台ヶ岳「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

箱根山と云う大雑把な括りで、噴火警戒レベルが引き上げられ、箱根の中央火口丘、神山周辺の登山道が立入禁止となって久しい。仮に中央火口丘が御嶽山のように大爆発となれば、強羅や仙石原などの周辺に在る観光地は壊滅状態になり、最早登山道などという瑣末な問題では済まない訳で、憂慮せざるを得ない未来ではある。果たして大涌谷は本当に大噴火するのか。懸念は尽きないのだけれど、大涌谷は、相変わらずの噴煙を吐き出しているだけである。 矢倉岳、鷹落場の「箱根登山詳細図」踏査に行った翌週、またもやMD、KR両氏と小田原駅で合流した。本日の目的地は台ヶ岳である。箱根外輪山の金時山辺りから中央火口丘を眺めれば、其の手前に独...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

矢倉岳・鷹落場・鳥手山「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

うたた寝から覚めて窓外を眺めると、電車は既に渋沢駅を過ぎて、山深い処を走っている。早朝に新宿駅を出発した小田急の電車に揺られて、一時間が経っていた。新松田駅には、待ち合わせ時刻の随分前に到着したので、駅前の箱根蕎麦をゆっくりと食す。地蔵堂行のバス乗り場に向かうと、既にKR氏とNZ氏が並んでいる。 前回初めて参加した「箱根登山詳細図」の踏査は、箱根外輪山の東端を歩いたが、本日の行程は更に周縁の外側を巡ることになっている。外輪山の北端である金時山から、静岡、神奈川の県境が寄り添う尾根が延びて、ハイキングコースは足柄峠迄続く。其の東側に、独立峰のように端整な山が唐突に在る。 標高870mの矢倉岳は、...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

倉岳山北東尾根

倉岳山に登る時は、いつも決まって梁川駅からであり、時計廻りに周回して、鳥沢駅に下りる。月尾根沢に沿って続く登山道が心地好い、と云うのが理由である。逆廻りで下山路にしても構わないのだが、都会の喧騒から離れて山に入る朝、最初に出会う風景が月尾根沢、と云うのが個人的に重要なのである。日常の中で、気持ちが落ち着かなかったり、深く沈んでしまう時、月尾根沢沿いの登山道を歩く為に、電車を乗り継いで、なんとなく無為に出掛けてしまうことが儘ある。倉岳山と云うよりも、月尾根沢が目的の山歩きは、私にとって馴染みの深い行為である。 一月の中旬に、そんな気分で相変わらずの倉岳山に行った。沢を詰める頃に現われる水場付近か...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

明星ヶ岳・塔ノ峰「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

「諸戸尾根から梅ノ木尾根。相州大山を踏査隊有志と登る」の時以来、約二年ぶりにMD氏率いる「登山詳細図」踏査隊に参加した。粛々と進捗している箱根図の踏査エリアの、残存部分を消化していく計画である。そのような訳で、折角箱根迄やってきたが、登る目的地は明星ヶ岳であり、其処から早くも外輪山を下山して塔ノ峰を目指すと云う行程である。枝葉末節と云っては失礼になるかもしれないが、そんな区間を歩くことになった。塔ノ峰は立派そうな山名だが、箱根湯本駅、塔ノ沢温泉の北方に立つ標高566.3メートルの里山である。余りにも地味で、此れ迄訪れようと考えたこともない。そのような山に登ることができるのも、踏査の必然性あれば...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宮地山・セーメーバン「甲斐郡内登山詳細図」踏査隊と歩く。

大菩薩、小金沢連嶺から派生して、中央本線大月駅向かって南下する尾根の途中に、セーメーバンと云う変わった名前の山が在るのは充分に承知している。セーメーバンは昭文社登山地図に、括弧の括りで晴明盤と記されている。陰陽道の安倍晴明が此の周辺で没したと云う伝説に拠るのだそうだが、伝説が荒唐無稽であることに異存は無い。無いのだけれど、此の地味な山中に陰陽師の伝説が出てくる唐突さに、違和感とともに興味が湧く。 インターネットで検索すると山行記録が多数出てくる。眺望の無い、ピークなのか判別し難い、そんな山のようである。三等三角点が設置されている処は、等高線の閉じた山頂の端に記されているから、さもありなんと思う...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

甲東不老山・鶴島金剛山 「甲斐郡内登山詳細図」踏査隊と歩く。

奥武蔵から丹沢に至るエリアを網羅するまでになった「登山詳細図」シリーズ。今度はいよいよ山梨県の中央本線沿線を機軸とする周辺図を刊行予定とのことである。私は2016年の6月に、倉岳山の踏査に参加、7月には笛吹(うずしき)バス停から丸山に登る踏査に同行した。夏山シーズンになって御無沙汰していたが、秋口になってふたたび参加できるようになった。 2016/10/7 不老下バス停(9:10)---甲東不老山---高指山---和見峠---甲東小学校跡((14:00) 不老下行きのバスに乗る為に、上野原駅北口のバス転回所に出た。富士急山梨バスは、此の上野原周辺のハイキングコースの普及に熱心で、ベテラン然とし...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重太郎新道から前穂高岳ふたたび(後篇)

息子の罫君にダウンのシュラフを貸与しているので、私はシュラフカバーの中に、インナーシュラフを重ねて包まっている。暦表では十月になった北アルプス、岳沢小屋のテント場は、其れ程の寒さでは無いので、快適に眠ることが出来た。何よりも、いつもひとりで過ごすテント内に、ふたりで居るというだけで暖かい。 深夜に目覚め、テントの外に出ると、小粒の雨が降っていた。どうなることやらと、半ば諦めたような気持ちになって、ふたたび眠りに就いた。出発予定時刻の一時間前、午前四時のアラームで目が覚めると、テントを打つ雨音が激しい。駄目だったかと、私は観念して、雨が止むまで待機することを罫君に告げた。することもないので、シュ...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重太郎新道から前穂高岳ふたたび(前篇)

何処で誰からどのような影響を受けたのか、今夏は富士山に登りたいと次男の罫君が云うので、其れならば、と計画を立てたのが山開き前の六月頃だった。私の経験した富士登山は、あの御殿場ルート日帰り往復だけである。苛烈だった登山の記憶は、今も鮮明に蘇ってくる。日頃、スマートフォンを相手にして、部屋に閉じ籠もっている高校生に、耐えられる訳が無い。そう思って、此処は無難に吉田口五合目からの往復にしておくかと考えてから、やはり、あの非人道的な環境であろう山小屋に高い代金を払って宿泊するのは嫌だなと思い直した。そうして、馬返しから五合目に登り、テント場の在る佐藤小屋で幕営し、程よい未明に出発して往復してこようと云...

» 続きを読む

| | コメント (2) | トラックバック (0)

武尊神社から武尊山(後篇)

薄暗い北尾根から漸く稜線に出て、武尊連峰の一角を担う剣ヶ峰山に立った我々は、最高峰、沖武尊へと続く稜線に戻って、好天の登山道を歩き続けた。紅葉の断片が、夏山の緑と混淆しながら、秋の彩りに染めていこうとしている。しかし、陽差しを受けて歩き続けていると、徐々に暑さで疲労していき、絶景の稜線散歩と云う気分は、途中に在る鞍部を越えて、1975mのピークに達する頃には徐々に霧消していった。未だ着かないのか。そんな風情で眼前に聳える沖武尊を見上げている無言の友人、磨都井君の様子を、私は慎重に窺っていた。 此の儘稜線を進んだ先の、沖武尊山頂直下は急坂だと、ガイドブックには明記してある。そして、1975mピー...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

武尊神社から武尊山(前篇)

上州の武尊山を初めて意識したのは、尾瀬の至仏山に登り、小至仏山に向かう途上の、心地好い稜線を歩いた時だった。笠ヶ岳に連なる山々の向こうに、ひと際目立つ鋸歯状の巨大な山塊が聳え立っている。 燧ケ岳を背景とする尾瀬の風景に傾倒していた意識が、唐突に現われた嶮岨な八ツ峰に惹きつけられた。八と云うのは多数を想起させる誇大表現ではない。最高峰の沖武尊を筆頭に、本当に八つの尖った峰が連なって屹立している塊りである。武尊と書いて、ほたか、と読ませる。武尊山は日本武尊伝説を恣意的に敷衍させようとしている、プロパガンダのような山名のように思われ、私にとっては余り好い印象を受けない山であった。其れが眼前に遠く聳え...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白毛門

暗がりの中を延々と続く階段を登り続ける。背後にざわめきを感じながら、逸る心を抑えながら、淡々と歩を進める。三番手をキープして登っていたが、終盤にトレラン然とした恰好の若者に追い越され、続いて単独行の女性ハイカーに追いつかれる。昨年の同じ頃に訪れた時は、上越線の電車から降り立って、久しぶりのトンネル駅が懐かしくてうろうろしたが、今日は一目散に階段に取り付いた。五番手で462段の階段を登り終え、地上の改札口に到達すると、人が随分居るので少し驚いた。自家用車でやってきた観光客が、駅を見物するために立ち寄っているのだろうか。快晴の空を見上げながら、一年前の曇天だった駅前の風景を思い出す。途中で降雨に遭...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白馬岳(後篇其の参・国境の稜線を辿り栂池に下山する)

テント場の若者たちは飽くことも無く酒宴を続けて、どうなることかと思ったが、常識的な時刻に終了してそれぞれのねぐらに散って呉れたので安堵した。唯一の女性がどのテントで寝るのかという問題で、男性諸君が侃侃諤諤の議論を交わしていたのも御愛嬌である。そうして白馬岳頂上宿舎の夜は更けて、私は簡単な食事を済ませると、直ぐに眠ってしまった。未明にアラームで目覚めると、既にテントの外側からざわざわとした物音が聞こえる。若者たちが御来光目当てに出発していくのを確認して、私はゆっくりと撤収を開始した。ふたたびの白馬岳山頂に向かって、砂礫の傾斜を登って行く。朝の白馬山荘は、物資を運搬するヘリコプターが何往復もしてい...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白馬岳(後篇其の弐・山頂で初めてのブロッケン現象に遭遇する)

夜行列車の睡眠不足と、想像していた以上に苛烈だった猿倉ルート経由の疲弊で、白馬岳頂上宿舎裏手のテント場に、ほうほうの態で到達した私は、結局三時間以上も午睡を続けて、我に返った。テントの外が未だ明るいのを確認してほっとする。隣のテントから、若者たちの会話が聞こえる。酒宴は続いているようで賑やかである。会話の内容は、職場の話題ばかりなので、学生では無いと云うことが判る。否応なしに聞こえてくるので聞いてしまうが、話題の端々から察すると、医療、福祉関連業界の集団のようである。女性が一名だけ居て、あとは全員男性である。同僚が一斉に休暇を取って登山に行けるような業種では無いような気もするが、まあどうでもよ...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白馬岳(後篇其の壱・冷風の白馬大雪渓)

瓦礫の合間を縫うようにして、大雪渓の入口に近づき、巨岩の傍らで久しぶりの軽アイゼンを装着した。雪は泥の暗色に混濁し、点在するのはクレバスと呼んでよいのかどうか不明だが、細くて黒い裂け目と、歩行を誘導する赤いマーキングの筋が茫洋と続いている。白馬大雪渓は、夥しい登山者と下山の徒が交錯しながら、行列が停滞していると云う光景で始まった。砂礫と雪が混淆する斜面で、下山の若い男女のグループが、一歩を踏み出しては滑りそうになって、深刻な表情で歩を進ませることができないでいる。ねえこれ通れるの、と若い娘が険しい顔で云った。瀟洒なウェアを着た恰好のよい若者たちが、及び腰で転びそうになりながら通過するのを随分待...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白馬岳(中篇)

北股入の流れに沿って、砂利の林道が緩やかに蛇行しながら続いていた。生い茂る樹林帯の下を歩き続けて、唐突に視界が開ける。白馬岳の主稜と、小蓮華尾根、其の合間に分岐して落ちてくる支尾根が、続々と合流している谷間に、真夏の陽光が降り注いでいる。猿倉荘から黙々と歩き続けているが、バスを降りた時の夥しい人の姿も随分減ってきて、私の気分は徐々に落ち着いていった。順調に西へと辿る道の先に、岩塊の尾根が行く手を遮るように、眼前に現われた。大きく左に旋回し、岩尾根を迂回するようにして続く道が先細り、御殿場と呼ばれる広場から登山道が始まる。白馬登山の徒は、傍らの植物を愛でながらゆっくりと歩いているから、登山道は断...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«白馬岳(前篇)