弟富士山、明ヶ指の卵水、清雲寺の枝垂桜。(前篇)

富士山と名づける御当地の山は幾多も在るが、弟富士山と云うのは珍しい。弟とは謙虚な響きにも感じられるが、二番手を主張する頑なさのようにも聞こえる。読み方は「おとふじやま」で、山麓には勿論、浅間神社が在る。標高は386mで、秩父鉄道、武州日野駅の直ぐ南側に、寄り添うように盛り上がっている。標高290m前後の武州日野駅から眺めると、余りにも近い所為か全容は判らず、雑木林のようにしか見えない。 前回の秩父行からひと月近く経って、kz氏とふたたび再訪することになった。前回の山行の途上で見た、「明ヶ指の卵水」の道標が気になると云うkz氏。地図で確認すると、安谷川に沿って山深く入ったキャンプ場付近に、其れは...

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箱根レーダー局前から星ヶ山公園「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

湯河原駅を出発した箱根町港行きバスが、藤木川に沿った県道の坂を登っていく。奥湯河原の温泉場を過ぎると椿ラインに入り、高原バスの趣になった。標高700mを超える芦ノ湖畔に向かっている訳なので、さもありなんとは思うが、車窓は既に相模湾や伊豆の山々を見渡す絶景である。歩き出す前に広がっていく大展望に、山登りにやってきた積もりの意識が、混沌として訳が判らなくなる。 標高867m地点の表記が地形図に記載されている、箱根レーダー局前と云うバス停で、MD氏の先導する「箱根登山詳細図」踏査メンバー全員が下車した。レーダー局とは、「箱根航空路監視レーダー局」のことで、航空機の飛行状況を把握する為に、飛行路を見渡...

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若御子山・大反山

西武秩父の駅前で、朝陽の斜光を浴びて聳える武甲山を眺めながら、紫煙を燻らせていた。気持ちのよい好天である。今日も秩父鉄道に乗車するために、西武線の果て迄やってきた。ハイキングの為に秩父鉄道に乗り換えるなど、今迄は思いつきもしなかった行程だが、前回の釜伏山で憑き物が落ちたような気分になり、もう何と云うことも無い。徒歩で移動した御花畑の駅に、立ち食い蕎麦屋が二軒も営業しているので少し驚く。乗り換え時間に余裕があるので、掛け蕎麦を食す。濃厚で少し甘い蕎麦つゆの味に、何故か、遠く迄来たのだと云うような感慨が湧いてくる。 2017/3/19 武州中川駅(8:05)---若御子神社(8:25)---国見の...

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皇鈴山・釜山神社・釜伏山(後篇)

埼玉県東秩父村と皆野町の境界線を、標高六百メートル程度の山々が縦断している。奥武蔵の山と同じように、此処北武蔵も山上に舗装路が整備されているので、自然の奥深い処に居ると云う感興は無い。皇鈴山から緩やかな起伏を繰り返して登山道を歩いていくと、県道361号が程無く合流した。尾根筋に盛り上がりが見えると、県道が左に、そして林道が右に、ふた手に別れて逸れていく。真ん中の道を登っていくと、左手に電波塔が現われて、程無く小高い山の頂上を判別できるような空が広がっていた。標高668mの登谷山である。 県道に沿ったハイキングコースを歩いてきて、通過点のひとつである此の山には、全く期待することなど無かったのだが...

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皇鈴山・釜山神社・釜伏山(前篇)

土曜日の朝である。つい先程まで夜だった街の余韻が、払拭されない儘の気怠さに覆われているような雰囲気の、池袋駅西口は閑散と云うのとは少し違う、不思議な静けさを醸しだしていた。東武東上線の改札口に近い駅前の路上で、私は紫煙を燻らせている。自分がこれから山登りに行くと云うのが、とても不自然なことのように思えてくる。七時丁度の発車である、快速急行小川町行きに乗車すると、弛緩した空気の車内は、部活に勤しむ高校生と、巨大なゴルフバッグを抱えた中高年の紳士が散見される程度であった。ハイカー姿の徒は、全く見受けられない。 2017/2/26 打出バス停(8:40)---二本木峠(10:05)---愛宕山(10...

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鳥屋山北尾根・斧窪御前山

倉岳山の北東尾根を登ってから、次はどうしようかと思案しつつ、高尾駅から中央本線の普通電車に乗車した。倉岳山周辺の地形図を携行して、目的を定めない儘出掛けてしまった。日常の些事に、気持ちが塞いでいる。其れが澱のようになって、身体の奥底に溜まっているような気がする。そんな心裡の儘、動き出した車窓を眺めると、昨日都心でも降った雪で、山々が薄っすら白く染まっていた。 電車が上野原を過ぎて隧道を越えると、陽光が山々の北面に遮られて暗い車窓に変わる。四方津を発車して、梁川駅に近づくと、風景はふたたび、朝陽が眩しい雪景色となった。御馴染みの梁川駅が、今朝は別世界のように美しい。そう思った瞬間、鳥沢駅から下畑...

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台ヶ岳「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

箱根山と云う大雑把な括りで、噴火警戒レベルが引き上げられ、箱根の中央火口丘、神山周辺の登山道が立入禁止となって久しい。仮に中央火口丘が御嶽山のように大爆発となれば、強羅や仙石原などの周辺に在る観光地は壊滅状態になり、最早登山道などという瑣末な問題では済まない訳で、憂慮せざるを得ない未来ではある。果たして大涌谷は本当に大噴火するのか。懸念は尽きないのだけれど、大涌谷は、相変わらずの噴煙を吐き出しているだけである。 矢倉岳、鷹落場の「箱根登山詳細図」踏査に行った翌週、またもやMD、KR両氏と小田原駅で合流した。本日の目的地は台ヶ岳である。箱根外輪山の金時山辺りから中央火口丘を眺めれば、其の手前に独...

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矢倉岳・鷹落場・鳥手山「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

うたた寝から覚めて窓外を眺めると、電車は既に渋沢駅を過ぎて、山深い処を走っている。早朝に新宿駅を出発した小田急の電車に揺られて、一時間が経っていた。新松田駅には、待ち合わせ時刻の随分前に到着したので、駅前の箱根蕎麦をゆっくりと食す。地蔵堂行のバス乗り場に向かうと、既にKR氏とNZ氏が並んでいる。 前回初めて参加した「箱根登山詳細図」の踏査は、箱根外輪山の東端を歩いたが、本日の行程は更に周縁の外側を巡ることになっている。外輪山の北端である金時山から、静岡、神奈川の県境が寄り添う尾根が延びて、ハイキングコースは足柄峠迄続く。其の東側に、独立峰のように端整な山が唐突に在る。 標高870mの矢倉岳は、...

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倉岳山北東尾根

倉岳山に登る時は、いつも決まって梁川駅からであり、時計廻りに周回して、鳥沢駅に下りる。月尾根沢に沿って続く登山道が心地好い、と云うのが理由である。逆廻りで下山路にしても構わないのだが、都会の喧騒から離れて山に入る朝、最初に出会う風景が月尾根沢、と云うのが個人的に重要なのである。日常の中で、気持ちが落ち着かなかったり、深く沈んでしまう時、月尾根沢沿いの登山道を歩く為に、電車を乗り継いで、なんとなく無為に出掛けてしまうことが儘ある。倉岳山と云うよりも、月尾根沢が目的の山歩きは、私にとって馴染みの深い行為である。 一月の中旬に、そんな気分で相変わらずの倉岳山に行った。沢を詰める頃に現われる水場付近か...

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明星ヶ岳・塔ノ峰「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

「諸戸尾根から梅ノ木尾根。相州大山を踏査隊有志と登る」の時以来、約二年ぶりにMD氏率いる「登山詳細図」踏査隊に参加した。粛々と進捗している箱根図の踏査エリアの、残存部分を消化していく計画である。そのような訳で、折角箱根迄やってきたが、登る目的地は明星ヶ岳であり、其処から早くも外輪山を下山して塔ノ峰を目指すと云う行程である。枝葉末節と云っては失礼になるかもしれないが、そんな区間を歩くことになった。塔ノ峰は立派そうな山名だが、箱根湯本駅、塔ノ沢温泉の北方に立つ標高566.3メートルの里山である。余りにも地味で、此れ迄訪れようと考えたこともない。そのような山に登ることができるのも、踏査の必然性あれば...

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宮地山・セーメーバン「甲斐郡内登山詳細図」踏査隊と歩く。

大菩薩、小金沢連嶺から派生して、中央本線大月駅向かって南下する尾根の途中に、セーメーバンと云う変わった名前の山が在るのは充分に承知している。セーメーバンは昭文社登山地図に、括弧の括りで晴明盤と記されている。陰陽道の安倍晴明が此の周辺で没したと云う伝説に拠るのだそうだが、伝説が荒唐無稽であることに異存は無い。無いのだけれど、此の地味な山中に陰陽師の伝説が出てくる唐突さに、違和感とともに興味が湧く。 インターネットで検索すると山行記録が多数出てくる。眺望の無い、ピークなのか判別し難い、そんな山のようである。三等三角点が設置されている処は、等高線の閉じた山頂の端に記されているから、さもありなんと思う...

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甲東不老山・鶴島金剛山 「甲斐郡内登山詳細図」踏査隊と歩く。

奥武蔵から丹沢に至るエリアを網羅するまでになった「登山詳細図」シリーズ。今度はいよいよ山梨県の中央本線沿線を機軸とする周辺図を刊行予定とのことである。私は2016年の6月に、倉岳山の踏査に参加、7月には笛吹(うずしき)バス停から丸山に登る踏査に同行した。夏山シーズンになって御無沙汰していたが、秋口になってふたたび参加できるようになった。 2016/10/7 不老下バス停(9:10)---甲東不老山---高指山---和見峠---甲東小学校跡((14:00) 不老下行きのバスに乗る為に、上野原駅北口のバス転回所に出た。富士急山梨バスは、此の上野原周辺のハイキングコースの普及に熱心で、ベテラン然とし...

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重太郎新道から前穂高岳ふたたび(後篇)

息子の罫君にダウンのシュラフを貸与しているので、私はシュラフカバーの中に、インナーシュラフを重ねて包まっている。暦表では十月になった北アルプス、岳沢小屋のテント場は、其れ程の寒さでは無いので、快適に眠ることが出来た。何よりも、いつもひとりで過ごすテント内に、ふたりで居るというだけで暖かい。 深夜に目覚め、テントの外に出ると、小粒の雨が降っていた。どうなることやらと、半ば諦めたような気持ちになって、ふたたび眠りに就いた。出発予定時刻の一時間前、午前四時のアラームで目が覚めると、テントを打つ雨音が激しい。駄目だったかと、私は観念して、雨が止むまで待機することを罫君に告げた。することもないので、シュ...

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重太郎新道から前穂高岳ふたたび(前篇)

何処で誰からどのような影響を受けたのか、今夏は富士山に登りたいと次男の罫君が云うので、其れならば、と計画を立てたのが山開き前の六月頃だった。私の経験した富士登山は、あの御殿場ルート日帰り往復だけである。苛烈だった登山の記憶は、今も鮮明に蘇ってくる。日頃、スマートフォンを相手にして、部屋に閉じ籠もっている高校生に、耐えられる訳が無い。そう思って、此処は無難に吉田口五合目からの往復にしておくかと考えてから、やはり、あの非人道的な環境であろう山小屋に高い代金を払って宿泊するのは嫌だなと思い直した。そうして、馬返しから五合目に登り、テント場の在る佐藤小屋で幕営し、程よい未明に出発して往復してこようと云...

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武尊神社から武尊山(後篇)

薄暗い北尾根から漸く稜線に出て、武尊連峰の一角を担う剣ヶ峰山に立った我々は、最高峰、沖武尊へと続く稜線に戻って、好天の登山道を歩き続けた。紅葉の断片が、夏山の緑と混淆しながら、秋の彩りに染めていこうとしている。しかし、陽差しを受けて歩き続けていると、徐々に暑さで疲労していき、絶景の稜線散歩と云う気分は、途中に在る鞍部を越えて、1975mのピークに達する頃には徐々に霧消していった。未だ着かないのか。そんな風情で眼前に聳える沖武尊を見上げている無言の友人、磨都井君の様子を、私は慎重に窺っていた。 此の儘稜線を進んだ先の、沖武尊山頂直下は急坂だと、ガイドブックには明記してある。そして、1975mピー...

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