧島火山が形成されたのがおよそ二万年前であるのに対して、栗野岳を含める古期霧島火山の形成期は十万年から三十万年前と云うから、古さのスケールが違う。古いから偉いなどとは勿論考えないけれども、敬意を表しつつ、一度は登ってみたい山である。 公共交通機関での登山口へのアプローチを考える場合、鉄道の肥薩線に栗野駅が在り、其処からは鹿児島県姶良郡湧水町のコミュニティバスを利用できるものの...

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高千穂峰ふたたび・栗野岳と南洲館の泥湯(前篇)

南九州の山に登る機会は突如として訪れる。鹿児島県に姻戚関係が出来たお陰で、用事が出来ると飛行機に搭乗して出掛ける為の算段をする。何の縁も無かった頃は果てしなく遠いと云う印象だった南九州だが、航空券も探すと存外に廉価であり、飛行機なので当然所要時間も短い。そのような訳で、登山に傾倒してからの鹿児島訪問はプランニングの妙で、此れ迄も開聞岳や霧島ジオパークを堪能してきた。 今回は閑散期とは云えない7月20日に訪薩することになったが、22日の午後から自由の身となり、23日の夕刻に溝辺鹿児島空港を発つ飛行機に搭乗し、帰京すればよいことになった。さてどうしよう。どの山に登るのか。思案の方向性が定ま...

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断章的に。温泉ヶ岳・大山、エボシ山(東丹沢登山詳細図踏査)・石砂山(高尾登山詳細図踏査)

温泉ヶ岳 友人の磨砥井君他二名との恒例のキャンプは、曾遊の地と云っていい、奥日光湯元温泉と決まったので、例によって磨砥井君の愛車に同乗して早朝、中禅寺湖畔に到着した。日光連山は未踏の太郎山や山王帽子山などに食指が動くものの、友人の登山意欲は相変わらず減退しているようで、嘆かわしい限りである。仕方なく朝飯前程度の行程を提案して了承された。車で金精トンネル迄登ると、既に男体山を中心とした鳥瞰図的な展望が広がっている。標高1800mを越えているのでさもありなんである。 2018/5/26 金精トンネル出口(8:10)---金精峠(8:45)(9:00)---温泉ヶ岳分岐(9:55)---...

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戸隠キャンプ場から黒姫山

最早恒例となった、高速バスの廉価乗車券を利用しての戸隠行である。高妻山に登頂したので、次はいよいよ戸隠山かと思案するところだが、平穏に山頂ビバークを愉しむ為に、黒姫山に登ってみることにした。毎度の同時刻に到着した戸隠キャンプ場のバス停から、暫くは県道を歩く。歩いていく先の正面に黒姫山が既に全容を現わしている。天候は申し分の無いもので、路傍の雑木林に点在する湿地には、水芭蕉も咲いていると云う、五月の連休明けの平日である。 2018/5/15 戸隠キャンプ場バス停(13:45)---大橋林道入口(14:15)---新道分岐(15:15)(15:30)---しなの木(16:00)--...

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断章的に。乾徳山、岩櫃山、男山。

「飯盛山の早春の候」以降、全く山行文を書くことができず今年が終わりそうなので、断章的に、そして備忘録的に記録を残すことにした。 ............................................................................................................................................................................................... 乾徳山 2018/3/11 乾徳山登山口バス停(9:45)---登山口(10:1...

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槍ヶ岳

未明に横尾を出発し、予定通りの行程で殺生ヒュッテにテントを設営した後、私は念願であった槍の肩、槍ヶ岳山荘前のテラスに立っていた。そうして、改めて彼方に広がる景観を見渡す。穂高連峰に連なる山稜から左手に視線を移すと、端麗な常念岳がひと際に目立って屹立している。鉛色の空の下で、北アルプスの風景は、遥かに続く山並みを一望にしていた。 槍、穂高のパノラマを覆う曇天は、静止画のように変化も無く広がっていた。風も無く、人々も無言で風景を眺めている。穏やかな静けさと云うよりも、時が止まったかのような無機質な静寂が、周囲を包んでいた。暫くすると、静かな山岳風景の様相に変化が現われた。穂高連峰の方角に、...

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飯盛山の早春の候

厳冬期の北八ヶ岳登山が終わって、安堵した儘茫然となり、日常生活を過ごした。そうしているうちに、もう東京は春の気配になっていき、懊悩し苦悶の心境で揃えた雪山装備は、其の儘休養に入らざるを得ないようで、なんだか虚しいような気もする。単独行でも歩けそうな、未だ雪に覆われた山は無いものかと思案して、春季に発売される「青春18きっぷ」を初めて購入した。三月初旬に、八ヶ岳のような高山帯に、ひとりで入ることは出来ない。そう自分に戒めてから思いついたのが、小海線清里駅から歩く飯盛山である。標高1600mの低山だが、其の眺望は折り紙つきと云われる山である。其処に登って、八ヶ岳を眺めてこようと思う。 ...

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東天狗・初めての厳冬期八ヶ岳登山(後篇)

アイゼンを外して二重の扉を経て、黒百合ヒュッテの屋内に入ると、眼鏡が瞬時に曇って何も見えなくなった。土間の左手に在る休憩場所の小上がりは、隙間無く人々が蠢いている。ストーブの暖気と人いきれで、小屋の中は熱気に溢れていた。眼鏡を拭き直して前方を確認し、難渋しながら靴を脱いで、二階に上がると、薄っぺらい布団が敷き詰められている大広間に出た。 黒百合ヒュッテは、夕刻になってから宿泊客に布団の割り当てが行なわれるので、其れ迄は二階に上がることが出来ないと云う規則になっているが、我々は大広間の奥にある個室に入って、荷を下ろした。布団部屋のような狭い空間に、七人が泊まることになるが、此れで心おきなく仲間...

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東天狗・初めての厳冬期八ヶ岳登山(中篇)

渋の湯行きのバスは二台の増便になり、全乗客を着席させて、快晴の茅野駅を発車した。乗客は当然のことながら、冬期登山の装備と恰好の者ばかりである。ザックに括られたピッケルの先端が乱立している。其れは自分も同様なのだけれど、禍々しい光景に見えるので落ち着かない。縄文遺跡の尖石から県道渋の湯掘線に入り、銀嶺の八ヶ岳と、純白の蓼科山が交互に車窓に現われる。今迄は遠く眺めていただけの雪山であったが、今日は其れに登る。しかし未だ実感は湧いてこない。今日の午後から天候は悪化し、降雪となる気象予報であったが、今のところそのような兆候は全く感じられない。 2018/2/10 渋の湯---黒百合ヒュ...

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東天狗・初めての厳冬期八ヶ岳登山(前篇・雪山装備の調達に懊悩する)

冬山の経験が殆ど無いに等しい私が、厳冬の二月に北八ヶ岳、天狗岳登山を敢行することになった。勿論自分の発想では無く、「登山詳細図」踏査隊のメンバーによる山行計画に参加させて貰うことになった所以である。リーダーである世話人氏に誘われて、その気になったのはいいが、其れからは、雪山装備の準備に就いて、頭を悩ませる日々が続いた。 登山計画書と共に送られてきた必携装備一覧によると、 登山靴(冬季用)、スパッツ、アイゼン十本爪以上、ストック、ピッケル、サングラス、ゴーグル、目出帽、冬季用手袋、ヤッケ(シェル)上下、防寒具、ニット帽、行動食、非常食、ツエルト、日焼け止め、地形図、登山地図、コンパス、GPS...

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断章的に。馬返からの富士山・初めての吉田口ルート

2017/8/5 馬返(11:20)---一合目・鈴原神社(11:50)---二合目・小室浅間神社(12:30)---四合目・御座石浅間神社(14:10)---佐藤小屋(15:25) 2017/8/6 佐藤小屋(0:10)---六合目(0:45)---七合目・花小屋(2:40)---東洋館(4:00)---御来光休憩(4:50)---八合目・太子館(5:25)---元祖室(7:25)---八合五勺・御来光館(8:40)---九合目(9:35)---富士山頂・久須志神社(10:05)---佐藤小屋(14:30) 昨年の夏休みに遂行できなかった、吉田口一合目からの富士親子登山を...

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五地蔵山から高妻山

高速バスで長野駅に、そして古びた車体の路線バスに乗り換えて、戸隠を目指す。此の行程は、昨年の飯縄山を訪れて以来、三度目である。二度目は昨年の十一月初旬のことで、此の時の山行は、結局のところ目的を達せずに撤退した。帰京してから、沈鬱の気分の儘、暫く山から遠ざかった。 戸隠連峰の十一月、私は其の自然の猛威に圧倒されて、目的だった高妻山に登ることができず、翌朝に下山したのだった。 粉雪の舞う戸隠キャンプ場を今回と同時刻の、午後一時半過ぎに出発すると、弥勒尾根の途上で暴風雪になった。其れに抗いながら、積雪を踏んで六弥勒に辿り着いたのは午後五時を過ぎた頃で、稜線上を通り抜ける風はいよいよ強烈に...

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霧降高原から女峰山(後篇)

午前四時にテントから這い出ると、空は薄っすらと青味掛かった程度だったが、珈琲を沸かして飲んでいるうちに、あっという間に夜が明けた。昨日は間断無く流れる雲間から、時折覗いていた女峰山であったが、今朝は明瞭に、眼前に佇んでいる。  此処、一里ヶ曽根独標から北西に迂回する尾根が、北側の尾根を収斂して、女峰山に連なっている。晴天の順光で眺める女峰山は、直ぐ其処に在るような気がする。私は、心静かにテントの撤収を終え、整地した場所に岩礫を戻して、小さな祠に手を合わせた。女峰山登頂の朝は、此れ以上に無い好天のようであった。 2017/5/29 一里ヶ曽根独標(5:30)---女峰山...

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«霧降高原から女峰山(中篇)

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